第9話 八百屋と呼ぶなかれ

 世界には人知れず魔術や異能の力を扱う人々が存在し、日夜秘密裏に活動を続けている。そういった社会のことを当事者たちは裏社会と呼んでいるらしく、真夏と千里も、それに属する人間とのことだ。

 この手の話を人前でするのは好ましくないとのことで、放課後、華実を含めた一行は学級委員である武蔵幸美の家に集合することとなった。

 幸美の自宅は学校の西側に位置する商店街の果実店だ。そこが店舗兼住居になっており、彼女の部屋は通りに面した二階にある。

 アーケードはなく規模も小さいが、こぢんまりとした田舎町にしては人通りはそれなりに多く、ここの商店街は意外に繁盛しているようだ。

 ちなみに武蔵果実店には野菜も置かれているのだが、八百屋と呼ぶと幸美が怒るため、しばしの問答の末、果実店と呼ぶことが暗黙の了解となった。

 幸美の部屋はありふれた六畳の和室で、壁や家具には傷が多く、一目で年季が入っていることが判ったが、手入れは行き届いていて清潔感が漂っている。

 部屋の中央に置かれたテーブルの上には果物が所狭しと置かれ、四人はそれを取り囲むように座っていた。

 華実が電話で母に友人宅に立ち寄るので遅くなると報告したとき、彼女の母は少し嬉しそうな声を出していた。やはり友だちづきあいが悪いことに気づかれていて、心配をかけていたのかもしれない。


(友達……か)


 自分には分不相応なものだとは思うが、こうして三人と一緒に居るのは不思議と不快ではない。

 少しばかりお調子者のケがあるが、可憐な容姿と学級委員に相応しいリーダーシップの持ち主、武蔵幸美。

 あらためて見ると無表情というよりも、ボーッとした顔がデフォルトで、風変わりな性格をした秋塚千里。

 お淑やかな大和撫子に見えて、どこか危ない性癖がありそうだが、不思議な魅力を持つ少女坂真夏。

 この個性的な面々と過ごす普通の学園生活とは、どんなものだろうか。

 想像してみようとしたが、遠い蜃気楼のように思えて上手くいかない。


「それでは、次の冬コミについての打ち合わせを始めようと思う」


 真顔で千里が言いだしたので華実はキョトンとしたが、真夏は平然とスルーし、幸美は意味が分からなかったらしく首を傾げただけだった。

 しばらく場が静まり返ってしまったためだろう、真夏が渋々口を開く。


「冬コミというのは冬に行われるオタクの祭典よ」


 簡潔に説明すると、真夏は皿の上のリンゴをフォークで突き刺して、それを千里の口に突っ込んだ。やや目を丸くしつつも美味しそうに咀嚼する千里。そうやって黙らせた隙を突くようにして本題に入る。


