第19話「愛の形」
「えー。デート代、割り勘どころかあんたがおごってんのー?」
学校での休憩時間。女友達からこんなことを言われた。
凜夜とのデートについて報告したところだ。
「ありえない。大切にされてないんじゃないの?」
「そんなことないよ! あれだけ冷たかった凜夜君が心を開いてくれたんだよ!?」
男女交際の在り方について、彼女とはずいぶん価値観の乖離があるらしい。
「でもさー、普通デート代は彼氏が払ってくれるじゃん。須藤君、お金持ってないの?」
「持ってるよ! 自慢しないだけで多分お金持ちだよ! でも、音声作品の収録だって大変なんだし、あたしがお金払っても――」
「それってファンみんなのためにやってることでしょー? 自分の彼女になにもしてあげないんじゃねー」
まるで凜夜が悪者であるかのような言い草。
男子はともかく女子で凜夜に敬意を持たない者がいようとは。久々に殴りたい衝動を抱きながら反論を考えていると。
「まー、俺だったら、おごってもらって当たり前みたいに思ってる女は最初から好きにならねーな」
和也が会話に加わってきた。
「和也……! そうだよね!? あたし間違ってないよね!?」
親友からの援護を心強く感じる。
「当たり前とまでは言わないけど、おごってくれてもいいじゃん」
「そんなんだから、お前らより七海の方がマシだったんだよ」
扱いが『好き』から『マシ』に格下げされている。
とはいえ、いくらでも相手を選べる和也が七海に好意を持った理由になっているなら、このスタンスは貫いた方がいいのではないか。
放課後。
凜夜が日直の仕事を終え、学級日誌を職員室に持っていっている間、七海はポンポンとスマートフォンの画面をタップしている。
(おごってもらえなかったら大切にされてないって……、だったらおごってもらったら自分こそ相手を大切にしてないってことじゃん)
先ほど女友達に言われたことがまだ引っかかっていた。
スペチャを送りまくっている七海も愛情をお金で表現するクチだが、愛の形がお金だけとは思わない。
たとえお試しでも、今まで誰とも付き合わなかった凜夜が付き合ってくれているのだから、そこにはなにかしら愛があるはずだ。
だが、デート代を出していないからと凜夜が悪く言われるのは――。
「何やってるの?」
いつの間にか凜夜が戻ってきていた。
「あ、いや、ガチャ引くかどうか迷ってて」
友達と思えなくなりつつある女友達の言葉は凜夜に伝えたくない。
ごまかすようにスマートフォンゲームの画面を見せる。
これで悩んでいたのも事実は事実だ。
「確率が一パーセントで百連分玉があるから、あとは使う機会があるかどうかなんだけど」
初登場時に逃したキャラクター。再登場したが、今後活躍するイベントはないかもしれない。
「使う機会以前に、当たらない可能性も結構あるでしょ」
「ん? 百回引けるから、多分当たるでしょ?」
「『多分』がどのぐらいを想定してるのか分からないけど……一パーセントが百回だったら、当たる確率は六十三パーセント程度だよ」
「え!? そんな低いの!?」
さすがに一かける百でぴったり百パーセントになるのでないことぐらいは承知しているが、限りなく百パーセントに近い数字になるものと思っていた。
「具体的な計算式はめんどくさいから教えないけど、百分の一を百回でも千分の一を千回でも大体そのぐらいになるよ」
「そう言われてみれば、まず間違いなく当たると思って外れたことが何度も……」
よほど運がなかったのだと思い込んでいたが、確率の計算が間違っていたのだ。
イーストとサウスを逆に覚えていたと知った時のショックが蘇る。
「まさか課金してるとか言わないよね……」
「安心して。課金は凜夜君だけだから」
「それはよかった」
支度を済ませて、二人で家路につく。
道すがら、声優活動について質問をしてみる。
「凜夜君って防音室持ってるんだよね」
「うん。簡易的なのはね。君たちのスペチャのおかげで買えたんだよ」
「そうなんだ。スペチャのし甲斐があるなぁ」
「それはいいんだけど、スペチャできなくなっても放送は聞いてね」
「ん?」
どういう意味だろうか。
