第30話「グループ通話」
「あたしも配信者になる!」
そう宣言したはいいが、しばらくは病室のベッドを離れられなかった。
重傷だったので、どうしても完治には時間がかかる。
元気だけが取り柄の自分がこんな風に点滴の管につながれながら寝続けることになるとは。
傷が治り、体力も回復してきて、医師から病院内での移動を許可された七海は休憩室でグループ通話を始めた。
通話の相手は、凜夜・和也・なつき・アキラの四人。
七海が、自分も凜夜たちがゲーム実況をやっているグループに加えてもらいたいと頼んだのだ。
病院から配信をする訳にもいかないので、まずはこれまでの経緯をなつきとアキラに話すことになっている。
「――ホントにそんな人いるんだ。こわっ!」
凜夜のファンと呼ぶには値しない盲目的なストーカーから刺された話をすると、なつきは声を上げた。
有名人にとっては他人事ではないので恐怖以外の何物でもない。
「アニキも色んな女性声優とコラボしてるから気をつけた方がいいんじゃない?」
「大丈夫だ。オレの方が強い」
「相手分かんないのにすごい自信だね~」
漫才のようなやり取りをしているなつきとアキラ。七海が求めているのはこれだ。
「あたしがリスナーに認められるような配信者になれば、凜夜君と付き合ってても文句言われないんじゃないかなって思ったんです。なつきさんは何度も凜夜君と一緒に配信してて大丈夫だったんですよね?」
「そう言われてみればそうか。確かに『私とりんちゃんが結婚しました』とか言っても、なんだかんだリスナーは祝福してくれそうだもんね。私がりんちゃんと釣り合うかは別として」
やはり七海の作戦は間違っていなさそうだ。
「オレとなつきが結婚しても『ふーん』で済まされそうだけどな」
「仮にした場合ね。しないけどね」
なつきとアキラの会話は七海が聞いていても楽しい。
お互い好意的であるような、そうでもないような。七海と凜夜の関係とはまた異なる趣がある。
「七海さんは入院生活で不自由はない?」
「ちょっと身体は鈍るけど、平気だよ。なんといっても、凜夜君の音声作品聞きまくれるからね」
優しく尋ねてきた凜夜に明るく返す。
「差し入れで欲しい物とかあったら持っていくよ」
出会った当初からすると、よくここまで優しくなってくれたものだ。
といっても、これが凜夜本来の性格だといえよう。
「新しい音声作品アップしてくれるのが一番うれしいかな。物を貢ぐのはあたしの専売特許だから」
「ふふっ。七海さんらしいね」
「あと、退院したら膝枕で耳掃除してもらいたいな。夢で見てすごい力湧いたから、実際にしてもらったらすぐ完全復活できるよ」
あの夢のおかげで死への誘いから逃れることができたのだ。
「分かった。準備しとくね」
二人のやり取りもまた、第三者にはうらやましく感じられるようだ。
「バカップルだなー。そりゃファンが嫉妬する訳だ」
「りんちゃんがこんなに惚れ込むなんて、ナナちゃんも美人なんだろうね」
七海の主観だと凜夜が『バカ』と付けられるほど自分に惚れ込んでいるということもないのだが、アキラとなつきにはそのように見えているのか。
凜夜と親交の深いなつきたちがそう言うのなら、七海は十分凜夜を落とすことに成功しているのかもしれない。
「ナナちゃんってあたしのことですか?」
「そう。りんちゃんの彼女だから」
凜夜と共通のスタイルで愛称をつけてもらえるのは悪くない気分だ。
ただし、一つ誤解がある。
「あたしは全然美人じゃないですよ。凜夜君が面食いじゃなかっただけで」
実のところ、七海の容姿はそれなりに整ってはいるが、残念ながら振る舞いに気品がないので、いまいちパッとしない印象を持たれがちだった。
「そうなの? そういえばりんちゃんってギャルゲーとかあんまりやらないか」
納得した様子のなつきが付け加える。
