第13話「態度急変」
朝、校門前でいつも通り凜夜にあいさつをする。
「おはよう、凜夜君! 今日も素敵だね!」
「…………」
これといって普段と違うことはしていないはずだが、凜夜は露骨に顔をしかめた。
「あ、あれ……? どうかした……?」
最近はすんなりカバンを渡してくれるようになっていたのに、今日は渡してくれない。
「はあ……」
凜夜はうんざりしたようにため息をつく。
「いつまでそうやって僕にまとわりついてるの? 暇なの?」
「いや……暇っていうか……凜夜君のために時間を割くのが有意義っていうか……」
以前に逆戻りしてしまったような凜夜の態度に気後れしながらも、なんとか彼への好意を示す七海だが。
「失礼かもしれないけど、はっきりいって気持ち悪いよ?」
とうとう言われてしまった。ここまで言わせてしまうということは、七海の行動はよほど凜夜のストレスになっていたのか。
凜夜が優しくないのではない。優しくてもこのような対応をするほどだということだ。
何がまずかったのか。校門と教室の行き帰りか。それとも昼食の時か。体力測定でのことか。
事前に運動が苦手だとは聞いていたのに五十メートル走のタイムなど尋ねたのが悪かったのかもしれない。
他にも無神経なことはしていたと思う。全面的にすごい人と見ていたが故に、当人が気にするようなことを口にしていたとでもいうべきか。
少しずつでも距離を縮められているなどと錯覚していた自分が恨めしい。
「ごめん……。でも、あたし、本当に凜夜君のこと好きだから……」
「僕のこと好きでいたって、なんの見返りもないよ。あきらめて他の人探したら?」
今までで最も冷たい声で突き放された。
「それは……」
言い淀んでいる間に、凜夜はさっさと教室へ向かってしまった。
七海が教室に着いた時、凜夜は既に教科書を広げており、声をかけられる雰囲気ではなかった。
七海が自分の席でうつむいていると、後から登校してきた和也が話しかけてくる。
「お前、どうした? 辛気臭いツラして。元気だけが取り柄じゃねーのかよ?」
「和也……」
一人で抱え込んでいるのも苦しい心境だったので、先ほどのことを和也に話すことにした。
「そりゃ、さすがにあきらめた方がいいってことだな。人間、あきらめが肝心っていうだろ」
「でも、あきらめられない……」
思わず泣きそうな声になってしまう七海。
普段強気なのも七海の性分だが、あきらめが悪いのもまた七海の性分だ。
「好きになった相手と都合良く付き合える奴ばっかじゃねーだろ。みんなある程度のとこで満足してんじゃねーか」
これは和也が正しいのだろう。
理想の恋人を作れる人間などそうそういない。ましてや、特段モテる訳でもない七海がそこまで高望みできるものか。
「他にも男はいるんだから、須藤以外にも目を向けてみろよ」
「そう……だよね……」
正論を語られても、自分の心を納得させることはできなかった。
たまたま虫の居所が悪かっただけかもしれないなどと、強引に希望を持とうとしてしまう。
結局、昼休みも放課後も、凜夜は『近づいてくるな』と言わんばかりのオーラを発していて、声をかけられなかった。
(あきらめるしか……ないのかな……。凜夜君自身嫌がってるなら……)
凜夜のファンとして、彼を不快にはさせたくない。
自分も無駄に傷つき、相手にも迷惑をかけたのでは誰も得をしない。
その日は、ロクに凜夜と話せないまま帰宅することになった。
家に着くと、すぐベッドで横になる。
(音声作品で凜夜君の声聞いて現実逃避するかな……)
フィクションでなら凜夜と恋人にでも姉弟にでもなれる。
ほとんどのファンはこれで満足しているのだ。
スマートフォンを見ると、新着動画の通知が出ていた。七海が通知設定しているのは凜夜のチャンネルのみ。
タイトルは『夢を追うあなたを応援する音声』だった。
漫画家なり声優なりゲームクリエイターなり、一握りの者しか就けない職業を目指している人をターゲットにしたものと思われる。
