【第四章】-恋愛模様-
第15話「デートに誘う」
「ついにねー、凜夜君とお付き合いできることになったんだー。お試しだけどー」
凜夜との交際が始まった翌日。
いつも通り朝の荷物持ちをしたあと、女友達にノロケ話をする七海。
完全に浮かれきっている。
「それって文字通り試されてるってことでしょ? 下手なことしたら『はい、さようなら』って」
女友達は七海を冷ややかに見ている。
「うっ……。それは……」
「そうでしょ」
「ま、まあ、そうなのかな……」
急に不安になってきた。
付き合っているといっても、まだ正式な恋人ではないのだ。
恋人として認めてもらえるかどうかは、これから凜夜を喜ばせられるかどうかにかかっている。
「い、いや、今までの流れで付き合ってもらえることになったんだから、今まで通りの感じでいけば大丈夫なはず……!」
ファンとして応援しつつ、他の面でも凜夜に尽くしていく。これで問題ないとは思うが、気がかりなのは。
(恋人同士って何したらいいんだろ……?)
七海の恋愛経験は皆無。恋人ができたのはこれが初めてだ。
中学時代から凜夜に惚れ込んでいて、彼と付き合うことばかり考えていたのだから当然ではあるが、経験のなさは今後命取りになるかもしれない。
凜夜にしてもらいたいことならいくらでもある。しかし、男子を喜ばせるような振る舞いは身についていない。
向こうから告白してきたならそれでもいいだろうが、こちらから無理を言ってなんとかお試しでの交際を許してもらった立場である以上、優位性は相手にある。
「この中に男の子と付き合った経験のある人はいる……?」
数人集まっている女友達に尋ねてみる。
「私はない」
「わたしも」
「アタシあるけど、告白された側だから七海の参考にはならないと思うよ。デートもアタシの行きたいとこ連れてってもらってるし」
頼りにならない友達だ。
「うーん。……あ。デートか。まずはデートだよね!」
ヒントぐらいは得られた。
考えてみれば当たり前のことだが、恋人がまずやることといえばこれしかない。
方向性は決まったので、昼休みにでも誘ってみることにする。
そして昼休み。
一緒に昼食を取りながら、話を切り出す機会を窺う。
「東山さんのお弁当って、いつもコンビニ? 親御さんは作ってくれないの?」
心を開き始めてくれただけあって、凜夜の方からもフレンドリーに話を振ってくれるようになった。
「いやー、朝早く家出るようにしたら、お母さんたちがまだ準備できてなくて」
「……それって僕の荷物持ちやってるからじゃ……」
凜夜は少し申し訳なさそうな顔をする。
余計なことを言ったかもしれない。
「い、いや、凜夜君のせいじゃないよ! あたしがやりたくてやってることだから!」
これは本心だ。負担になど思っていないし、凜夜のカバンを持っている時、確かに幸せを感じている。
「そこでウソはつかない辺り、東山さんらしいね」
こちらの気持ちを汲んでくれたようで、凜夜は小さく笑った。
(さて……デートの誘いはどういう風にするか……)
先にデートに行って、それから恋仲になるかどうかが決まるパターンもあるようなので、まだ仮だとしても交際しているなら遠慮なく誘っていいはずだが、これがなかなか難しい。
凜夜から見ると七海は陽キャということらしいが、色んな男と遊びまくっているような女とはまるで違う。
こうして悩んでいる時は、コミュニケーション下手な人の気持ちが分かるぐらいだ。
凜夜は育ちの良さが感じられるぐらい丁寧な所作でおかずを口に運んでいる。
そんな彼に見惚れながら、考え事をしていると、凜夜の方から尋ねられた。
「どうしたの? 箸が進んでないみたいだけど」
「え? あー、それはね……」
これを機に思いきって話してみるか。
「じ、実は凜夜君とデートに行きたいなーとか考えてて」
「ああ。そういえば付き合うことにしたんだったね」
凜夜には、まだ実感が湧いていなかったらしい。
嫌な顔はされなかったので、このまま話を進めることに。
「それで……今度の日曜日、一緒に遊びにいってくれないかな?」
「うん。いいよ」
提案はあっさり承認された。
「ホント!? やった!」
いくらお試しでも、付き合うことにした以上はデートぐらいしてくれておかしくないのだが、それでもこうして受け入れてくれるのは無性にうれしい。
対する凜夜はクールな態度で付け加える。
「言っとくけど、こっちでデートプラン用意したりはしないからね」
「大丈夫! あたしの方でバッチリ凜夜君を楽しませるプランを考えるから!」
勢いで調子のいいことを言ってしまったが、デートの経験がない七海にどれだけのことができるのやら。