「さて、いろいろと話をする前に、いちおう確認しておくけど――華実、あなたってモグリよね?」

「モグリ……?」

「ごめんなさい、少し表現が悪かったわ。つまり、後ろ盾がないってことを確かめたかったの」

「え、ええ、それはないけど……」

「うん、了解」


 真夏はカバンからノートを取り出すと白紙のページを一枚破り取って華実に差しだした。


「ここに住所と氏名と生年月日を書いてちょうだい。あなたをうちの組織に登録しておくわ」

「……仲間になれってこと?」

「形式だけのものよ。べつに仕事をさせるつもりはないけど、未登録の能力者って裏社会だと、それだけで犯罪者扱いで、下手をすると狩られる危険があるから」

「狩られるって……」


 華実は眉をひそめた。それはどう考えても楽しい意味には聞こえない。容易に想像のつくことではあったが、やはり裏社会というのは物騒なもののようだ。

 ひとまず言われるままにノートに住所や名前を書いていると、心の片隅で疑念が首をもたげる。本当に、この真夏という少女を信用して良いのだろうか。

 しかし、ここでとぼけたところで、この程度の情報は調べられれば、すぐに判ることだ。

 書き終えて素直に差し出すと、真夏は懐から長方形の薄い機械を取り出して電源を入れる。


「少女坂さん、なにそれ?」


 幸美が興味深そうに横から覗き込むと、千里がポツリと言った。


「スマホ」

「違うけど、まあ似たような物よ」


 携帯電話どころか、未だダイヤル式の電話が残っているこの時代に、なぜそんなものがあるのか。前提となる知識を持たない幸美には、そんな疑問さえ持てないだろう。

 真夏は、どう考えてもオーバーテクノロジーの液晶画面を操作してノートを撮影すると、それをメールでどこへともなく転送する。

 日本では未だ、インターネットも始まっていないはずなのだが、裏社会は超常の力だけではなく、オーバーテクノロジーまで保有しているようだ。


「これでよし」


 真夏はひとりうなずいて携帯端末をしまうと、あらためて華実に向き直った。


「それじゃあ、まずはなにから話しましょうか?」

「あなたのことを教えてちょうだい。裏社会に属している人間ってだけじゃ、なにも分からないわ」

「そうね」


 うなずくと、真夏は世間話でもするような口調で重大な秘密を語り始めた。

 それによれば彼女たちは世界に数多存在する秘術組織の一つに属していて、幼い頃から魔力を用いた戦闘技能の鍛練を積んできたらしい。今は訳あって構成員としての仕事は行っていないが所属していることには変わりがない。

 秘術組織は魔術や異能を研鑽しつつ、それにまつわる事件に対処するのが古来からの役割で、国家の中枢は当然ながらその存在については認知している。

 さらに世界には組織間の対立や摩擦に対処するために結成された巨大機構――円卓なるものが存在し、彼らが定めるルールこそが裏社会の法として機能しているとのことだった。

 それに照らし合わせれば未登録の異能者は、それだけで犯罪者ということになる。

 もちろん、普通は貴重な異能者を殺そうとするはずもなく、懐柔して仲間に引き入れるか、洗脳して手駒にするか、モルモットとして研究材料にするらしいが――と、そこまで説明されたところで、さすがに華実は「ちょっと待て」とツッコミを入れずにはいられなかった。


「普通は最初に見つけた組織が自分の傘下に加えようとするわ。特別強力な異能者だったら、円卓そのものが介入してくるケースもあるけどね。……あの星見先輩のように」


 真夏の言葉を聞いて華実は体育館の裏で出会った上級生の姿を思い浮かべる。


「魔女って呼んでいたわね」

「ええ。彼女はわたしやあなたのような幻想使いファンタジスタと違って本物の魔法使いなのよ」

幻想使いファンタジスタ?」

幻想使いファンタジスタとは、ひとりに一種のみ与えられた固有の異能力――つまり幻想能力ファンタジアを操る者の総称よ」

「わたしは複数の能力を扱えるから、自分では魔術みたいだなって思っていたのだけど?」

「なら、レアケースではあるけど、おそらくはそれも根本的には一つの力だわ。幻想使いファンタジスタの能力は、その名の通り、その人が心の奥底で抱いた幻想に起因している。たぶん、あなたはその幻想が魔術なのよ」

「魔術……? わたしは魔術師に憧れた記憶なんてないのだけれど……?」

「憧れとは限らないけど、意識せずとも、そういうイメージを心の底に抱いていたはずよ。だから、それはあなただけの魔術として顕在化した」

「わたしだけの魔術……」


 自分の手の平を見つめてつぶやくが、すぐにはピンと来ない。


「それに対して魔法というものは、この世のすべてを形作っている力なの。魔術を始めとするあらゆる秘術は、この法則に従って行使される。それどころか、神秘とは対極にあるような物理学でさえ、この魔法によって成立しているのよ」

「なら、魔法使いというのは……」

「ええ、世界を形作る力に直接働きかける力を持った人種なの。不安定ではあるけど掛け値なしで強力で、他の方法では考えられないような現象も引き起こすわ。その中でも星見先輩は群を抜いて強い力の持ち主らしくて、そのために一度は円卓から抹殺対象に指定されてしまったらしいわ」

