第16話「等身大のデート」
デート当日。
待ち合わせ場所は、凜夜が登下校に利用している学校の最寄り駅だ。
学校は関係ないが、ここがちょうどよかった。
(う~ん。ちょっと早く来すぎたかな)
約束した時刻は十一時。今は九時だ。
スマートフォンゲームで時間を潰していると案外すぐに凜夜の姿が見えた。
「東山さん。待った?」
現在時刻は十時二十分。凜夜もかなり早い。
「もちろん待ってたよ! 楽しみだったから二時間も早く来ちゃった」
ここで自分の発言に疑問を抱く。
「あれ? 全然待ってないって言うとこだっけ……?」
「ふふっ。相変わらず面白いね」
改札から出てきた凜夜は、とぼけた様子の七海を見て柔らかく微笑んだ。
(すごい綺麗でかわいい! 凜夜放送で笑ってるとこもかわいいけど、実物だとこの威力か!)
凜夜の私服は、ライトブルーのシャツにベージュのスラックス。左腕に銀のブレスレットもしている。
学校で制服を着ているのは当然として、アクセサリーも校則で禁止されているため、これまで見られなかった格好だ。
七海の私服はというと、前に和也と買い物をした時と偶然被っている。アクセサリーの類いもなし。
私服でスカートは穿かない主義だ。デートであってもこれは譲れない。凜夜が強く望んだら話は別だが、そんなこともあるまい。
「さて、初デートでどこに連れてってくれるのかな?」
微笑を妖艶な笑みに変えて七海を見つめる凜夜。
「えーと。どこって言えばいいのかなー」
遊園地の何々ランドみたいなものがないので、説明しづらい。
「今、答えなくていいよ。東山さんについていくから」
「そっか。じゃあ、一緒に行こう!」
七海が先導してもいいが、どうせなら並んで歩きたい気もする。
「手、つないでくれる? それとも五ポイントぐらい必要?」
「それぐらいはいいよ。はい」
凜夜は素直に片手を差し出してくれた。
その手を握って七海は歩き始める。
訪れたのは、七海が普段買い物をするショッピングモール。これまた、前にプレゼントを買うために和也と来たところと一緒だ。
この辺りを散策することを予定している。
七海のイメージする凜夜にふさわしい場所となると、高校生にはハードルが高すぎるので、自分たちは普通の高校生なのだという前提で選択した。
「ちょっと見て回ったあとでご飯食べよっか」
「うん。どこにするかは東山さんに任せるよ」
これは店選びのセンスを試されているのだろう。正直自信はないが、自分らしくやってみると決めた。
「デートでこういう店に来るって変わってるね」
七海が凜夜を連れてきたのは、行きつけの牛丼屋。高級感は微塵も感じられない。
「凜夜君ってお金持ちみたいだし、こういうとこも逆に目新しくていいんじゃないかなって」
実を言えば、デートにふさわしいような店を知らないだけなのだが、今日はこの店もすいていてよかった。
「僕がお金持ちかどうかなんて話したっけ? まあ、スペチャはいっぱいもらってるけど」
「いや、イメージ」
答えたあと、おずおずと尋ねてみる。
「やっぱりダメかな……? 減点……?」
「ううん。別に高級店にしか行かないみたいに気取ってるつもりはないし、こういうところもいいんじゃないかな」
「よかった」
とりあえずは安心。
さっそく注文をしてしばらく待つ。
「凜夜君ってこういう庶民的な店には来ることあるの?」
「何度か来たことはあるね。そもそも庶民だし。ただ、母さんは高級なところに連れてきたがることが多いかも」
七海の中での凜夜は上流階級ということになっているので庶民というのは少し意外だ。
その反面、母親が凜夜をかわいがる気持ちは分かる。こんな息子がいたら貴人に育てたくもなろう。
「はい、お待ち」
注文した品が同時にきたので二人共食べ始める。
「ふーふー」
熱々の牛丼を冷まして口に運ぶ凜夜。
凜夜は牛丼を食べる時の息づかいにすら艶っぽさを感じさせる。
配信者の中には咀嚼音を聞かせる放送をやる人もいるが、凜夜は『綺麗な音ではないと思う』と言ってその手のものはやらないので貴重な音だ。ましてや顔が見えるとなると、なおさら。
「そうだ。この前、音声作品の無断転載通報しといたよ。凜夜君ががんばって作ったのに儲けを横取りなんて許せないよね」
食べる合間に報告をしておく。
「ありがとう。でもまあ、無断転載されるぐらい有名になったかと思うと感慨深いね。転載する価値のないものは転載されないし」
無断転載が許容される訳ではないが、凜夜としては利益の有無以上に作品が楽しまれていることが重要なのだろう。
彼の性格からしたら、無断転載された音声の方を聞いているリスナーに対しても怒ったりはしそうにない。
「ふう。ごちそうさま。凜夜君はそれだけで足りる?」
「うん。元々小食だから」
食事を終えて会計。
「ええと、僕の頼んだ牛丼小盛が三百――」
「大丈夫大丈夫。あたしが払うから」
「そう?」
十ポイント中の一ポイントがかかっているのだから、たかだか三百五十円をケチってはいられない。
何より、七海の名誉に関わることでもある。
「ファンとしての誇りに懸けて、推しにお金は出させないよ!」
そう、七海は凜夜を恋人にしたいが、ファンをやめたい訳ではないのだから。
凜夜にしても、多くの芸能人と違って、ファンを恋愛対象として見ないのではない。むしろ恋愛関係になることでファンではなくなってしまうことを恐れていたのだ。
「僕が払っても、元をたどれば君たちのスペチャなんだけどね」
