第16話 地球防衛部出撃

 地球防衛部の部室ですべての事情を打ち明けようとした、まさにそのタイミングで華実は敵の気配を感じた。

 無意識に声をあげる。


「――来る!」


 突然のことに地球防衛部の面々は戸惑いの目を華実に向ける。

 その中で咲梨だけが冷静に華実に問いかけた。


「どうしたの、華実さん?」

「神隠しよ。その話をするつもりだったけど、時間がない!」


 椅子を蹴飛ばすように立ち上がると、慌てて部屋から飛び出そうとする。だが、咲梨がその腕をつかんで引き留めた。


「放して!」

「落ち着いて。事情は分からないけど、ひとりではどうにもならないから、ここに来たんでしょ」


 指摘を受けて華実は動きを止めた。焦った顔を隠すこともできず、言い訳染みた言葉を口にする。


「そうだけど、今は時間がないの。あれに連れて行かれたら、その人は絶対に助からないから」

「神隠しって、この辺りで一年ほど前から噂になっている都市伝説のことだろ? あれって必ず翌日には無傷で帰って来るんじゃなかったか?」


 火惟が不思議そうに訊いてきた。そのせいで短い家出かイタズラのように噂されていることは華実も知っている。


「それは錯覚よ。被害者は全員殺されているわ――この身体の持ち主のようにね」


 華実が告げると、一瞬、場が静まり返った。


「――なんだって!?」


 わずかな沈黙を挟んで火惟が声をあげた。それで我に返ったように北斗が身を乗り出してくる。


「華実さん、それはどういうことですか?」

「待って」


 静止の声を発したのは咲梨だ。


「時間がないって彼女が言ってるでしょ。説明を聞くのはあと。今は行動の時よ」


 可憐な顔に凛とした表情を浮かべると、咲梨は華実に向き直る。


「あなたには、それが起きる場所が判るのね?」

「え、ええ、正確ではないけどおおよその位置を感じ取れるの」

「奴らということは、それはただの現象ではなく明確な敵が存在するわけね」

「そうよ。信じられないとは思うけど機械人形マシンドール――つまり、アンドロイドの兵隊よ」


 華実の言葉を聞いて北斗が反射的に席から立ち上がった。


機械人形マシンドール……!」


 青ざめた顔でつぶやく。明らかに心当たりがありそうだ。華実は気になったが、それこそ詳しく聞いている時間はない。

 咲梨が部室の棚から市内の地図を取り出して机の上に広げると、華実はそれを覗き込んで、その一点――ここより東に進んだ場所に広がる雑木林を指さした。


「この辺りよ。おそらく奴らは今から三十分以内に、ここに現れて行動を開始する」

「了解。みんな、戦闘準備よ」


 咲梨が指示すると部員たちはうなずいて部屋の中央から机や椅子を除ける。それを待って懐から小さな鍵を取り出すと、咲梨は部屋の中央に屈み込んで床板の隙間に差し込んで軽く捻った。

 ガチャリとロックが外れる音が響き、床板が持ち上がる。


「隠し扉?」


 驚きの声をあげる華実にウィンクしつつ手招きする咲梨。それに応じて歩み寄れば小さな階段の下には意外な広さを持つ創庫が存在していた。

 部員たちについて階段を降りると、部屋は金色の光で満たされていたが、それは光源によるものではない。光を発しているのは、壁の棚に所狭しと立てかけられていた大量の武器だった。

 剣や槍といった馴染みのあるものから、異国で使われた名前の知らないものや、盾や鎧といった防具も僅かながら存在している。

 その全てから途方もない魔力を感じて華実は大きく息を呑んだ。


「これは……」

「わたしたち地球防衛部の秘密兵器、アースセーバーよ」


 咲梨の言葉にはどこか得意げな響きがある。


「部長は魔力武器作成のエキスパートで、その実力は円卓でも高く評価されているそうです」


 抑揚の乏しい口調で語る希枝。その横顔はやはり人形染みて見えるが、動作を見れば機械でないことはハッキリしている。


「彼らに武器を提供する代わりに、いろいろとバックアップを受けているとのことです」


 説明しながら、希枝は数多ある武器の中から土木工事にでも使いそうな大型の金槌ハンマーを手にとって、軽々と持ち上げた。

 目を丸くする華実を見て希枝が解説する。


「これらの武器は担い手を魔力で強化してくれます。わたしが馬鹿力というわけではありません」

「そ、そういうこと」

「これを持てば誰もが超人になれますが、その仕様上、同時に複数を扱うことはできません」

「こいつみたいに最初から一対になってるモノは別だけどな」


 補足するように言った火惟の両腕には戦闘用の籠手ガントレットが装着されていた。

 その隣で金色の錫杖を手にした咲梨が簡単に解説する。


「武器によって魔力の質がどうしても違ってくるから、体の中で魔力がかち合っちゃうのよ。おかげで盾や鎧も他のものとは同時には使えないから、あまり出番がないのよね」

「俺たちにはこいつがあれば十分ですよ」


 言いながら火惟が別の棚から引っ張り出してきたのは、フードの付いた紺のマントだった。


「それも魔力の品なのかしら?」


 見たところ何の魔力も感じないが、普通の品と言い切るにはどこか違和感を感じるのだ。

 感心したように咲梨が答えてくる。


「よく見抜いたわね。そのマントは防御力に優れるだけじゃなくて魔力を隠蔽し、さらには人々の認識を阻害する力があるわ。分かりやすく言えば、これを纏っている間は、わたしたちは魔力の低い一般人には注視されなくなるの」

「見えてはいるけど気にされなくなるってことかしら?」

「さすがに理解が早いわ。これさえ纏っておけば授業中に堂々と抜け出しても、お巡りさんの前で武器を持っていても大丈夫ってわけ」

「代返まではしてくれないから、結局いなくなってるのはバレるけどな」


 冗談めかして言いながら火惟がマントを一枚華実に差し出した。受け取って身に纏っても、とくに不思議な感覚はないが、それこそが魔力隠蔽効果の証明なのだろう。


「武器はなんにするんだ?」


 火惟に訊かれて華実はやや戸惑った。


「武器なんて使ったことがないんだけど……」


 とりあえずはそこに並べられた武器をざっと眺める。すると、自然とその中の一つに目が惹きつけられた。

 金色の刀だ。もしかしたら昨日、幸美の家で真夏の刀を見せられたからかもしれないが、半ば無意識に手を伸ばして、それを掴み取る。

 手にした瞬間、マントのときとは逆に自分の中に強い力が流れ込むのを感じて思わず息を呑んだ。

 鞘から抜いて刀身を確認すれば、それもまた金色に輝いている。刃を備えてはいるが、おそらくこれは物理的な力ではなく魔力によって斬るものだ。魔法については専門外だったが感覚的に理解できた。

 確かにこれならば、あの機械人形にも、十分に対抗できる気がする。剣術の心得がないことさえ、大した問題には思えなかった。


「どうやら相性のいい武器を見つけたようね」

「ええ、ありがたく使わせてもらうわ」


 礼を言うって刀身を鞘に戻して腰に吊り下げる。

 最後に北斗がマスケット銃を思わせる金色の銃を手に取ると、咲梨が高らかに号令をかける。


「地球防衛部出撃!」

「おう!」

「了解」

「はい」


 それぞれに返事をすると、一同は階段を上がって倉庫から出ると、そのまま部室を後にした。

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