「じゃあ、楽しかったら一ポイントで、十ポイント溜まったら正式に交際ってことで」
いたずらっぽく笑う凜夜はとても蠱惑的だ。
どの辺りが根暗だったのだろうか。
もしかしたら、七海がリスナーだということで、凜夜放送のノリが出せているのかもしれない。
だとしたら、ファンを続けてきた甲斐があるというものだ。
「よっし! 絶対十ポイント稼ぐぞー!」
チャンスを前にして気合いを入れ直す七海。
「減点もあるから気をつけてね」
「が、がんばるよ!」
放課後はやはり凜夜のカバンを持って校門まで。
「今日は駅まで持ってもらおうかな」
「え!? いいの!?」
一介のリスナーには知る由もない、凜夜が登下校で利用している駅が分かるということだ。
「そこ喜ぶところ?」
「あたしにとっては喜ぶとこだよ。最初に告白した時にも言ったけど、あたしは凜夜君のためになんでもするし、なんでもしたいって思うから」
「その『なんでも』が本当に『なんでも』なら十ポイント溜められるかもね」
「うん! 溜めてみせるよ!」
雑談に興じながら駅まで歩く。
七海の自宅とは別方向なので帰りの距離は長くなるが、凜夜といられる時間も長くなるならなんら苦ではない。
「凜夜君は電車通学だったんだね。どのぐらい乗ってるの? 大変じゃない?」
七海は学校まで徒歩で行けるので楽なものだ。
「乗り換えなしで二十分ぐらいだから、そんなに大変ではないかな。家と駅はすぐ近くだし」
「家はマンションなんだよね」
凜夜放送で『うちのマンションの近くで工事が始まった』と発言していたのを覚えている。
「そう。駅直結型って奴」
「このまま家までついてっちゃダメかな?」
「うーん。それも十ポイント溜まったらかな」
やはり十ポイントが運命の分かれ目だ。
「じゃあ、また明日。あと日曜日はよろしくね」
カバンを受け取って改札を抜けていった凜夜はこちらに手を振ってくれた。
「うん! 絶対楽しいデートにするからね!」
七海も手を振り返す。
凜夜の姿が電車内に消えるのを見届けてから、家路についた。
帰宅後、自室にて。
(次の日曜って、よく考えたらあんま時間ないじゃん! 急いで計画立てないと!)
今頃になって危機感を覚えた。
パソコンでデート関係の記事を漁ってみるが、いまひとつ具体的にどうすればいいかが分からない。
そこで和也に電話をかけることにした。
「ねーねー、和也。いよいよ凜夜君とデートできることになったんだけどー」
「学校で話してたのが聞こえてたっての。なんだ? 自慢か?」
思い出してみると、和也が女子と交際していたことは一度もない。
先を越したともいえるが、告白自体は何度も受けている和也に勝ったとはいえないだろう。
「違うって。これからデートプラン考えるからアドバイスして」
「お前、気が強いのに、ところどころヘタレなんだよな……」
本当の意味で強い者はケンカなどしない。以前の七海は虚勢を張っていただけだ。
虚勢を張ることをやめた今の七海は普通のヘタレともいえる。
「やっぱ高級レストランとか予約した方がいいのかな!? それとも遊園地!?」
「遊園地はともかく、いきなり高級レストランはないだろ。遊園地も最近暑いから微妙な気がするし」
初めに浮かんだ案はどちらも否定された。なにか他の案を見つけなければならない。
今頼れるのは和也だけだ。
「うまくいけば一ポイントもらえて、十ポイント溜まれば正式に付き合えるの! お願い力を貸して!」
ケンカを繰り返していた時にはありえなかったほど素直に助けを求めた。
電話の向こうの和也はいったん沈黙する。
ややあって再びしゃべり始めた。
「妙な小細工なんてせずにお前らしくやればいいんじゃね? お前と須藤の相性が問題なんだし。……まあ、十ポイントも溜まらんだろ……」
最後の方になにかボソッと言っていたが、よく聞こえなかった。
「あたしらしくかぁ」
背伸びをしても余計失敗のリスクが高まる。減点もあると言われたので、それは避けたい。
凜夜と自分では、生きてきた環境も違うのだから、こちらの見てきた世界を紹介するのもいいのではないか。
「そうだよね、一回目なんだし。それで減点されたら別の作戦練ることにするよ」
まずは無理のないことから。
肩肘張らずにやってみよう。
「おう。やれるだけやってみろ」
「ありがと! 今度缶ジュースおごるよ」
凜夜へのスペチャ一回分にも満たないお礼だ。
何をすればいいか分からないという不安が払拭されたことで、デートが俄然楽しみになってきた。
興奮を落ち着かせる音声作品を聞きながら床につく。
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