第31話「新たな配信者」
退院後。七海の自室。
(ようやくこの時が来た。よーしやるぞ)
リスナー公認の凜夜の恋人となるべく七海は意気込む。
まずはパソコンでゲームを立ち上げる。
今夜やるのはFPS。ファーストパーソンシューティングの略で、画面が操作キャラクターの視界となっており、銃を使って対戦相手のチームと撃ち合いをするというものだ。
「凜夜君、こっちの声聞こえる? 安物のマイクだから音質悪いかもだけど」
「聞こえるよ。なつきさんとアキラさんも準備できてるみたい」
「よかった。あとは和也か」
別に四人だけでやってもいいのだが、配信初心者が自分一人というのが若干不安だったので和也にも声をかけたのだ。
「おーす。聞こえるかー?」
「おっ、和也も来たね」
「それじゃ、始めますか」
なつきの声を合図にゲーム画面と音声を一般の視聴者に公開した。
当然ながら凜夜たちのファンは七海と和也の声を知らないので自己紹介から。
「あ、えっと、と、東山七海です。あ、新しく参加させてもらうことになりました。配信はこれが初めてです」
慣れないことなので、柄にもなく緊張でガチガチになっている。
名前については迷ったが、凜夜にならって本名を使うことにした。
「ナナちゃん、リラックスリラックス」
「すーはー、すーはー」
なつきに言われて、落ち着くための深呼吸をする。
「和也です。七海に強引に誘われました」
和也は下の名前だけ公開することにしたようだ。
「和也が敬語使ってるの珍しいね」
ややあって七海も冷静になった。
「うるせえ。お前がこんなとこ連れてくるからだろ」
何はさておきゲーム開始だ。
画面内では激しい銃撃戦が行われる。
『凜夜君のFPSって初めてかも』
スマートフォンで凜夜の配信画面を見ているとそんなコメントが流れていた。
「はい。配信どころかオフラインでもほとんどやってないので、今日は経験者の四人についていこうと思います」
配信の経験では凜夜の方が上だが、FPSは七海と和也の方がよくやっている。
「凜夜君は、あたしが守るからね」
ゲームの中でもやるべきことは同じ。
凜夜の操作するキャラクターに近づく敵兵は次々に撃ち殺していく。
「あー、撃たれたよー。ナナちゃん助けてー」
敵にやられた割には能天気な声を出すなつき。
このゲームでは味方に接触することで蘇生させることが可能となっている。
「七海はりんちゃんしか守らないだろ。大人しくオレの救援を待て」
「アニキの救援はいらないよー」
他の四人をよそに和也は敵陣に突っ込んでいた。
「おらッ! 食らえッ!」
不良時代を彷彿させるかけ声で銃を乱射している。
「和也君、頭狙った方がいいよー」
戦闘不能状態のなつきが和也にアドバイスする。
「分かってんだけどなー。つい適当に撃ちまくりたくなるっていうか」
気持ちは分かる。凜夜がいなかったら七海も同じ戦い方をしていた。
「凜夜君、回復アイテムあげるね」
「ありがとう」
周辺の敵を一掃した七海は凜夜と和やかなやり取りをしている。
そもそもの目的はゲーム内でのランクを上げることではなく、凜夜ファンからの好感度を上げることだ。
『新しい仲間連携取れてなくて草』
コメントの『草』というのは『笑い』の意味。頭文字のwを並べると草が生えているように見えることに由来するネットスラングである。
今のところ七海と和也に対する視聴者の反応は悪くない。
だが、配信者の評価はその言動次第で大きく変わってくる。
配信者ではあっても、アンチばかりいるという状況はあり得るのだ。
自分と凜夜の未来のため、ここががんばりどころ。勝ち負けはともかく、視聴者を楽しませなければ。
七海はひたすら凜夜を護衛するというキャラ作りに徹することにした。
夜十二時が近づいた辺りで配信終了。
反省会も兼ねて少しだけグループ通話をしてから寝ることに。
「スマホで凜夜の配信画面見てたけど、視聴者数すごいな。同人声優のファンってのもこんなにいるのか」
どうやら和也も七海と同じことをしていたらしい。
「同人には同人の魅力があるからね。それこそ、僕が売上とかに囚われず理想のキャラクターを作って演じたみたいに」
商業作品だとどうしても打算的になりがちではある。
過去に似たような傾向の作品がどの程度売れたか、といったデータを示さなければ予算が下りないのだ。
その点、同人なら大外れになるリスクを冒してでも『これがやりたい!』という熱い思いを形にできる。
凜夜の理想が七海の理想と見事に合致したことで今の関係が生まれたのだ。
とはいえ、同人では実現できないクオリティのものもある。
「あーでも、あたしとしては凜夜君がテレビアニメに出てるとこも見たいなー」
「最近は商業作品でも、同人活動中心の声優を起用する例が増えてきてるみたいだけど、さすがに都合良く僕が演じたいような役でオファーが来るなんてことはそうそうないだろうね」
凜夜が同人に留まる理由は自分に合ったキャラクターだけを演じたいから。
「じゃあ、あたしが凜夜君にぴったりのキャラを作ってアニメ化されればアニメデビューしてくれるってことじゃない?」
「もちろん、そういうことなら出演するけど」
言質は取った。
「よし! 和也、本気でプロデビュー目指すよ!」
七海の、人を巻き込んだ決意表明に対し、和也はあきれたような息を吐く。
「今さらどの口が言ってんだ」
こう答えながらも声は明るい。
順序はあべこべになったが、当初の志を取り戻した七海。より一層の精進をすることとなる。
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