「たまにいるんだよ、高額スペチャ送ってくれる代わり、それができなくなったら後ろめたさを感じてか聞きにこなくなっちゃう人が」
「そ、そうなんだ……」
七海自身はどうかと自問自答してみる。
(もしスペチャするお金がなくなったら……)
しばし逡巡したが、本来答えは決まっていたはずだ。
「あたしはスペチャできなくても凜夜君の放送は聞くよ。お金が出せなくても、宣伝とか他にもできることはあるし、ましてや今なんて直接会ってなんでもできるからね」
お金も愛の形とする人はいるが、それ以外に愛の形がないなどということはあるはずがない。そのような考え方は悲しいだけだ。
「じゃあ、なにもできないとしたら?」
話に決着がついたかと思いきや、思わぬ質問が続いた。
なにもできないとしたら。なんの役にも立たないのに凜夜のそばにいる資格はあるのか。
「……それでもファンはやめないかな。十ポイント溜めるのは無理でも、なるべく凜夜君の近くにはいたいし。あたしはそのぐらい厚かましい人間だよ」
「それならよかった」
ほめられた性分ではないと思ったが、凜夜は表情を緩めてくれた。
「そういえば、防音室の中って暑いんでしょ? 大丈夫? 今年、妙に気温高いし」
今度こそ納得してもらえたので、七海は話題を戻す。
「だから単なる雑談配信は普通の部屋でやってるよ。売りに出すような音声は近所にあるスタジオ」
「近くにスタジオあるんだ!」
「運のいいことにね」
本当に運がいい。七海たちリスナーにとっても。
「演技の勉強とかはどうやってしたの?」
「独学かな。自分で台本書いて一人で演じて動画サイトにアップするだけなら下手でも人に迷惑かけないし」
凜夜の作品はさかのぼって全部聞いているが、下手だったものはない。
「凜夜君の音声作品が無料で何十個も聞けるなんてすごい時代だよね」
「時代とかいうと大げさだけど、防音室のおかげで無料音声の収録がはかどってるよ。あっ、そうだ」
凜夜はなにか閃いたように提案してくる。
「今度、東山さんのリクエストでなにか作ろうかな」
「えっ、いいの? 人からの依頼は受け付けてないんじゃ?」
「それはどんな役が来るか分からないから。東山さんは僕自身を好きになってくれたんでしょ?」
ここで、今まで自分が貢いできたことの有意義さを再認識した。
ダメ男に貢ぐのとはまるで違う。凜夜はファンから得た利益はファンに、恋人から得た利益は恋人に還元してくれるのだ。
そもそも凜夜は真面目なので、女に貢がせたお金で競馬にいくような大人になる心配はしていないが。
(よし。あいつに凜夜君の素晴らしさを思い知らせてやろう)
凜夜を悪く言うことはファンとしても恋人としても許せない。
オーダーメイドの音声作品を聞かせてやれば、凜夜がいかに深い愛情を持っているか理解させることができよう。
「なにか希望はある?」
さっそく音声作品の企画を考えてもいいのだが、ここでいったんおどけてみせる。
「そーだなー。音声作品もいいけど、リアルでサービスしてくれるっていうのは?」
リラクゼーションサロンの音声を聞いた時から妄想していたことだ。
「耳掃除?」
「どうせならその先も」
友人からの情報では、高校生にもなると普通に経験しているようだった。
「そういうこと言うんだったら、耳掃除ももうちょっとお預けかなー」
つれない返事だが、凜夜の表情は明るい。
この顔が見られるだけでもありがたいこと。大人の階段はまだ遠そうだ。
「冗談冗談。音声作品の企画書作っとくよ」
愚かな女友達を論破するためにもこれがなければ。
「ざっくりと、こんなセリフが聞きたいとかでいいよ。東山さんだけにあげるなら、他の人に意味不明でも大丈夫だし」
なんと七海一人へのプレゼントとして作ってくれるのか。
ちゃんと恋人扱いされている。たとえ数時間でも悩んでいたのがバカらしい。
「やっぱり凜夜君は優しいね。大好きだよ!」
まだ二ポイントしか溜まっていないので、『僕も大好き』とは返してくれなかったが、笑顔でうなずいてくれた。
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