(夢……か。あたしの夢は凜夜君を恋人にすることだよ……)
七海が分不相応なことを考えている間にも、凜夜はファンに癒しを与え称賛されている。
あまりの格差にみじめな気持ちになった。
みじめになるといっても、凜夜に嫉妬しているのではない。彼の作品は素晴らしいものだ。
アンビバレントな感情を抱くと分かっていても、動画の再生ボタンを押していた。
『――夢が叶うか不安? 君ならできるよ。ずっとがんばってきたじゃない。僕は見てたよ。ねえ、夢が絶対に叶う唯一の方法知ってる? 叶うまであきらめないこと。永遠に叶わない夢なんてないんだよ』
(……‼)
タイムリーな内容に衝撃を受けた。
まさしく、あきらめるかどうかが七海の悩みだった。
そう。七海の夢は凜夜と付き合うことだ。これもあきらめさえしなければ叶うのではないか。
凜夜は誠実な人だ。フィクションであっても間違った思想を植え付けたりはしない。
前に和也から告げられた言葉が蘇る。
『ファンとして応援してるだけじゃダメなんだって』
確かに応援しているだけではダメだろう。しかし――。
(ファンだと声優と付き合えないっていうなら、あたしがそのジンクスをぶち破ってやる!)
何がなんでもあきらめないという気力が湧いてきた。
机に向かって一枚の手紙を書く。
そのあとは、今の音声をリピートしながら眠りについた。
翌日の朝と昼は凜夜に声をかけなかった。
そして放課後。
「凜夜君! 来てくれてありがとう!」
「こんなとこに呼び出してなに?」
朝のうちに凜夜の机に手紙を入れて校舎裏に呼び出すことにしたのだ。
凜夜は不審がっている。
「昨日の朝の仕返しでもするの?」
もちろん、そんなことはしない。そもそも恨んではいない。二人きりで話したかっただけだ。
「違うよ。あたしはもう凜夜君のことを傷つけたりしない。だから教えて。なにか気に障ることがあったなら二度としないから」
凜夜とまっすぐ向かい合う。
悪いところがあったなら直せばいい。自分は彼のためならなんでもできる。
「別になにかあった訳じゃないよ。ひどいこと言われても許すぐらい僕のことが好きなのか試しただけ」
「え? そうなの?」
少々拍子抜けしてしまった。厳しく自分を律するようにしなければならないのだと思っていただけに。
「普通の女子は『気持ち悪い』なんて言われたら、いくら好きでも冷めると思うけど」
「あたしの愛は普通じゃないからね。凜夜君が嫌がってないなら、あたしが気持ち悪いのはどうでもいいよ」
七海は胸を張って言い放つ。
「それならそれでいいんだけど。他にも声優はいるでしょ? そこまで僕にこだわる理由は?」
「今のあたしがあるのは凜夜君のおかげだから。凜夜君があたしを変えてくれたんだよ」
初恋の声だった。美しいが、か弱そうで庇護欲をそそる。力の無駄遣いをしていた自分に転機を与えてくれる声だったのだ。
「凜夜君と出会って……あっ、音声作品の方ね。出会ってから、あたしの人生はものすごく充実するようになったんだ。それで、もし付き合えたらこれ以上ないぐらい幸せだなって。だから他のことはあきらめられても、凜夜君のことだけはあきらめられないよ」
七海の告白に凜夜もなにか思うところがあるようだった。
「もしかして、この前の音声、真に受けた?」
からかっているようにも取れる言葉だが、七海には確信がある。
「うん。凜夜君が間違ったことなんて言うはずない。凜夜君が語ってることなら信じられるよ」
凜夜の性格なら、広くリスナーに公開する音声で戯れはしないはず。
「よく分かったね。君へのメッセージも兼ねてるって」
「あれ? そうだったの?」
単に凜夜の教えを学んだだけのつもりだったが、凜夜がわざわざ七海宛のメッセージを含ませていたと。
「分からずにやってたんだ……」
凜夜はあきれたようだが、どこかうれしそうでもある。
ここにきて、凜夜が心を開き始めてくれた。
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