「懐柔しようともせずに、いきなり抹殺なの?」

「ええ。円卓は彼女の魔法が世界を壊しかねないものだと考えたのよ」

「世界を壊しかねない……?」


 華実としては自分の力も、兵器として考えれば、十分危険に思えたが、それでも世界をどうこうできるとは思えない。しかし、この世を形作る法則を操れるとすれば、その可能性はじゅうぶんにあるように思えた。


「円卓は彼女に対して刺客を何人も送り込んだけど悉く撃退されたわ。人死には出なかったらしいのだけど」

「きっと笑顔であしらったのね。あの人らしいわ」


 幸美は腕を組みながらうなずきを繰り返している。星見咲梨が魔女であることは知らなかったはずだが、その為人についてはあるていど把握していたようだ。

 真夏はテーブルの上から梨を一切れ取って口に入れると、それを幸せそうに頬張ってから説明を続けた。


「わたしも詳しくは知らないのだけど、最終的に彼女は、その無尽蔵な魔力を使って世界そのものに、なんらかの魔法をかけたそうよ」

「なんらかの?」

「ええ。その魔法の正体は未だもって不明。円卓の魔術師が総出でかかっても、解除どころか解析すらできなかったんだって」

「なんか、凄いスケールの話ね」


 腕を組んで首を捻る幸美。想像しようとしてもピンと来ないのだろう。それは華実も同じだった。


「その魔法について、星見咲梨はこう言ったそうよ。この魔法はあなた達がわたしか、わたしに近しい者を傷つけようとすれば発動するって」

「それってつまり……世界を人質に取ったということ?」

「人質と言うと聞こえが悪いけどね」


 一方的に命を狙われていることを考えれば、確かに卑怯なこととは思えない。しかも、条件に自分に近しいものが含まれているところをみれば、最初に人質を取るような真似をしたのは円卓の方なのではなかろうか。


「結局、円卓は彼女の抹殺は取りやめて、ご丁寧に謝罪した上で友好関係を結ぶことに決めたの。大したものよね。ひとりで世界にケンカを売って勝ってみせたんだから。それも、誰ひとり殺めることなく」


 語る真夏の顔は愉しげだった。心情的に咲梨の味方というのもあるだろうが、同時に円卓を嫌っているのかもしれない。


「そんな星見先輩が部長を務める地球防衛部――なかなかに興味深いでしょ?」


 真夏の視線は華実に向けられていた。問われたからというわけでもないが華実は考える。話を聞く限り、その星見咲梨なる人物は善良に思える。


「正義の味方……」


 ポツリと口にした言葉を笑う者は、ここには居なかった。それどころか、真夏はアッサリと首肯してみせる。


「そうね。わたしも、その認識で合っていると思う」

「あの人が正義の味方か。なんとなく納得だわ。周りのみんなは変人って言ってるらしいけど、べつにおかしな人には見えないのよね。面白い人ではあるのだけれど」


 華実は考える。星見咲梨が本当に正義の味方ならば、ようやく探し続けた存在に巡り会ったことになる。

 それは華実自身実在を信じたことはなかったが、が最期まで信じ、求めていたものだ。


「でも、その人が本当に正義の味方だとしたら、学校の部活なんかで、なにをしているのかしら?」


 幸美の言葉を聞いて華実も疑問に思った。咲梨が正義の味方の呼び名にふさわしい高潔な人物だとすれば、年端もいかない若者を率いて危険なことをしているとは考え難い。


「たぶん、部員を率いて悪者と戦っているんだよ」


 たった今、華実が胸の裡で否定した答えを千里が口にした。本気なのか冗談なのか、そのボーっとした顔からは判断できない。


「たぶん、その通りでしょうね」


 意外にも真夏が千里に同意した。華実が驚いた顔を向けると、その隣で千里も同じように真夏を見ている。どうやら自分で口にした言葉をカケラも信じていなかったようだ。


「どういうことなの? 少女坂さん」


 不思議に思ったのは、やはり幸美も同じだったらしい。


「実を言うと、この陽楠の土地は円卓によって古くから、不干渉区域に指定されていて、どこの秘術組織も手を出せないことになっているの。円卓そのものは支部を構えているけど、配備されている人員は少ないから、怪異が発生しても対処には時間がかかるわ。それどころか被害の規模が小さいとみれば、彼らは情報の隠蔽以外は何もしないなんてこともザラなのよ」