凜夜は微苦笑を浮かべる。
男性として見栄を張るなら、スペチャという形でお金をもらい、こうした場ではおごってみせた方が格好はつく。それでも彼は、七海が持つファンとしての誇りを優先してくれるようだ。
「すいませーん。お勘定お願いします」
七海は軽く手を上げて店員を呼んだ。
食後はウィンドウショッピングを楽しむ。
大層なものは売っていないが、凜夜の表情は悪くない。
並んで歩いていると、近くを通った女性たちの会話が耳に入ってきた。
「あの男の子、すごい美形だね」
「隣の子彼女かな?」
「いやー、あんながさつそうなのと付き合わないでしょ」
「なんなんだろうね? 姉弟ってのも余計ない気がするし」
ひどい言われようだ。よほど釣り合っていないらしい。
「僕と並んでるとあんな風に言われるみたいだけど、いいの?」
「それだけ凜夜君がかっこいいってことだから平気だよ」
気にならないどころか自慢したいぐらいだ。皆、うらやましがるに違いない。
凜夜の容姿のことで思い出した。
「放送画面のキャラも凜夜君本人と似てるよね?」
黒髪に童顔、そのほか細かいパーツもそっくりだ。
「写真送って、それを美化して描いてもらったから」
「美化するまでもなく、同じぐらい美形だよ」
「そういうこと、面と向かってはっきり言う人も珍しいね」
凜夜はどこか感心しているようだ。
それからは音声作品やボイスドラマの話をしながら歩いた。
「凜夜君ってボイスドラマはあんまり出てないよね?」
「うん。自分が本当に演じたいと思ったキャラしかやらない主義だから。それが商業声優を目指さない理由の一つでもあるかな」
凜夜がキャラクターを演じるのは理想の自分になりたいからだった。
だが、他人が作ったキャラクターでは価値観が違って凜夜の理想から離れてしまうかもしれない。それだと意味がない。
商業声優だと、なおのこと役を選んでなどいられず、受けられるオーディションは片っ端から受けていかなければ生き残れないのだから、肌に合わないというのも分かる。
「だから自分のサークルの音声作品メインだったんだ」
「そういうこと。与えられた役をこなすのが声優だとしたら、僕は純粋な声優とはちょっと違うのかもね」
やや自嘲的な凜夜だが、七海からすれば彼はひと味違う声優だ。
「ボイスドラマに出た時、凜夜君はアドリブってやってない気がするけど、合ってる?」
「よく気付いたね。アドリブは一切やってないよ」
「やっぱりそうなんだ」
「声優ごときが即興でセリフを作れるぐらいなら作家は苦労しないよ。自分で台本書く場合は、あらかじめ全部書いておくし」
凜夜に言わせれば、キャラクターの生みの親とそれ以外の人間とでは、キャラクターの持つ自我に対する理解度が段違いだと。
七海は、声優なら自身が担当するキャラクターのイメージをバッチリつかんでいるものと思っていたので新しい学びだ。
こうして学ばせてもらうのもいいが、このデートではポイントを稼がなければならない。
「そうだ。なにか欲しいものある? 凜夜君の好きなもの買ってあげるよ」
前のプレゼントは勝手に選んだので、今回は本人の希望を聞くことにしよう。
「さんざんスペチャもらってるし、これ以上お金出させるのも気が引けるけど……」
少し迷いを見せた凜夜だったが、なにやらちょうどいいものを発見したようだ。
「ひょっとして東山さんって、ああいうの得意だったりしない?」
凜夜はゲームセンターのクレーンゲームを指差す。
「あっ、得意だよ。分かる?」
「まあ、イメージで」
七海のキャラクターを理解してくれているようで何より。
「五百円で取ってみせてよ」
なるほど。それなら安く済ませても凜夜に失礼がない。
「いいね! 三百円でも十分だよ」
二人でゲームセンターに入る。
「あのキャラ気に入ってるんだ」
凜夜が指定したのは小さめのぬいぐるみ。クマに羽が生えたような外見をした、大作RPGのマスコットキャラクターだ。
そこまでの大物ではないので、七海の腕ならいけるだろう。
「よし!」
張り切って硬貨を入れた、その結果。
「やった!」
七海は一発で取ることに成功した。有言実行だ。
「すごいね。普通は少しずつ動かしていくみたいに聞いたけど」
凜夜もいい意味で驚いてくれている。
「昔からこういうのだけは得意なんだ。景品用の袋もらってくるね」
さほど自慢になる特技でもないが、思わぬところで役に立った。
今いるフロアを一通り見て回ったので、エスカレーターで一階の広場に下りる。
「あ、ごめん。ちょっとトイレ」
デート中などには起こらないでほしいものだが、生理的な現象なのでどうしようもない。
凜夜を待たせて案内表示を探すことにした。
(ん? こっちじゃないの? こっち?)
案内はあるのだが、何度も曲がらされて思いのほか移動に時間がかかった。
あまり長く凜夜を待たせたくないので、到着したあとはさっさと用を足してトイレを出る。
(あれ? どっちから来たんだっけ?)
ひたすら矢印だけ見ていたため、道が分からなくなっていた。
女らしさの乏しい七海だが、空間把握能力は無駄に女性的。小さい頃はあちこち遊びにいっては帰れなくなって親に探してもらったものだ。
来た時と同じルートである必要もないので、適当に歩き回ることにする。
そうしていると、背後から悪い意味で聞き覚えのある声が聞こえてきた。
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