【第六章】-声が聞ける幸せ-

第27話「楽しい生放送」

 今日も今日とて凜夜放送。

 もうすぐ始まるので、パソコンの前で――実際には椅子に座っているが――正座待機。

 リスナーは皆、凜夜のことが大好きなので、この人が実は自分の彼氏なのだと考えるとものすごい優越感を持ちながら聞くことができるのだ。

 画面が切り替わると凜夜の声が聞こえてくる。

「こんばんはー。須藤凜夜です。みなさん、音声は届いていますか?」

 七海を含むリスナーたちは姉を名乗りつつスペチャを送る。

『凜夜君の声が聞けて、お姉ちゃんうれしいよ』

 一番よく聞いている音声作品が姉弟で恋愛するものなので、恋人になっても相変わらずこのコメントだ。もちろんお小遣い付き。

「今日は試しに前半だけ辞書の音読をやってみようと思います。後半は例によって雑談で」

(おっ、なんか新しい企画きた)

 凜夜は真面目な性格が枷となって面白おかしいネタをなかなか見つけられずにいるようだった。普段と違う趣旨の放送は貴重だ。

「手元に辞書があるので、コメントを打ってくれたらその言葉の意味を読み上げます」

 凜夜がこう言うと、リスナーは我先にコメントし始めた。

 凜夜はその中から一つ一つ拾っていく。

「夜――日の入りから日の出までの間、太陽が沈んで暗くなっている間。凜――身が引き締まるように寒い。放送――特定または不特定の受信者に向けて、無線・有線などの電気通信技術を用いて、映像・音声・文字などの情報を同時的に送信すること」

 やはりというべきか、この放送に関連したワードが多く流れている。

 七海のコメントも拾ってもらえた。

「海――地球上の陸地ではない部分で、全体が一続きになって塩水をたたえているところ。七――六の次、八の前の自然数」

 今回は自分の名前の漢字を送ったが、凜夜の声で聞けば難解な熟語や慣用句なども覚えていけそうだ。試験勉強の時にもやってもらおうか。

 あっという間に三十分経ち、雑談タイムに。

「一つ自慢させてください。この前高校であった中間試験、自己採点したところ数学と国語は満点でした」

『天才では?』

『お姉ちゃんも鼻が高いよ』

 自慢とはいっても嫌みのない口振りに、リスナーたちも手放しで褒め称える。

「ああ、そういえばもう一つありました。しばらく前の放送で恋人はいないって答えましたけど、最近できました」

(やったっ! 凜夜君が放送でもあたしのことを! あたしのことで間違いないよね!?)

 全リスナーの前で公表してもらえるとは、感無量だ。

「恋人できましたよ? できましたからね? 前になんか言いかけた人、聞いてますか?」

 繰り返し強調する凜夜。いつもよりハイテンションで、これもかわいい。

『お相手は誰?』

 当然ながら、リスナーたちは興味津々だ。

「誰ということもない一般の人です。僕も別に著名人じゃないですけど」

『凜夜君は著名人ですよ』

『凜夜君は神』

『凜夜君は神をも超越したなにか』

「そんなオーバーな……。『なにか』ってもうネタ思いついてないじゃないですか。ちなみに辞書の音読を思いついたのは、その恋人に勉強を教えててです」

 七海との交流が生放送の題材に結びついたというのはうれしい。

 いつか凜夜に許可を取って、恋人というのが自分のことだと明かしてもらおうか。

 サウスマウンテンのコメントが、他のリスナーの目に今までと変わって映るに違いない。

『…………』

 急に沈黙を三点リーダーで表現した四百四十四円のスペチャが。

(なに? 今のスペチャ……)

 七海は不気味に感じたが、凜夜は特に気にした風もなくお礼を言う。

「青い池さん、スペチャありがとうございます。北海道の方でしょうね」

(なんで北海道? なんかあたしの知らないとこでやり取りしたとか?)

 七海に北海道の観光名所に関する知識はない。サウスマウンテンが七海だと知っているように、その人とも知り合いなのだと思った。

 なんにせよ、凜夜自身が気にしていないなら別に構わないだろう。

 一瞬湧いた疑念など、放送の続きを聞いているうちに忘れてしまった。

「他にも内容のバリエーションを増やしていきたいなーと思ってるんですが、なにかあります?」

『乙女ゲーの実況とか?』

「ストーリーメインのゲームで配信が許可されてるのって何があるかな。とりあえず一つの案として探しておきますね」

 ゲームつながりで面白いコメントをする者も現れた。

『ギャルゲーの主人公に凜夜君が声当てればモテても納得の主人公になる』

『天才か』

 他のリスナーから称賛されている。

 七海も、その発想はなかったと感心させられた。

 なお、ギャルゲーというのは男性向けの恋愛ゲームのことで、大抵このジャンルの主人公は冴えない男性キャラクターとなっている。しかし、声だけでも凜夜のものになれば魅力的なキャラクターに大変身だ。

「じゃあ、恋愛ゲーム中心で検討します。やっぱりみなさんと話していると僕一人じゃ思いつかないアイデアも出てきますね」

 今夜の放送も楽しい時間となった。

 一部、異なる感情を抱いている者がいるなどとは知る由もなく――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る