「それって、もしかして、わたしが朝のアレに食べられても知らん顔ってこと?」


 顔をしかめる幸美。が何なのか華実には分からなかったが、話の流れから怪物の類いだと思われた。


「人里に出てくるような奴には、さすがに対処するでしょうけど、本部に報告して人員を派遣してもらうまでは大したことはできないでしょうね」

「そんなの待ってたら、何人食べられるか分かったものじゃないわよ」

「だから、咲梨って人は仲間を率いて、それに対処してるんじゃないかしら。もちろん、ただの想像だけど」


 真夏もハッキリしたことを知っているわけではないようだが、ひとまず華実にとってはそれでじゅうぶんだった。


「どちらにせよ、強い力を持った人がなにかしてるなら、あたってみる価値はあるわ。仮にも地球防衛を掲げてるわけだし……」


 そこまで話したところで全員の視線が自分に集中していることに気づいて、華実は慌てて口をつぐんだ。思わず余計なことを喋ってしまったようだ。

 真夏はそんな華実を見てクスリと笑うとやさしい声を発する。


「なにか困りごとなら、わたしが相談に乗ってあげるけど?」


 濃い藍色の瞳に柔らかな光が宿っていた。それに魅入られるような心地になりながら、華実は少しばかり迷う。

 少なくとも真夏には怪物退治をする力があって裏社会の事情にも通じているようだ。おまけにお人好しで、今も親切にいろいろと教えてくれた。

 しかし、それでも真夏は組織に属する人間だ。できることなら華実は、そういう存在に自分が抱えている秘密を知られたくない。たとえ真夏個人は信用できたとしても、その背後にいるものについては話が別だ。


「ごめんなさい。あなたを信じていないわけじゃないけど……」

「ううん、いいのよ。そんなすまなそうな顔しないで。出会って間もないのに、無条件で信用しろなんて言えないわ」

「でも、あなたから聞いた情報なのに……」

「じゃあ、わたしに相談してくれる? 後悔はさせないわよ、ハニー」


 イタズラっぽく笑う真夏の姿に自然と華実の口元が綻ぶ。


「イヤよ。あなたに頼むと変なことされそうだもの」

「イイコトしかしないけど?」

「それ、絶対変なことでしょ」


 華実が軽く睨みつけると、真夏はくすくす笑った。


「千木良さんって、そんな顔もできたのね」


 幸美に指摘されて、華実は自分でも内心で驚いていた。いつの間にか人づきあいを避けていたことさえ忘れて、この三人に馴染みつつある。

 それが罪深いことに思えて、華実は一瞬笑顔を消してしまうが、そのタイミングでいきなり千里が身体を横にして華実の膝に自分の頭を乗せてきた。


「ちょっと!?」


 驚いて抗議の声をあげかけるが、千里は意外なほどに真剣な視線を向けてきていた。華実が軽く息を呑むと落ち着いた声音で語りかけてくる。


「笑顔は自分のためだけのものじゃないよ。あなたが笑うと、わたし達も嬉しくて笑うのだから」


 神秘的な金色の瞳が華実の瞳を覗き込んでいる。返す言葉も見つけられずに、華実はふと和人の顔を思い浮かべた。

 別れて以来、彼の晴れやかな笑顔を見たことがないのは、失恋だけが原因ではないのかもしれない。考えてみれば、あの日以来、華実は彼の前でちゃんと笑ったことがなかった気がする。それは母の前でも同じだったかもしれない。作り笑いばかりでは、本当に安心させることはできないのではないか。

