第23話「因果応報」
凜夜を追って病院まで来た七海は、彼の付き添いとして一緒に診察室に入った。
今は体調が悪そうだが、元々凜夜には精神障害があるらしい。その専門医なら有効な治療法を示してくれると期待したが。
「――とりあえず家での食事や入浴に支障はないんですね。でしたら、できる範囲のことをしながらの生活を」
苦しい息を吐きながら病状を伝えた凜夜に対して、医師はあまり危機感のないような反応を返した。
「ちょっと! 凜夜君は一刻も早く活動を再開したいんですよ!? そんな悠長な――」
我慢できずに口を出す七海。
「精神的なものだとしたら薬で一朝一夕にどうこうできるものではないですし、どうしたって時間はかかりますよ。他の要因だとしたら、それはそれで、うちの科では診られませんし。無理して特別な活動はせず安静にしていてください」
頼りない意見だが、反論をすることもできなかった。
結局、いつも通りらしい処方箋を出されて診察室を後にする。
「やっぱりダメか……」
凜夜は気落ちしている。
それはそうだろう。内科でも精神科でもすぐには治せないと言われたのだから。
しかし、一つ気になることがあった。
「凜夜君。精神的な緊張ってずっと続いてるの?」
「え? ううん。休み始めてからは特に緊張するようなことはしてないし」
ならば、医師が言っていた『他の要因』の可能性も低くはない。
「じゃあ、色んな検査受けてみよう。お金は出すから!」
普段の小遣いでは難しいが、背に腹はかえられない。親に相談して前借りしよう。
「いや、病院代はうちの親が出してくれるよ」
凜夜の答えを聞いて七海は駆け出した。
「診てくれるお医者さん探してくる!」
「東山さん……!?」
多少強引でも、ここは行動あるのみだ。
凜夜を助けられる可能性を高めるためなら七海はなんでもする。
「原因は分からないけど、めまいと吐き気があるみたいなんです! なにか検査できませんか!?」
「急に言われましても……。まずは予約を……」
病院内の医師に手当たり次第声をかけて迷惑がられる。
それでも、なんとか検査の予約を取り付けることができた。
それから先、凜夜には短期間に様々な検査を受けてもらった。
七海は病院への送り迎えを続けた。車の運転ができればいいのだが、そうもいかないので、歩いている最中肩を貸すなどできる範囲のことをしながら。
受けた検査のいずれかで、めまいや吐き気の原因が突き止められればよかったが。
「血糖値は低めだけど、正常値の範囲内ですね」
これは内分泌内科の医師の言葉。
「それでめまいや吐き気がすることは――」
「考えにくいです」
「そんな……。現に不調があるのに……」
どこに行ってもこんな反応だった。
医師たちは揃って、『正常』という言葉で七海の希望を打ち砕いた。
もっとも、一番苦しんでいるのは凜夜だ。
「ごめんね……。なんの力にもなれなくて……。凜夜君に余計つらい思いさせちゃっただけだったね……」
「ううん。東山さんの気持ちはうれしかったから……」
こちらがなぐさめられている始末。
総合病院でできる最後の検査の結果を聞いた帰り道でのことだった。
七海は凜夜の身体を支えながら歩いてはいるが、本当の意味での支えにはなれていない。
凜夜を休ませて、七海が代わりにやるべきことをやってあげられるなら救いはある。
しかし、凜夜の声は唯一無二だ。彼自身が吐き気で長時間声を出せないのでは、活動のしようがない。
もうすぐ駅に着くが、七海にできるのは電車で席を譲ってほしいと頼むことぐらい。
(情けないな……。凜夜君と出会って変わったなんて言ったのに、どのみちロクなことしてないじゃん……)
暴力を振るうのをやめただけ。所詮その程度だ。
「うん? お嬢ちゃん?」
「へ?」
不意に向かいから声をかけられた。
見れば、相手は高校の入学式の日に会ったおじさんだ。
「ああ、やっぱりあの時の。こないだは助かったよ」
「おっちゃん。この辺に住んでるの?」
「住んでる訳じゃないんだけど――。そっちの子、具合悪そうだね」
おじさんは、七海に寄りかかった凜夜の方を見遣る。
「うん。めまいと吐き気があるって……」
何度この説明をしただろうか。情けなさが蘇る。
「制吐剤とかは持ってないのかい?」
凜夜の持ち物についてまで七海は知らないので、凜夜が答える。
「いえ……飲んでも……効かなくて……。多分……精神疾患からくるものだからだと思うんですけど……」
続く形で七海が泣き言をこぼす。
「治療法が全然分からなくて、もうどうしたらいいのか……」
こんなことを言われても困るかと思ったが、おじさんは何やら考え込んだ様子になった。
やがて口を開くと。
「精神疾患と吐き気……か。心当たりはあるね。力になれるかもしれない」
ここにきて予想外の発言が。
「ホント!? おっちゃん何者!?」
おじさんは、七海に対して正式に名乗る。
「僕、
おじさん改め清水医師から名刺を渡された。
「その子は元気になったの?」
「うん。吐き気がすっきりしたって言って、普通に学校に行ってるよ」
七海に再び希望が戻ってきた。
「詳しく話を聞かせてもらえるかな?」
駅構内のベンチに腰かけて、これまでの経緯を話す。
「――なるほど。活動に力を入れようとした矢先のことだったのか。それも前に診た子と同じだね。こうしてお嬢ちゃんと一緒にいるってことは、今さら対人恐怖で吐きそうになるってのは考えにくいし」
凜夜は決して人付き合いを拒絶していない。
不調が出たタイミングからしても人間関係の問題ではなさそうだ。
「何が原因なの?」
「悪いものじゃないにしても緊張感が強まったことがきっかけになったんだとは思う。それが癖になって、緊張が解けたあとも身体症状だけ残ってるんだろうね」
七海の疑問に頼もしく答える清水医師。
「おそらく神経が関係してるから、その方面の薬が効くんじゃないかな」
「じゃあ、おっちゃんの病院で凜夜君を診てもらうことってできる?」
「もちろん」
話がトントン拍子に進んでいく。先ほどまでの絶望がウソのようだ。
「いいよね? 凜夜君」
「うん。今かかってる先生より清水先生の方が信頼できそう」
凜夜が賛成するなら迷うことはない。
「おっちゃん、お願い。凜夜君を治してあげて」
「分かった。精神科の薬を二重に出す訳にはいかないから転院って形にはなるけど、彼のことは僕が責任を持って診るよ」
「どうしてそこまで言ってくれるんですか?」
清水医師と七海の最初の出会いを知らない凜夜はきょとんとしている。
「しばらく前のことだけど、僕が困ってたところをお嬢ちゃんが助けてくれたんだよ。いい歳したおじさんを助けようなんて人はなかなかいなかったのにね。その時の恩を返さないと」
そこで清水医師は思い出したように手を打った。
「そういえば、君があの凜夜君なんだね」
「僕のことご存じだったんですか?」
「ああ。あの時、あたしが名前出したんだよ。あたしが人助けをしようなんて思えるようになったのは凜夜君のおかげだって」
良い行いをすれば巡り巡って自分に返ってくるものだ。凜夜の声優活動にせよ、七海の人助けにせよ。
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