「ナナちゃんのキャラまだよく知らないけど、無理に敬語使わなくていいよ」
やはり敬語がぎこちないと思われたか。
「オレにも使わなくていいぞ」
アキラも同様に言ってくれる。
「じゃあ、あたしもアニキって呼んでいい?」
「いいぞ。妹分が増えるのは歓迎だからな」
「私は妹分じゃないけどね」
アキラにつっこみを入れたあと、なつきは七海に尋ねてきた。
「私たちはりんちゃんの素顔見たことないけど、やっぱり美形なの?」
「そりゃあもう。凜夜君と釣り合う女子なんてうちの学校にはいないんじゃないかな」
「すごいね。まあ、あの声で顔は不細工とか想像もできないけど」
お気楽な話を続けていたが、ここまで聞き役に徹していた和也が七海の胸を刺すようなことを言い出した。
「凜夜としては、結局こいつと付き合い続けるってことでいいのか? こいつも純粋なファンっていうよりストーカーだろ」
「うっ……」
いくら言い訳をしても、資料の盗み出しなどは普通に犯罪であり、客観的に見ればストーカーだ。
しかし、凜夜はというと。
「世の中そんなもんだよ」
意外なことを語り始めた。
「普通のファンは『大ファン』を自称してても自分の身を削ってまで応援してくれない。しばらく活動してなかったら、すぐ他の有名人に浮気するぐらい。ストーカーにはならず、それでいて一途にずっと応援し続けてくれる理想的なファンなんてそれこそ幻想だね」
凜夜の弁によれば、応援する対象への熱量が大きければ大きいほど、どうしてもストーカーに近づく面はあると。
「ファンはアイドルに幻想を抱くものだろうけど、アイドル志望者もファンっていう存在に幻想を抱いてるんじゃないかな?」
凜夜は七海を『純粋なファン』と呼んでくれたが、その見極めができるのは彼がファンという存在の現実を知っているからだ。
だが、果たして七海に『純粋』と呼んでもらう資格があるのだろうか。
「じゃあ、あたしは……」
「ストーカーっぽくはあるけど、乱暴さや陰湿さはないし、許容範囲。それほど応援してくれない自称ファンも、しつこいアンチも、危険なストーカーも、ある程度は覚悟しとかないと声優として活動なんてできないよ」
応援の度合いとストーカーとしての悪質さ、そのバランスから見て七海は良い判定をもらえたようだ。
実際、七海は必要に迫られない限り悪いことはしないし、その上で凜夜への応援は決して欠かさない。
以前凜夜が、スペチャを送れなくなったら無料の放送を聞くことすらやめてしまう人がいると嘆いていたのを思い出す。
彼にとって一番大事なのは応援する『気持ち』であって、自分に対してもたらすのが利益であるかどうかは二の次なのだ。気持ちさえ純粋なものであれば、それでいい。
「まあ……ストーカー対策を怠って身内を危険に晒した人間の言えることじゃないかもしれないけど」
自嘲する凜夜にすかさずフォローを入れる七海。
「凜夜君はなにも悪くないよ! あたしはストーカー寄りなんだから、ストーカー被害はあたしが引き受けなきゃいけない問題なんだよ!」
「ふふ。ありがとう」
なんだかんだで七海は、ストーカー的な性質を持ちながらも純粋なファンでもあるという矛盾したような人間ということで落ち着いた。
七海と凜夜のやり取りを聞いて、なつきは感心したようだった。
「りんちゃんは、めちゃくちゃ考えてるんだねー。アニキなんてなんも考えずに活動してるでしょ」
「アンチやストーカーよりオレの方が強い」
「なんでもパワーで解決するね~」
四人の会話を聞いて、和也も肩の力が抜けたらしい。
「ま、声優ってのがそういうもんだっていうなら、七海もそれに合わせて生きてくしかないんだろうな。せいぜい振られないようにしろよ」
こうして、ひとしきり雑談に興じた上で、みんなでやるゲームも決めておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます