第13話 カブトムシの調査

 学校からの帰り道、武蔵幸美は軽快に自転車を走らせていた。七月の眩い陽射しに目を細めながら山間の道を駆け抜けていく。

 陽楠市は田舎町とは思えないほど交通整備が整っており、広いアスファルトが方々に走っている。

 人気ひとけがない道路を貸し切り気分で進んでいると、昨日、竜頭に襲われた場所にさしかかった。怪物が落ちて砕けたアスファルトは、朝にはもう補修済みだったが、さすがに怖い想いが甦ってきて、幸美はペダルを漕ぐ足に力を込める。

 おそらくは、もう二度と踏み込むことはないはずの獣道の前は、マックススピードで通り過ぎようと気合いを入れた。

 だが、直後に幸美は予定を変更して急ブレーキをかける。

 獣道の入り口の前に友人たちの姿を見つけたからだ。


「少女坂さん、秋塚さん」


 大きな声で呼びかけると、真夏はふり返って軽く手を挙げ、千里はボーッとした顔のまま、こちらに向き直った。


「何してるの?」

「カブトムシを採りにいくところ」

「いや、違うし」


 先に答えた千里の言葉を否定して、真夏が言い直す。


「ちょっとした調査よ」

「そう、カブトムシの調査」

「だから違うって」


 同じやり取りが繰り返されたが、それよりも調査と聞いて幸美が思い浮かべたのは、やはり昨日の怪物のことだった。


「あいつは死んだはずじゃ……?」

「いや、よくよく考えてみたら。どうして頭だけだったのかなって思ってね」

「それってどういう……?」

「首から下があるかもしれない」


 千里の言葉に幸美は青ざめた。


「く、首なしドラゴン?」

「可能性の話よ」


 答える真夏の口調は深刻さのカケラもないが、幸美としては安心できない。

 昨日の竜頭にしても真夏にとっては取るに足らないものだろうが、幸美にとっては死に直結する脅威だ。

 おそらくそんなことは百も承知の真夏は、だからこそ不安にさせまいと軽い口調で話しているのかもしれない。


「マリスは世界に満ちている霊的エネルギーが、人の負の想念の影響を受けて生じるものだから、生物としては破綻していることが多いの。だから、首だけでも不思議はないのよ」

「それでどうして生きていけるのかしら……」

「だから破綻してるのよ。連中が存在を維持するために必要なのは霊力で、基本的には食べ物さえ必要としないわ。生物を補食するのも栄養ではなく霊力を搾り取るのが目的だからね」

「し、搾り取られてたのね。あのままだとわたしは……」


 噛み砕かれて搾り取られる自分なんて上手く想像できないが、できたとしてもしたくはない。

 今さらながらに震えあがっていると、真夏は幸美の頭を軽く撫でた。


「わたしと一緒にいる限りは絶対に大丈夫よ」

「少女坂さん……」


 真夏の手は心地良く、幸美は思わずうっとりしかけるが、ふと我に帰って身を引く。


「あ、危ない! 怪物とは違う意味で少女坂さんに食べられちゃう!」

「ふふふふ、惜しいなぁ。もう少しだったのに」


 真夏は屈託のない笑みを浮かべる。そこには妖しい感じなどまるでなくて。美少女好きは冗談なのではないかと思えるのだが、どこか世間離れしているようにも思えて、微妙に油断ならない気もした。


「とにかく人がドラゴンを思い浮かべる時って、普通は身体もセットで考えるものでしょ。だから、首から下がある可能性も否定できない。もし万が一にも身体だけ生きていたりしたら、また幸美が襲われかねないと思ってね」

「ひぃぃっ」


 再び幸美は身を震わせた。頭だけでもじゅうぶんに恐怖だが、頭のない巨体などさらに怖ろしい


「大丈夫よ。もし身体が残っていても、わたし達がなんとかするわ。だから幸美は真っ直ぐお家に帰ってちょうだい」


 ウインク一つ残して背を向けると、真夏は獣道へと踏み込んでいく。幸美は慌てて後を追った。


「ち、ちょっと待って」


 もうこうなってくると結末を見届けなければ落ち着いて眠れそうになかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る