第20話「不穏な気配」

 今日の夜は、凜夜放送だ。

「こんばんは~。今回は少し間が空きましたね。みなさんお元気ですか?」

 凜夜がリスナーに呼びかける。

 七海は、パソコンに向かって、コメントを打つ。

『今週のお小遣いだよ~』

 千円の投げ銭もつける。

 他のリスナーのコメントも流れていく。

『元気ですよー』

『仕事で疲れてましたけど凜夜君の声で元気になりました!』

『凜夜君のために元気です』

「最後の方、ちょっと因果関係がよく分からない人もいましたが、元気そうで何よりです。今日は質問に答える放送にしようと思ってます。雑談と変わらないかもですが、元々面白い話のネタがないもので」

 面白おかしい話ができないのは、真面目であるが故の悩みだ。

 ここは自分たちリスナーが話題を提供しなければ。

『犬派ですか? 猫派ですか?』

 一応、考えてみたのだが、ありがちな質問になってしまった。

「断然猫派です。肉球とか尻尾とかかわいいですよねー。飼おうかどうかずっと迷ってるんですよ。マンション自体はペットOKなんですけど、動物を飼うってことは命を預かることなので、軽い気持ちで決めちゃダメだなって」

 他の人たちも質問コメントを送る。

『声優になるのって大変だと思いますが、凜夜君の演技の勉強法は?』

「サウスマウンテンさんからも同じこと聞かれましたね。我流です」

 これは放送内でのことではない。すべての放送を聞いているリスナーからすると、いつのことか分からなくて不思議なのでは。

 こんなところでも、自分が特別になったという優越感を抱く。

『凜夜君、マジ天才』

「こういうのは基本、運ですよ。漫画でも小説でも。才能があるのに無名なままの人もいますからね」

 次の質問。

『フィギュアって持ってますか?』

「フィギュアは……ほとんどないかな……? ああでも、お気に入りのぬいぐるみはありますね。それも数はそんなにないですけど」

 これは七海がプレゼントしたもののことだろうか。

『ぬいぐるみ愛でてる凜夜君萌え』

「たくさんは持ってないですよ。たまたま手に入ったのがあっただけで」

 口調がなんとなく言い訳っぽくて微笑ましさを感じる。

 次は流れたのは七海にとっても重要な質問だった。

『好みの女性のタイプは?』

「そうですね……。前、秘密って言ったんですけど、ちょっとヒント出しましょうか。なにかに一生懸命な人、打算とかなく全力でぶつかっていく人……ですかね」

(これ、結構あたし当てはまってない!? よーし、これからも一生懸命、凜夜君に尽くそう!)

『最近食べたおいしいものは?』

「ああ、それなら牛丼ですね。一度にたくさんは食べられないんですけど、たまねぎと牛肉の組み合わせってかなりいいなと思いました」

(これはまさにあたしとのデートのことじゃん! やったあ!)

 こうして今夜も和気あいあいとした雰囲気で放送時間が過ぎていった。

 自分だけはこれからも実物の凜夜に会える。明日を楽しみにしていたのだが――。


 翌朝。

(あれ? 凜夜君来ないな……。もうすぐ朝礼なのに)

 校門前で待っていても凜夜は現れなかった。

 ホームルームでの担任の説明によれば体調不良で欠席とのことだ。

 心配になって昼休みにメッセージを送るが放課後になっても既読にならなかった。

(まあ、体調悪い時に見てられないか)

 この時点ではそこまで大きな危機感は抱かなかった。

 しかし、凜夜の欠席は一週間以上続いた。

 予定されていた凜夜放送は中止され、しばらくは活動休止とのお知らせが出された。

 しかも、それ以降SNSの更新はなくなり、リスナーからのメッセージにも個別の返信はなかった。

 七海がメッセンジャーアプリで送ったメッセージも一向に既読にならない。

 いくらなんでも、なにかがおかしい。

(大きな事故に遭ったとか……? いや、それなら先生がホームルームでそう言うはずだし……)

 七海程度の頭を働かせても分からない。

 少なくとも、軽い体調不良でないことは確かだ。あれだけ誇りに思っていた声優としての活動を休むほどなのだから。

(凜夜君……どうしちゃったの……?)

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