【第五章】-ガチ恋成就-

第21話「自分にできること」

 凜夜が学校を休み始めてから二週間が経った。

 七海からの連絡にも一切返信がない。

 彼の身になにかあったのは明らかだ。

 七海は自分の浅はかさを恥じる。

 凜夜という人物に対して、最初から陰があると認識していたのに、『そこがまた魅力的』などと考えて、深刻な悩みを抱えていると気付けなかった。

 友達付き合いに苦手意識があると聞いて、悩みはそれだけだと思ってしまった。

 だが、この事態は尋常ではない。

 大病を患っていたのか、学校に来たくなくなったのか。なにか特別な事情があるはずだ。


「凜夜君のこと、詳しく教えてもらえないんですか!?」

 職員室で担任を問い詰める。

 教師であれば、さすがに家庭から長期間の欠席について理由を聞いているだろう。

 しかし、担任は首を横に振る。

「体調不良としか言えないな……。それ以上はプライバシーに関わることだから、俺の口からは言えない」

「こんなに長引く病気なんですか!?」

「実際そうなってるだろ」

「治療法はあるんですか!?」

「俺は医者じゃないから分からない」

「命に関わるようなものなんですか!?」

「分からん」

 担任の方もイラついてきているようだ。

「それじゃあ、あたしは彼女としてなにも力になれないってことですか!?」

 お試し期間とはいえ、既に七海は凜夜の有力な恋人候補だ。この事態を静観することなどでできない。

 結局、職員室からは追い出されてしまった。

 このままでは待つことしかできない。

 だが、待っていても凜夜が無事に帰ってきてくれる保証はない。

 じっとしてはいられなかった。

(学校なんて当てにしてられない。あたしがなにかしないと……!)

 おそらく病気だと思われる凜夜に対して、七海に何ができるだろうか。

 医学の知識も医者とのつながりもない七海に。

(何ができるかじゃない。やるんだ!)

 これまでもそうだった。

 凜夜の好感を得るために、特別な知恵を働かせた訳ではない。

 熱意を持って正面からぶつかり、少しずつ信頼を勝ち取っていったのだ。

 この状況でなにも行動を起こさなかったら、七海自身、もはや恋人もファンも名乗ることができなくなる。


「一生のお願い!」

 凜夜の元へ向かうため、和也に協力を求めることにした。

「つまり恋敵だった奴を助けるのに協力しろと」

 和也は渋い顔をしている。

 無理もないことか。彼のメリットになることはなにもないのだから。

「和也は優しいでしょ? 困ってるクラスメイトを見捨てたりなんてしないって信じてるから」

 恋敵といっても、和也は凜夜を恨んでいないようだった。

 今の七海にとって最も頼れるのは和也だ。

 七海の気持ちを汲んでくれたらしく、和也は首を縦に振った。

「まったく。不良に逆戻りじゃねーか。一つ貸しだからな」

「うん。なんでも一つ言うこと聞くよ」


 和也と約束をしたのち、職員室の前で待機。

 すると、サイレンの音が鳴り響いた。

『火災が発生しました。繰り返します――』

 火災感知器を誤作動させる――それが和也への頼み事だった。

 教職員の意識が逸れているうちに、七海は職員室に忍び込む。

 そして、担任のデスクから生徒たちに関する資料を盗み出した。

 これで凜夜の自宅の住所を確かめるつもりだ。

 バレたら退学になるかもしれない。自宅まで会いにいっても役には立てないかもしれない。

 それでも、七海にはこれしか考えられなかった。


 翌日十時過ぎ。七海は学校を休んで、凜夜が住んでいるマンションまで来ていた。

(立派なとこだなー。さすが凜夜君の家)

 駅直結型のタワーマンション。庶民の範疇に属する者が住む家としては、これ以上のものはなかなかあるまい。

 感心してばかりもいられない。学校でとんでもないことをしでかしたのだ。やることはやらなければ。

 マンションの入口はオートロックになっており、部外者は勝手に入れない。

 ひとまず、部屋番号を押してチャイムを鳴らしてみる。

 が、案の定応答はない。

 この時間だと親は仕事に出かけているだろうし、凜夜はそれどころではないのだろう。

 ここからどうするか。

 体調不良というのは間違いないようだった。それなら病院には行くはず。

 凜夜が出てくるのを待つしかないか。

 七海は食料を買い込んでマンション前に張り込むことにした。

(都合良く今日病院に行くとは限らないか……)

 ペットボトルのジュースを一口飲んでフタを閉める。

 当たり前のことだが、気長にやっていかなければならない。

 住人から不審がった目を向けられながら一日中待ったがその日は出てこなかった。


 次の日も同様に張り込みをする。

「…………」

 通っていくマンションの住人からは怪しまれているようなので、できるだけ人と待ち合わせをしているような素振りを見せておく。

 通報さえされなければ、不審者と疑われるのはこの際構わない。

 ただ、いつ現れるか分からない凜夜を待ち続けるのは身体的にもつらかった。

(あっちい……。なんで今年に限ってこんな暑いの……。異常気象……?)

 七海の頬から汗が滴り落ちる。

 ひょっとしたら気候変動も凜夜の体調に影響しているのではないか。

 そばで咲いている桜はまだ散りそうにない。

(いや……暑いなんて言ってられない……。凜夜君はもっとつらいんだから)

 七海までおかしくなりそうだったが、これも凜夜のため。熱気には耐え続ける。

 まだ数日はこのままのやり方でいくつもりだが、もし凜夜が外出しないとしたら、休日にチャイムを鳴らすのも一つの手ではあるか。

 親がインターホンに出てくれれば、事情を説明して中に入れてもらえる可能性もある。

 しかし、これは最後の手段だ。

 本来凜夜の自宅を知らされていないはずの七海が訪ねていっても、歓迎されるとは考えにくい。

 それこそ通報され、学校での悪事もバレて、なにもできないまま退学になるだけというオチもあり得る。

 とはいえ、丸一か月かけても成果がなければ、このリスクを冒す覚悟はあった。

 無理を言ってでも、凜夜のそばで看病をさせてもらいたい。

 とにかく、凜夜が苦しんでいると分かっているのに、どう苦しんでいるのかも知らず、そばについていてあげることもできないのが我慢ならないのだ。

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