第10話 夏休みの朝
帰宅後、新しくできた友達について話すと、母は嬉しそうに笑ってくれた。
後ろめたい気持ちはあるが、少なくとも今はまだ、この人には笑顔でいて欲しい。そう祈りながら眠りに就いた華実は、めずらしく悪夢にうなされることなく穏やかな朝を迎えた。
いつものように朝食を終えて学校に行く支度を始めたところで、はたと気づく。
「地球防衛部って夏休みも活動しているのかしら……?」
今になってそれに思い至り、自分の迂闊さに頭を抱えていると、インターフォンが鳴って母親から来客を告げられた。
自分を訪ねてくる人物に心当たりがなく、訝しげに思いながら外に出ると、制服姿の幸美が明るい笑みを浮かべて待っていた。
「千木良さん、星見先輩に話を通しておいたわよ。今日は部活の集まりがあるから、都合が良ければいつでも来てちょうだいってさ。わたしも丁度学校に用事があるから、良ければ一緒に行かない? もし、今は都合が悪いのなら、それも伝えておくけど」
至れり尽くせりとはこのことだ。思わず手を握って「心の友よ」と言いたくなったが、自分のキャラではないので、とりあえず我慢した。
それでも頭を下げて感謝の言葉は口にする。
「ありがとう、幸美。支度をするから、少しだけ待ってて」
「ええ、ごゆっくり」
人の良い笑みで言ってくれたが、元々登校の準備は始めていたので、さほど待たせることはない。
素早く制服に着替えて鏡の前で身だしなみを整えると、必要最低限の手荷物だけ持って幸美の元に戻る。
「お待たせ」
「驚くほど早かったわね」
くすくす笑う幸美と共に外に出ると、いつものように小さな車庫から自転車を引っ張り出す。今日は幸美も自転車で来ていたので、彼女の後についていく形で坂道を下り始めた。
夏休みの初日に学校に出かけるというのは記憶にないことだ。そんな些細なことさえ、どこか新鮮に感じられる。
眩い夏の日差しを浴びながら風を切るのは、もちろんこれが初めてではないが、この日は今までになく心が軽く、目に映るすべてが輝いて見えた。
(友達を得るなんておこがましい……)
そう思いはしたが、差し伸べられた手を振り払うことで傷つくのは自分よりも、むしろ相手の方だ。それくらいの分別は華実にだってある。
だからこそ、これまでは最初から関わりを持たないように、極力他人を避けてきたのだが、人生とは分からないものだ。
たとえそれが仮初めの人生だとしても。
込み上げてくる昏い想いを華実は頭を振って打ち消す。今さら落ち込んだところでどうなるものでもない。それに、せめて友人の前では明るく笑っていたい。
俯いていた顔をあげて前を向くと、長い髪をたなびかせる幸美の後ろ姿が目に留まる。
学級委員の彼女のことは当然ながら以前から知っていたが、その言葉のイメージも手伝って、勝手に杓子定規な人間だと思い込んでいた。
だが実際にはかなり風変わりで、思いやりのあるやさしい人間のようだ。
ここに来て華実は思う。人と関わりを持とうとしなかったのは、あるいは間違いだったのかもしれない。
それはつまり、自分が守ろうとしている存在に目を向けなかったということなのだから。
しかし、幸美を知り、真夏を知り、千里を知ったことで、華実は今この世界を守ることの意味を再確認した。
なんとしても
そのためには星見咲梨とその仲間の協力が必要になるだろう。
もちろん戦いは容易なものではなく、命懸けのものになるはずで、そんなことに他人を巻き込むのは本意ではなかったが、華実ひとりではどうにもならない。意地を張って無理を続けたところで犠牲者が増えるばかりだ。
もしかしたら、次に狙われるのは目の前を走る友人かもしれない。
(それだけは絶対に嫌だ)
これまで華実は守るべきものもないままに、それを義務と捉えて覚悟を決めて戦ってきた。だが、ここからは違う。義務だけではない。自分が守りたいもののために覚悟を決めて戦うのだ。
片手を軽く自分の胸に当てて決意を新たにすると不思議な勇気が湧いてくるようだった。
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