第2話 闇夜を駆ける
闇の帳が落ちた林の中を
前方に驚くほどの速さで疾走する少女の背中が見える。
いや、正確には少女ではない。少女の姿を模した
両腕に意識を失った人間の少女を抱えて、何処へともなく連れ去ろうとしている。それを阻止するために全力で追跡しているのだ。
超常の力に目覚めて以来、華実の身体能力は異常なレベルに跳ね上がっていたが、それでも
敵は華実が追いかけていることには気づいているはずだが、後ろを気にすることもなく、ほとんど一定の速さで走り続けている。
障害物を気にせず、木々をへし折りながら走ればもっと速く走れるのだろうが、どうやら痕跡を残すことを極力避けているらしく、こんな
焦燥に駆られつつも華実は右手に力を集めて世界を上書きするイメージを思い浮かべた。
ある日突然、力に目覚めるまでは、このような力の実在さえ知らずにいたが、同時に自らが果たすべき使命に気づいたことで混乱は長引かなかった。
いや、より正確には混乱している余裕もなかったというべきか。とにかく今は自らが魔力と名づけた超常の力を使って戦うしかない。
あるいはこの力にも本来の名称があるのかもしれないが、同じ能力の持ち主を見つけられないため確かめようがない。
ただ、実際にこれは魔力としか思えない力で、華実のイメージによって様々な効果を発揮する。今回使うのはもちろん攻撃的な力だ。
できることならば
全力疾走しながらの魔力の制御は容易ではないが、なんとか力を組み立てると、華実は気合いを込めて力を解き放った。
「光よ!」
言葉自体は必須ではない。それでも叫んだのは不思議と、その方が精度と威力が増すからだ。
もしかしたら言葉というものにはイメージを強化する作用があるのかもしれないが、これも今のところは、ただの憶測でしかない。
叫びとともに手の平から放たれた光は直進することはなく樹木をかわすために、蛇のように折れ曲がりながら夜の闇を裂いて進む。機械人形が反応するより早く、その足下に突き刺さると激しい破壊音が静寂を破った。
機械人形は大きく抉られた大地に足を取られてたたらを踏んだ。勢いは殺せず、少女を庇うかのように大木の幹に背を向けると、そのまま激突する。
(やった!)
内心で喝采をあげると、華実は足を止めて次なるイメージを思い浮かべた。
生み出すのは鋼鉄よりも強固な魔力の鎖だ。それを使って機械人形を完全に無力化して、囚われの少女を救い出す。
魔力と名づけたこの力が、自分の身体をどのようにして駆け巡っているのかは当人にも判らない。血管などを通っているわけではなさそうだが、自分の中に、なにか目に見えない
この時も華実はその流れを感じながら、より多くの魔力を手の中へと流し込んでいく。生半可な強度では機械人形の怪力には通じない。それはこれまでの経験で判っていることだ。
(それでも限界まで力を注ぎ込めば、きっと……)
強く強くと頭の中で繰り返して、どんどん魔力を高めていく。だが、それがある一定を超えた瞬間、華実の視界が突然ぶれた。
(しまった……!!)
それは魔力を使いすぎる度に襲いかかってくる感覚の異常だった。
失念していたわけではなかったが、今回はまだ余裕があるつもりだった。経験不足ゆえの失敗なのか、それとも今日までの戦いで消耗していたためか、知識の乏しい華実には判断できない。
(ダメだ……ここで倒れるわけには……)
血が滲むほどに唇を噛みしめて必死で堪えようとするが、意思の力で押さえつけられるものではない。結局は激しい不快感を感じながら、為す術もなく大地に膝を突いた。
それでも立ち上がろうともがくが、目に見えるすべてが歪み、上下左右の間隔すら喪失する。音とも思えないような異音が頭の中で鳴り響き、気が狂いそうな気分だった。
(ここで逃がしたら……取り返しがつかない……)
敵に向かって手を伸ばそうとするが、それがどこにいるのかさえ、もう判らない。
(また、助けられなかった……)
心を押し潰すような絶望を感じながら意識は底知れぬ闇の中へと落ちていく。頬を涙が伝い落ちたが、その感覚さえも今は感じることができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます