第14話「お試しで」

 凜夜の態度が冷たくなったのは七海を試すためだった。

 彼の本心を知って歓喜した七海にさらなる朗報が。

「そこまで本気なんだったら、オトモダチとは認めてもいいよ」

「ほんと!? やったっ!」

 七海は飛び跳ねるようにして喜ぶ。

 先の道のりは長いが、リアルで声優と友達になれることなどそうそうないのだから、これだけでも幸運だ。

「ただ……恋人にはなれないよ」

 凜夜はどこか物悲しげに告げてきた。

 まるで自分で自分を縛っているかのように。

「なんで僕が声優なんてやってると思う?」

「え……? 声がいいから……?」

 凜夜からの問いに、平凡な答えを返してしまった。

 凜夜は構わず続ける。

「今の僕にはファンがいるけど、昔から友達はいなかったんだ。だから君みたいに明るくて友達の多い人はうらやましかった」

 凜夜ほどの人が、自分ごときをうらやんでいるとは思いもしなかった。

 気に障ることがあった訳ではないと言われたが、不快感を与えていた面はあるかもしれない。

「僕が声優を始めたのは、一時でも理想の自分になりたかったから。僕は根暗な性格がコンプレックスで……かといって陽キャになりたいとも思えなくて。声だけでも、暗いけど美しいみたいなキャラクターを演じてみたんだ」

 確かに凜夜が演じているキャラクターはそういうタイプが多い。

 狙いは成功しているのではないか。

「でも、汗一つ流さないようなクールキャラなんてフィクションの世界にしかいないし。現実の僕が変わったんじゃない」

「そんなこと……」

 七海からすれば、凜夜は現実でも十分魅力的な人物だ。創作物の美形キャラクターにも見劣りしていない。

 しかし、凜夜はその想いを受け入れていない。

「どうせ声優としては大切にしてても恋人になったら手の平を返すんでしょ。周りの人見てたら分かるよ。僕は恋人を作るよりファンを増やしたい」

 凜夜が何を考えてきたのか、ようやく理解できた。

 ファンが声優に求めるものと彼女が彼氏に求めるものは大抵の場合違っている。

 現実の自分を知って幻滅される不安と、距離が近くなったが故に尊重されなくなる不安がない交ぜになって凜夜の心に影を落としているのだろう。

 前者はおそらく杞憂。後者は付き合う相手次第だ。

「あたしだったら恋人になれたとしてもファンはやめないよ。全力で凜夜君のこと応援し続けるから」

 まず七海が凜夜の好みに合うかどうかという問題があるのだが、自分であれば彼の望みに沿える部分があることをアピールする。

「でも、現実の僕と、君が好きになった声優の須藤凜夜とは別物だよ?」

 これが大きなネックだ。これが七海の想いを信じてもらえない原因となっている。

 だが、今の七海には悩みに悩んだ末の答えがあった。

「凜夜君はそう言うけどさ、演技と演技じゃないのの違いってなにかな?」

「え……?」

「あたしだって告白の時になんて言うかは死ぬほど考えてたよ。結局緊張して飛んじゃったけど。それでも、普段の調子で『あたしと付き合ってよー』とか言っても凜夜君ほどの人が付き合ってくれないのは分かってたから、こう言えば少しは好感度上がるんじゃないかなって色々考えた。でも、だまして付き合おうとか、これじゃ本当の自分を好きになってもらえないとか、そんな風には思わなかったよ」

 七海が急に持論を展開し出したので凜夜は戸惑っている。

「…………」

 黙って聞いてくれるようではあるので、続きを話す。

「凜夜君が自分のサークルから出してる作品は台本も自分で書いてるんだよね。雑談配信なんて台本もないんだし、誰かから『こういう風に演じろ』って言われてないよね。凜夜君がこういう風に見られたいって思って自分で決めたなら、それは凜夜君自身だよ」

 七海は最初の告白と同等の熱量を込めて、再び凜夜に思いの丈をぶつける。

「それが全部じゃなくても、あれだけ素敵な面を持ってる凜夜君なら、他にどんな欠点があっても一生愛せる自信があたしにはあるよ!」

 凜夜にとって、なりたい自分になる手っ取り早い方法が台本を書いて自分で演じることだった。しかし、彼はそれを作り物の幻想にすぎないと思っている。

 演技によって作られた凜夜の姿を真実のものと証明することこそ七海の使命だ。

「東山さん……。僕と……価値観の合う人なんているのかな……」

 七海の気勢が強まっているのに対し、凜夜の方が自信のなさそうな顔をしていた。

「あたしが凜夜君の価値観に合わせるよ。凜夜君が間違ってるはずなんてないんだから」

 七海にこう告げられて、やっと凜夜の表情が柔らかくなった。

「ありがとう、東山さん」

 何はともあれ、今日から晴れて友達だ。堂々と一緒にいられる。

(凜夜君、あんまり友達いないって言ってたし、あたしが一番の友達じゃないかな!? かなり好感度上がっただろうし、もう親友といっても過言じゃないかも!)

 内心で盛り上がっている七海に、凜夜が一つ尋ねてきた。

「僕って有料の音声作品より無料音声の方を多く出してるでしょ? なんでか分かる?」

 突然の難問だ。

 活動自体が楽しいからお金を取る必要がないのか。まずはリスナーの数を増やすという戦略か。それとも結構な広告収入が得られるのか。

「んー。あたしの頭じゃ分かんないかなー」

 偉そうなことを言っておきながら、さっそく頼りない反応をしてしまった。

「作品は無料だと、スペチャ送ってもらいやすいでしょ。商品と引き換えじゃなくて、みんなが自主的にスペチャを送ってくれた方が、僕自身の価値を認めてもらえた気がしてうれしいんだ。キャラだけじゃなくて声優の僕も好きになってくれてるって」

 この時点では、キャラクターと声優までだった。

 それに対して、七海は学園生活で素の凜夜にも愛を示し続けてきた。

「じゃあ、あたしのしてたことって」

「なにも間違ってないよ」

「よかったー」

 安心して大きく息を吐く。

 話を聞く限り、凜夜は愛するより愛されたいタイプ。

 ならば、七海は凜夜を愛し抜くだけだ。

 凜夜は凜夜で声による癒しを提供してくれる。

 その凜夜から。

「君が本当に僕のファンでい続けてくれるっていうなら、お試しで付き合ってみてもいいよ」

「――‼ いいの!?」

 思わず声を張り上げた。

 つい先ほどまで嫌われているのではないかと心配していたところだったので、その落差は衝撃的だ。

「僕は自分の活動にも、それを肯定してくれるファンにも誇りを持ってるからね」

「だったら、あたしは恋人として凜夜君にスペチャ送りまくるよ!」

 ここまできて、ついにメッセンジャーアプリのIDを交換するに至った。

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