第3話 美しき絵画には相応の額縁を
さて、100回の失恋を経てようやく諦めがついた私は、未来へ進むことにした。
私が今住んでいるのは上位種とされる人間を主とする、かつて女神が住んでいたという居城だ。細部まで美しいこの城に籠って一生を終えることもできる、が、私はそうしようとは思わなかった。だって、この城の外にはたくさんの未知があり、修練は未だ終わりが見えないのだ。私の夢は一端の剣士として名を挙げること。その為にも見聞は広めておくべきだった。
その為の第一歩として、私は人間種高等教育機関…この星で最も高名な学園への入学を決めた。
この星には等間隔に建設された女神の城がある。そのすべての城から丁度同じだけ離れた距離に存在し、どの女神の血が流れていようと平等に、意欲あるものだけに教育を施す学園が存在した。それが私の志願した学園…学びの園である。
現在、人間種は約三種に分けられる。
女神の血を色濃く受け継ぎ、特別な加護のある人間を上位種。
薄くとも女神の血縁者であり、しかし何の恩恵も受けていない通常種。
そして血が薄まるあまり女神との繋がりが切れた劣等種。
しかしまあ、私からすれば今のどの人間も通常種と呼べるのだ。だってこの星で生きている私以外の人間種は皆、女神の子ではない。人間の両親から産まれた、ただの人間だ。
もちろんその祖先を辿ればそこには誰かしら女神の名があるのだろうが、それはもう何千年も前の話。そこまで遡るんなら人類皆兄弟で家族という結論に落ち着いてしまう。
話がずれたが、まあ学園とはそんな人間の種類に関係なく意欲がある者ならば誰であろうと入学を許可する…血統至上主義者の多いこの星では珍しい教育機関なのだ。それ故に厳しく、しかし優秀な者が集まりやすい傾向にある。
私は約八千年ぶりに産まれた女神の実子だ。しかし学園からは贔屓など無く他種の人間と同じ試験を受け、合格し、正式に入学した。
私の実力を試そうという学園側の姿勢に私の城にいる配下…信者?の連中は納得がいかなかったようだが、黙らせた。この先、武の頂を目指そうというのに他者から譲られてばかりではいけないだろう。
「最終試験は…面接か。」
学園の最高責任者との一対一で行われる面談だ。これにより配属されるクラスが決められるらしい。
学園のクラスはファースト、セカンド、サードの三種に分かれており、ファーストは約十人程度の少数精鋭が集められたクラスとされる。もちろんその分教育の質は高く、厳しい。私は出来るならこのクラスに配属されたかった。
「次の新入生、入りなさい。」
声がする。私は胸を張って扉を開いた。
「ヒューウェント・ア・ヴァルローズ、だね。」
最高責任者、という割に若そうな見た目の青年が仰々しい椅子に腰かけていた。片眼鏡に白い頭髪と瞳が艶やかで、どこか廃頽的な色気すら感じられる風貌だった。
「成長はしても老化せず、どのような要因があろうとその美しさは損なわれない。キミの未来は怠惰を貪っていても輝かしいままだろうに、どうしてここへ?」
いきなり喧嘩売ってくるじゃんこの人。着席の合図すら無いってどういうこと?面接って「どうぞおかけください。」から始まるんじゃないの?もういいや、座ろ。
「私とあなたでは価値観が違うというだけです。私にとって”容姿が美しい”ことはそこまで重要ではありません。」
「ほう?ではキミにとって最も重要なものとは何か?」
「額縁です。」
「額縁?」
そう、額縁。絵を飾るために最も重要な、それ。
「私のことを人々は生きた名画だと言います。けれど、どんなに素晴らしい絵画であっても、それを飾り付ける額縁が陳腐なものでは価値が半減する。」
絵、とは、それを飾る環境がモノを言う。どれ程に素晴らしい名画でも、薄汚れた裏路地に裸のまま飾られていればただの落書き扱いだ。
「私を飾り付けるのに最もふさわしい額縁は、展示場所は、タイトルは、何か。それを決めるのはほとんどが他者による評価ですが、額縁だけは違います。私は生きて動いているのですから、自分が着るドレスのひとつくらい選ぶ権利がある。」
ここに飾られたいと、この人と共に生きたいと我が儘を言って、叶わなかった。それでも、せめて、それ以外は。自分の意志で、自分の為の何かが欲しい。
私はそれを剣とした。武を極め、剣によって私という絵画は飾り立てられる。
時に、絵画は、額縁の出来によってその価値が左右されることがあるという。ならば私を飾るのは、より洗練されたものがいい。
「私という絵の、人生の、価値が後世の人間に定められるなら、それがより高いものであってほしい。この命が、決して駄作などではないと改めて世に示すには、あの城の中だけでは足りないのです。」
「貪欲だね、強欲と言い換えてもいい。そこまでして価値を高めて、いったい何になると言うんだい?」
「愚問ですね。自己顕示に理由が必要ですか?これは知的生命体すべてが抱く願いでしょう。」
誰だって、理想の自分になれるものならなりたいはずだ。私の理想はもう既に一つ潰えたけれど、だからといって他まで諦める理由にはならない。女神にここまでの寵愛を受けておきながら、夢ひとつ叶えられないまま終わりたくない。
「不思議だな、キミの美しさを認めない人間なんてこの世にいないだろうに、そこまで求める理由が分からない。」
「最初に言ったでしょう、美しさは然して重要ではないのです。私が欲しい価値は、そこにはありません。」
「キミが欲しい価値とは?」
「随分と哲学的な問いばかりなさるんですね。価値なんて、後からいくらでも変わるものでしょう。ただ…」
「ただ?」
「”美しいだけの絵画”より、それ以外の価値も持ち合わせたいというだけ…です。美しさだけでは、価値などたかが知れています。」
感嘆も、賛美も、賞賛も…万来の喝采も。他者から見た価値と自己が思う価値に、より格差が生まれないようにする為には、自己研鑽が必須だ。肥大した自尊心では、正しい価値など計れない。
「つまりキミは、今の自分に足りないものがあると思っているのか。」
「…当然でしょう。」
何を言っているんだこの男は。私のどこが完璧であると言えるのか、あり得ない。
あれだけチャンスを与えられながら、初恋のひとつも叶えられなかった幼い私に、十全な部分など無いといのに。
「よろしい!意欲ある若者を歓迎しないわけにはいかないからね、キミにはキミに相応しいクラスを選んであげよう────サードだ。有象無象と共に、自分の価値とやらを探し求めるがいいさ。」
「はい、学園長。」
まあ、学園側が贔屓をしていないと示すためにも妥当な処理だろう。私も裏口入学などとありもしない噂を立てられては不愉快であるし、特に不満は無い。
「…異論は?異議申し立てをするなら今だけがチャンスだが?」
「いえ…特にありません。私は初等部や中等部から学園に通っている生徒より劣っているでしょうし、妥当な判断だと思いますが。」
実際、ペーパーテストの自己採点では合格点ギリギリだった。学力で劣っている人間が、最初からファーストに配属されるとは思っていない。
年に一度はクラス替えがあるのだし、そこで実力を持ってのし上がるつもりだ。
「……欺瞞の無い回答をありがとう。面接は以上だ、帰りたまえ。」
「失礼します。」
面接室を出るまでの数秒、痛いほど突き刺さる学園長の視線は、何が言いたかったのだろう。
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