 心からの笑顔――自分には分不相応なものだと華実は思い込んでいたが、それで大切な人たちの心をわずかばかりでも軽くできるのならば、それも悪くない気がする。

 華実の口元に自然に笑みが浮かぶと、千里も小さな口元を綻ばせて応えた。

 胸の奥が微かに熱くなる。自分が笑顔になることで他の誰かも笑顔になる。当たり前に知っていたはずのことを、生まれて初めて実感していた。

 これまで華実は人間の愚かさを憎み、社会を嫌悪して、ずっと他人と打ち解けることなく生きてきた。

 それが間違いだったのかどうか、未だに判らない。ただ、その果てに背負った罪は重く、自らの一切を捨てて贖罪を果たすと決意するも、自分ひとりの力ではなにもできないと思い知っただけだった。

 しかし、誰かの助力を得ようとするとき、これまでのように心を閉ざしたままでいいのだろうか。

 考えるまでもない。それでいいはずがなかった。


「華実、泣いてるの?」


 膝の上から千里に言われて、華実は慌てて目尻を拭った。


「なんでもない。ちょっとアクビが出ただけよ」


 柔らかい笑みで答えると、今度は真夏が気づかうように声をかけてくる。


「ねえ、もしかして深刻な事情を抱えているんじゃないの? 話してくれたら、できる限りのことはするわよ」

「そうよ、少女坂さんに相談しなさいな。こう見えても、この人は剣の達人で、今朝も秋塚さんとふたりで岩みたいな竜頭の怪物から、わたしを助けてくれたんだから」


 幸美はどこか得意げに言うと真夏の細長いバッグを勝手に開けて、そこに仕舞われていた刀を取り出して華実に見せる。


「実際、化け物退治なら、わたしは専門家よ」


 笑みを浮かべる真夏に、華実はゆっくりと首を横に振って答えた。


「ありがとう、みんな。だけど、今回は地球防衛部をあたってみるわ」


 最初に断った理由は、真夏が組織の人間だったからだ。しかし今は、もっと純粋な気持ちで友達を巻き込みたくないと思っていた。自分が抱え込んだ重苦しい秘密を、汚れ荒んだ世界の秘密を彼女たちにだけは知られたくなかったのだ。


「華実」


 やさしい声で真夏が華実を呼ぶ。不思議な声だ。聞いているだけで心地良く、不思議と胸が温かくなる。


「ひとまずあなたの意思を尊重して地球防衛部に任せるけど、これだけは覚えておいて」

「なにかしら?」


 華実が問うと、真夏はもう一度その言葉を口にした。


「わたしはあなたの味方よ」


 たったそれだけの言葉に華実は心を揺さぶられるのを感じた。そして気づく。これまでずっと孤立無援で生きてきた華実は、なによりもまず、味方になってくれる人を欲していたのだ。

 それにしても、どうして真夏は出会ったばかりの人間に、こんな言葉をかけられるのだろうか。

 根っからのお人好しで、人を疑うことなど知らないのかもしれない。

 裏社会と関わり合いを持つとはいえ、真夏は日向を歩いてきた人間だ。運命に味方されて、傷つくことも知らず、純粋さを保ったまま生きてきたのだろう。だから、こんなにも眩しいのだ。汚れたこの手ではふれることさえ躊躇われるほどに。


「分かったわ、真夏。それに、みんなも」


 華実は三人の顔を順に見回しながら告げる。


「でも、そんなに心配しないで。詳しい話をしないのは友達にはあまり聞かせたくない話ってだけだから」


 意識して友達という言葉を使ってみたが、それを否定してくる者はいなかった。それが嬉しくて、華実はまた微笑む。

 この日のことは宝物になって、いつか旅立つ日には、きっとこの瞬間を思い出すだろう。

 華実はそんなふうに思っていたが、実はこのとき彼女はいくつもの思い違いをしていた。

 取り分け真夏と千里について、なにも知らなかったことを思い知るのは、まだ先の話だった。

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