第17話「ケンカは卒業」
「お前、東山じゃねえか?」
凜夜とのデート中、トイレに行った帰り。なんとなく聞き覚えのある声が後ろから。
振り返ると、ガラの悪そうな高校生が数人。
記憶をたどってみると、彼らは七海が中学時代にケンカしたことのある不良だ。
リーダー格の連れと思しき女子生徒も混ざっている。
「なに? あたし急いでんだけど」
久しぶりにドスの利いた声を出してみると、不良たちは挑発的な笑みを浮かべた。
「いわゆるところの『ここで会ったが百年目』って奴だ。中学の時の借りを返さねえとなあ!」
「あたしはもうケンカは卒業したの!」
その場を離れようとする七海だったが、何人かの不良に回り込まれた。
リーダー格の男子――
「俺らにもメンツってもんがあるんだよ」
「メンツ? 不良がかっこいいなんて時代はとっくに終わってるよ。今は真面目な優等生の方がモテるんだからね!」
凜夜のことを思い浮かべながら言い放った。
かつての自分も含め、暴力で自己を示すなどかっこ悪い。
「なんだと!」
激昂した南田が容赦なく七海をぶん殴る。
「中学時代、あたしの方が強かったの忘れたの? そんなパンチ痛くもかゆくもないよ」
七海は南田の腕を振り払う。
自分も相手を殴ったことがあるので、被害者面するつもりはない。この一発で向こうが引き下がってくれれば丸く収まるのだが、それも難しそうだ。
「三年経って男がどんだけ強くなるか知らねえのか? しかもこの数だ。てめえに勝ち目なんざねえよ」
一人だけいる女子を除いても、相手は五人。いくら当時の七海が強かったといっても歳を重ねるごとに男女の筋力の差は大きくなる。普通にケンカして勝てる状況ではない。
「はいはい。あたしが悪かったし、あんたらの方が強いよ。これでメンツは保たれたでしょ?」
「てめえ、なめてんのか!」
再び殴りかかってきた南田の拳を受け止める。
面倒なことになってしまった。
「東山さん?」
帰りが遅いので心配したのだろう。凜夜がこちらにやってきた。
(まずい……!)
凜夜は体力測定の成績が女子の平均も大きく下回るほど身体能力が低いのだ。ケンカなどできる訳がない。
「おい! そいつ捕まえとけ!」
南田の指示で女子が動いた。
見た目からも簡単に人質にできると判断されたようだ。
(仕方ない!)
一気に不良たちの間を駆け抜けた七海は、凜夜に迫っていた不良女子を投げ飛ばした。
「なッ!?」
投げられた本人も、見ていた男子たちも驚愕の声を上げる。
「ケンカは卒業したけど、凜夜君を守るためなら戦うよ!」
ケンカではなく戦い。
自分のメンツなどではなく、大切な人を守ることのために力を振るうのは凜夜の教えに反しない。
今ので包囲からは抜け出した。完全な勝利は無理でも、応戦しながら凜夜を連れて逃げるぐらいはできる。
「調子に乗ってんじゃ――」
「うわッ!」
南田がすごんだと同時に、男子の一人がぶっ飛ばされた。
「七海! 助太刀するぜ!」
「和也!」
都合のいいことに頼れる幼馴染が駆けつけてくれた。
男女で筋力の差が大きいといっても、七海は並の女子ではない。和也と組んでの二対四なら個人差で勝てる。
「チィッ!」
メンツなどと言っていても、結局我が身がかわいいらしく、形勢が不利になった不良たちは逃げていく。
倒された二人をちゃんと連れていっただけ良識はある方か。
「ふう」
人心地がついた七海は息を吐く。
「ごめん。それからありがとう。東山さん、真野君」
足を引っ張りそうになった凜夜は二人に小さく頭を下げた。
「凜夜君が気にすることじゃないよ! っていうか、あたしが原因だし」
「そりゃそうだ。須藤は不良なんかと縁がある訳ないからな」
和也の加勢は助かったが、疑問もある。
「和也、なんでここにいたの? こんな偶然ある?」
「今朝、この辺に来るっつってたから心配して見にきてやったんじゃねーか。お前の場合、とんでもないドジやらかすかもしれねーからな」
そういえば和也にも行き先を伝えるメッセージを送ったのだった。
現に自分のせいで凜夜を危険にさらしてしまったのだから、反論もできない。
「ありがと」
軽い調子でお礼を言った七海に和也が尋ねる。
「そういやお前、最近シナリオ持ってきてないだろ。なんか書いてんのか?」
「あー、漫画家になる話? 凜夜君と仲良くなれたから、別にもういいかなって」
七海の答えに和也は顔色を変えた。
「ふざけんな!」
七海はげんこつを食らう。
そのまま和也は、スタスタと帰っていってしまった。
「なんであんな怒ってんの?」
よく分からずに頭をさすっていると、凜夜があきれたように言った。
「君、バカでしょ」
「ん、まあ、バカは否定しないけど……」
攻撃的な物言いではないし、凜夜が相手なら腹も立たない。
しかし、なにがそう悪かったのだろうか。
「はあ……。絵の描ける人が、そこまでシナリオが上手い訳でもない人と組んで漫画家を目指す理由ってなんだと思う?」
七海のシナリオがどんなものかを凜夜に見せたことはない。
同じ教室にいたのだから聞こえていておかしくないが、凜夜は七海と和也の会話に耳を傾けてくれていたようだ。
「んー? 自分で書くのが面倒だから? いやでも、自分の方が上手いとか言ってたかな……?」
「友達に、真野君が東山さんのことどんな風に言ってたか聞いてみたら?」
「うーん。凜夜君がそう言うなら。それより、このあとはどうしよう」
「今日はこれぐらいでいいから、真野君との関係に決着つけなよ」
凜夜がやけに七海と和也の関係性を気にしているが、心当たりはない。
それより気がかりなのは。
「ポイントは……」
「守ってくれたし、ボーナスで二ポイントあげるよ」
「やったー」
手放しで喜んでいる七海に対して凜夜は釘を刺す。
「浮かれてないで、真野君とちゃんと話すんだよ?」
「う、うん。分かった」
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