第1話 誕生、地球防衛部
「宇宙防衛部?」
「そうよ! わたしたちはそこに困っている人が居るならば、たとえ宇宙の彼方であろうとも必ず駆けつけるわぬ」
「まあ、心がけは立派だと思うけど、いくらあんたでも宇宙にまでは行けないでしょ?」
「そんなことはないわ! 努力と根性さえあれば、やってやれないことなんてなにもない!」
「じゃあ、今からちょっと月まで行ってきてくれる?」
「…………」
拳を握りしめたまま固まった咲梨は、油の切れたロボットのような動作でゆっくりと友人に顔を向ける。
「やっぱり、地球防衛部にして身近な人助けから始めようと思うの。ほら、小さなことからコツコツとって言うし」
「それも、全然小さくはないけど、まあいいんじゃないの」
どこか投げやりに答える友人だが、彼女はいつだってそんな感じなので、咲梨は気にすることなく、部活申請用紙に地球防衛部と書き込んだ。
「こんな変な部が本当に受理されるのかしらねぇ」
「もちろんよ。悪の組織に裏から手を回してもらったもの」
「正義の味方になろうって人間が、悪の組織の手を借りていいわけ?」
半眼で訊いてくる友人。続けて、その向こう側でノートを広げていた男子生徒――
「なんですか、悪の組織って。僕たち円卓は、いちおう正義を標榜している真っ当な組織ですよ」
「なんにもしてないわたしをつけ狙っておいてよく言うわ」
「確かに、先代盟主のやり方は行きすぎでしたが、彼もすでに退陣に追い込まれて、今は本来の形に立ち返っています」
「口で言われたって、すぐには信じられるものですか」
つっけんどんな物言いに北斗は肩をすくめたが、とくに言い返してはこない。その彼に咲梨の友人が問いかける。
「北斗、結局あんたも、このけったいな部に入るの?」
「ええ。遺憾ながら、彼女の監視が僕の役目なので、そのけったいな部に入らざるを得ません」
「けったいな部ってなによ? 良い名前でしょうが」
口を尖らせる咲梨だが、ふたりには揃って無視された。
「けど、あんたらが揃ってたら、違う目的で部員が集まってきそうな気がするけど?」
咲梨の友人が指摘したのは咲梨と北斗の容姿のことだ。ふたりとも群を抜いた美男美女で異性からは絶大な人気がある。
「資質があるかどうか、ちゃんと審査するわ。そういう目的の人は寄ってこられないように部室に魔法をかけておくし」
「それだと部員はひとりも来なくなると思うけど」
「なんでよ!?」
「いや、だってさ……この歳になって正義の味方になりたいなんて思うのは、夢見がちな子供だけで、そういうのはノーサンキューなわけでしょ?」
「それはそうだけど、真っ当な志を持つ人も数人くらいはいる……はず」
反論しながらも、咲梨は微妙に自信の無さそうな顔になっていった。
「いえ、意外に集まるかもしれませんよ」
北斗の意外な援護射撃に咲梨の顔がパァッと明るいものに変わる。
「そうよね、御角くん」
「ええ、類は友を呼ぶと言いますから」
「なるほど」
この意見には咲梨の友人も納得したようだったが、咲梨は思いっきり不満そうに頬を膨らませた。
「どうせ、わたしは変人ですよー」
機嫌を損ねてそっぽを向く。
咲梨は学校一どころか芸能界でも目にすることのないような、とんでもない美女で、実際にモテモテではあったが、変わり者の魔女という悪評も常につきまとっていた。
もちろん、咲梨が本物の魔女であることを知る者は限られた人間だけだが、咲梨の周りでは不思議なことが起きるという噂がまことしやかに流れていて、その原因は実際に咲梨があまり人目を気にせず魔法を使うせいだ。
それでも本人には力を誇示する意思はなく、むしろ秘密にする努力は続けている。それでいて現在のようになっているのは、人助けのためならば簡単に禁を破ってしまうからだった。
「なんにせよ、部の本格始動は来春ですね」
北斗は教室の窓からグラウンドの向こう側にある工事現場を見つめた。
「新しい文化部棟が建つって聞いたけど、なんだか思っていたよりも仰々しいわね」
咲梨の友人の言葉に北斗は軽く相づちを打つ。
「先ほど咲梨さんが仰っていた悪の組織が手を回していますので、かなり豪勢な物ができあがりますよ。すべては彼女が創設するけったいな部のためなのですが」
「うちの新聞部もあそこに入れるなら、そう悪い話でもないか。悪の組織に感謝だね」
「わたしに感謝しなさいよー」
背後で抗議する咲梨に、北斗たちは顔を見合わせてくすくすと笑った。
このとき季節は未だ初夏であり、世界は概ね平和に見えた。
咲梨たちは大きな事件に遭遇することもなく日々を穏やかに過ごし、やがて季節は一巡して高校二年の夏休みが近づいてくる。
その時には地球防衛部も無事に二名の新入部員を獲得しており、なにもかもが順調だった。
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