第25話「復活」

 反省文を書き終え、家に帰って夕食を済ませると、七海は自室のパソコンに向かった。

 久々の凜夜放送だ。

 タイトルは『須藤凜夜復活記念放送』。活動再開を宣言することになっている。

「長らくお待たせしてすみません。ようやく体調が戻りましたので、またみなさんに声をお届けできます」

 リスナーたちは大喜び。

『凜夜君の声がまた聞けてうれしいです』

 こんな感じのコメントと共にスペチャが飛び交う。

「久しぶりなので、気ままに雑談していこうと思います。なんでもコメントしてくださいね」

 凜夜の『なんでも』に対して反応するコメントがあった。

『なにかアンチみたいな人からひどいこと言われませんでしたか?』

 声優活動そのものについて悩んでいた可能性を心配しているのだろう。

「特になにも。休んでたのは本当にただの体調不良のせいです」

『アンチコメントじゃなくても、言われると嫌なこととかあったら概要欄に書いてくれた方がいいかも』

「放送を聞きにきてコメントしてくれるだけで僕にはうれしいことなので、『こんなこと言ったら傷つくかも』とかは考えなくて大丈夫ですよ。他のリスナーさんの迷惑にならない限り好きにコメントしてください」

 ここで凜夜は、生放送における自身のスタンスを示す。

「スペチャするしないに関わらず、みなさんにはお客さんとして来てもらってるので、極端な話、『今回は面白くなかった』というコメントも受け付けます。しゃべる内容は僕が自由に決める代わり、どう評価するかはみなさんの自由です」

 凜夜の意志は強いが、七海はかえって心配にもなった。

 他にもそういうリスナーはいるようだ。

『やっぱりなにかあったんじゃ……?』

「いえ、なかったですし、仮にあったとしても、この点は活動をするに当たって覚悟してることなので今さらそれで活動休止することはありません。これは明言しておきます」

 これ以上突っ込むのは野暮か。

(凜夜君は立派だなぁ)

 凜夜の放送が『つまらない』などと言う人がいたら七海がキレてしまいそうだが、それは凜夜にとってありがた迷惑な行動だ。あくまで放送は楽しく平和に終わらせなければ。

 商業声優の業界でも時折問題になっているような、全くいわれのない誹謗中傷があった場合だけは守ってあげよう。

「なんだか僕の決意表明みたいになってしまいましたね。いずれにせよ、僕が同人声優をやめるってことはないので、応援してくれてる方は安心してください」

『安心しました。ところで、凜夜君は商業声優にならないんですか?』

 七海も疑問に思ったことを別のリスナーも尋ねた。

「多分ならないですね。こう言うと商業の人に失礼ですけど、誤解を恐れずに言うなら、声優って創作の世界では下っ端なんですよ。原作者はもちろん、脚本家や音響監督とかにも従うしかないですからね」

 以前七海に話したことをより具体的に説明する凜夜。

「新人のうちなんて仕事を選べないですから、自分がそのキャラになりきりたいかどうかなんて二の次ですし。僕は僕がなりたいキャラクターとして、みなさんに声をお届けします」

 なるほど。七海も声優についてはそれなりに知識があるのだが、改めて考えるとその通りだ。

 キャラクターと凜夜がリンクしているからこそ、彼に直接会って、好きな気持ちがより高まっていったのだ。

 そのあとは他愛ないやり取りを繰り返して、復活記念放送は幕を閉じた。

 放送終了後のSNSでは、『健康を第一に過ごしてください』『凜夜君にとって無理のないペースでがんばってね』『お姉ちゃんのこと頼ってくれていいんだよ?』など、温かいメッセージが送られている。

 ただ、学生だという人への凜夜の返信を見てギョッとした。

『もうすぐ中間試験ですね。お互いがんばりましょう!』

(げ……。ヤバい。勉強なんて全然してない……)

 スマートフォンでメッセンジャーアプリを開く。

『赤点取ったらどうしよう……。せっかくちゃんとした恋人になったのに補習でデートの時間なくなるなんてやだよー』

 いざとなったら守ってあげようなどと考えていたのはどこのどいつだ、というような情けないメッセージを凜夜に送信。

 凜夜からの返信はすぐに来た。

『うーん。そこは僕のせいでもあるしね……』

『あっ、違うよ。凜夜君はなにも悪くないから。あたしの頭が悪いだけで』

『それなら僕が勉強見ようか? 人に教えた経験がないから上手くできるか分からないけど』

 ありがたい申し出だ。

『じゃあ、お願いしようかな。場所どうしよう?』

 続く凜夜からのメッセージで、七海のやる気に火が点いた。

『よかったら僕の部屋でやる?』

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