第4話 秋塚千里は改造人間である

 秋塚千里は改造人間である。

 彼女を改造したレイザスは世界征服を目論む悪の秘密結社だ。

 千里は人類の自由とオタク文化を守るために日夜レイザスと戦い続けるのである。


「えーと……なにかしら、これ?」


 千里のノートを手にとって困ったような顔で訊いてきたのは、同居人の少女坂おとめざか真夏まなつだ。

 艶やかな黒髪を長く伸ばし、眉が隠れるあたりで前髪を切り揃えている。絵に描いたような大和撫子で見るからにスタイルもいい。大きな瞳は濃い藍色で、どこか人を惹きつけるような輝きを宿していた。

 ふたりは同い年の高校一年生だが、千里は真夏の祖父の養女にあたり、形式的には真夏が千里の姪ということになる。ただし、実際の関係は姉妹に近く、面倒を見ているのは真夏のほうだ。

 今も転校初日の挨拶の草案を作成したので見てもらったのだが、どういうわけか不評だった。やや前衛的すぎたのだろうか。しきりに首を傾げていると呆れたように声をかけられる。


「嘘を通り越して妄想じゃないの」

「そうだけど、まさか真実を口にするわけにはいかない」

「だからって、こんな挨拶じゃふざけているとしか思われないでしょ」

「実際ふざけているのだが?」

「真面目に書きなさい」


 ピシャリと言われて千里は唸った。


「真夏の注文は難しい」

「どうしてよ?」

「まずは出だしの秋塚千里は改造人間であるという部分を、真面目に表現するにはどうすればいいのか見当もつかない」

「だから、まずは改造人間をやめなさい」

「ふむ……。では、秋塚千里は異世界転生者であるにするか」

「……もうアホであるにしておきなさい」

「それはひどい」


 傷ついた顔でガックリとうなだれるが、真夏は気にしたふうもない。まあ、今さらこんな演技が通じる相手でもないので当然だ。

 とはいえ、これまで学校に行ったことのない千里としては転校生の挨拶というものが、どうにもピンと来ない。

 書物や映像作品で、その手のシーンは何度も目にしたはずなのだが、残念ながらあまり印象に残っている場面がなかった。

 とりあえず無難にありのままを語ってみるべきか。


「秋塚千里は転校生である」

「まず、そのナレーション口調をやめなさい」


 真夏に呆れ顔を向けられて、千里はさらにガックリときた。そこだけは変えたくなかったのだが、やむを得まい。真夏に迷惑をかけるのは千里としても本意ではない。

 なんとか頭を捻って無難な挨拶を口にしてみた。


「転校生の秋塚千里です。改造人間でも異世界転生者でもないので仲良くしてください」

「あんたって娘はもう……」


 真夏はなぜか脱力したように項垂れた。


「ダメだった?」

「いや、もうそれでいいわ。どうせあなたは変な娘なんだから、変な娘だと思ってもらったほうが、イロイロと誤魔化しやすいでしょう」


 投げやりに言われたが、実際に変な娘である自覚はあるので納得はした。


「さあ、そろそろ出かけるわよ。今日は転校初日の終業式。これから、たっぷりと学園生活を謳歌しましょう」

「いや、明日から夏休みって、お預け食らった犬の気分なんだけど?」


 普通こういう場合は二学期の頭から登校するものではないだろうか。常識に疎い千里でも、それくらいは思いつく。


「それだと夏休みが暇じゃないの。今日登校しておけば宿題くらいは出してもらえるかもしれないわ」

「よけいに行きたくなくなった……」

「ダメダメ。登校拒否なんて赦しません」


 笑顔で促しつつ背中を押してくる。溜息を返してから千里は玄関に向かって歩き出した。

 実際のところ、内心では初めて通う学校なるものに期待に胸を膨らませている。

 青春の謳歌――それは千里が夢にまで見たものだが、長らく決して手に入らないとあきらめていた夢だった。

 しかし、今それが目の前にある。

 すべては目の前に居る少女――少女坂真夏のお陰だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る