スカーレット ~青の護り手~
五五五 五(ごごもり いつつ)
第一章 ~月を追う少女~
プロローグ
わずかに傾いた陽の光が放課後の部室に差し込んでいた。
そこでふたりの人物が談笑している。
ひとりは制服を着た女生徒で一目で在校生だと分かるが、もうひとりは黒いスーツを着た青年だ。顔立ちは若々しいが、どこか成熟した大人の雰囲気がある。しかし彼は教員ではない。本校の、そしてこの部活のOBだ。
広々とした部室は、ふたりだけではどこか、がらんとした寂しげな印象を受ける。それをどこか懐かしげに眺め回しながら、青年は女生徒の言葉に答えを返していた。
「だから、この地球防衛部っていう名前がイヤなんですよ。卒業したあとに高校時代の部活を訊かれたりしたら、恥ずかしくて答えられないじゃないですか」
「確かに、それを耳にした大半の人間はバカにするでしょうね」
青年が苦笑してうなずく。女生徒は同意を得られたことで勢いよく自分の考えを口にした。
「でしょ? だから、わたしは活動内容はともかく名称をボランティア部に改名したいんです」
「お気持ちはお察ししますが、それではダメなんですよ」
「ダメ?」
意外そうに目を丸くする。
「初代部長が、あえてその名前を選んだことには理由があるんです」
「初代部長って……昴の……?」
「ええ、従姉にあたる人です」
「亡くなったんですよね?」
女生徒の問いに青年は曖昧な笑みを返す。その横顔は淋しげだったが、否定も肯定もすることなく話を続けた。
「彼女は本当の意味で正しくあろうとする者たちと、その助けを欲する人々のために、この部を創設し、力を遺しました」
「ええ、お陰でわたしは救われましたけど……それと部の名前になんの関係があるんですか?」
「目印ですよ」
「目印?」
「どこかの誰かが異常な事態に遭遇したとき、助けを求めるべき存在がここに居るのだということをアピールする――そのための名前なのです」
「アピールですか……」
「分かりやすいでしょ?」
目を細めてうなずくと青年はあとを続ける。
「正義の味方などというものは、自らがそれであることを主張しなければ、その価値は半減します。もちろん、それを名乗れば、悪意を持つ人々が揚げ足を取るように偽善であると非難することでしょう。ですが、そのような中傷を気にするくらいなら、そもそも正義の味方など志さなければいい。もちろん、この不完全な世界の中で、さらに不完全な存在である我々人間は、完璧な正義にはなれませんが――」
話しながら青年は部室の窓からグラウンドを見下ろした。野球部員が紅白戦をしているようだ。それを温かい眼差しで見つめながら続ける。
「それでも野球部のエースが、常に相手を三振に取れなくてもエースであるのと同じように、正義の味方とて少しばかりの欺瞞や間違いがあっても正義の味方であることに変わりはないのです」
「つまり、先輩は今でも正義の味方を続けているんですね」
この言葉に青年は女生徒に向き直ると、やんわりと首を横に振った。
「僕は円卓という機構の人間で、部長を監視するために、この部に在籍していただけです。ですが、そうですね……」
青年はグラウンドとは逆側の窓から遠くの空を見上げた。微かに目を細めたのは陽射しのせいではなく、懐かしいなにかを思い出していたからかもしれない。
「おそらく、あの頃共に戦ったみんなは、今でも正義の味方として生きていることでしょう」
戦ったと聞いてだろう。女生徒は興味深そうな顔つきになった。
「やっぱり、先輩方も何か大きな事件を経験しているんですね」
「ええ、かいつまんで話しても冗談にしか聞こえないような物語ですが」
「物語?」
「終わってみれば、そんなふうに思えるのですよ。僕らは誰しも自分の物語を綴るように生きているのだと」
「聞いてもいいですか? 先輩方の物語を」
「少しばかり長い話になりますが……」
青年は込み上げてくる懐かしさを噛みしめるように、しばし目を伏せると。そのあらましについて、ゆっくりと語り始めた。
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