第12話「運動音痴」

 体力測定当日。

 七海たち生徒は体育館に集められていた。

 各々列を作って、順番に何かしらのテストを受けている。

「真野くーん! がんばってー」

 女子たちの声援が聞こえた方を見ると、和也が五十メートル走をやっていた。

 さすがに運動神経がいいだけあって、こういう場では人気者になっている。

 七海は順番が回ってきたので上体起こしをやって、まずまずの成績を記録。そのあと、和也と合流した。

「やっぱモテるんだね、和也」

「ま、顔がいいからな」

「自分で言っちゃう分、凜夜君に及ばないんだよねー」

「須藤も声がいいのは認めてただろ」

 聞いていたのか。もっとも聞かれて困る話でもない。

「凜夜君の声は万人が認めるものだから」

「そいつはすげーな」

 投げやりな口調で対応する和也。

 件の凜夜は、これからハンドボール投げを行うところだ。

 果たして凜夜がどんな記録を出すのか。

 目を凝らして見つめることにする。

 ボールを手にした凜夜は真剣な表情でそれを投げるが――。

(え……?)

 七海も目を疑う結果だった。

 五メートルも飛んでいない。

 投げたというより落ちたというレベル。日頃の行いが良くなければ真面目にやっていないと思われそうだ。

 運動が苦手だとは言っていたが、ここまでとは。

「きゃー。須藤君かわいいー」

 女子たちの喚声が上がる。

「運動できない方で盛り上がるのか……」

 和也はその感覚が理解できないといった様子。

「和也だって、きゃーきゃー言われてるんだからいいじゃん。あたしなんて誰にも見られてないからね」

 せいぜい握力が女子の中で群を抜いていたことで教師に驚かれたぐらいだ。

 美少女ならともかく、普通の女子が体力測定で好成績を出したところで男子は喜ばない。

 いくつかの測定が終わり、いったん休憩時間。

 身体の細さが際立つ体操着姿の凜夜に声をかける七海。

「凜夜君、五十メートル走どうだった?」

「十一秒ちょっと。バカにしにきたの?」

 出会った当初ほど冷たくはないが、鋭い目でキッとにらみつけてきた。

 確かに子供のようなタイムなので、侮辱と受け取ってしまうのも無理はない。

「いやっ、そうじゃなくて。純粋に推しの情報が知りたいなーって」

 七海は、言い訳じみた調子で質問の意図を説明する。

「大体、男子か女子かで採点基準が変わるっていうのがおかしいんだよ……。僕みたいな頭脳労働派の採点基準も甘くしてもらわないと……」

 ぶつくさ不満を並べている凜夜は、普段の完璧っぷりとギャップがあって、これはこれでかわいい。

 女子の採点基準でも最低得点にしかならないというのは黙っておく。

 ここは話題を変えよう。

「そういえば、凜夜君はなんで本名での活動なの?」

「僕は自分の活動に誇りを持ってるから。名前を隠さなきゃできないようなことはやってない」

 凜夜は強く意思表明した。

 人によっては、同人活動なんて恥ずかしいと、リアルではその活動を明かしていなかったりする。

 だが、凜夜は違う。芝居や歌を熱心にやっているだけでなく、それらを『誇り』とまで言いきった。

「自分で誇りに思えないような活動ならやめたらいいんだよ」

 そんな凜夜だが、念のためにと付け加える。

「まあ、同業者にそんなこと言ったりはしないけど」

 芸名で活動している声優を全部排除したらほとんど残らない。特に同人では。

「それだけ本気なんだったら、やっぱり高校出たあと、声優の専門学校行くの?」

「その予定はないね」

「じゃあ、養成所とか?」

「それもないかな」

「あっ、そっか。凜夜君ならいきなり事務所所属にもなれるよね」

「いや、そうじゃなくて商業の声優になるつもりはないから」

 これは意外だった。

 声が良く、演技も上手く、高い志も持っている彼がプロデビューを目指していないとは。

「そうなんだ。凜夜君ならプロになれると思うんだけどなー」

「商業声優じゃなくて同人声優をやる方が性に合ってるって話。――っていっても、世間一般からしたら同人声優なんて声優のなりそこないか」

「あっ、いや、そんなことは……」

 失言だった。

 七海自身、商業声優のラジオより、同人声優の配信を聞くことが多いぐらいなので、性質の違いがあることは分かっていたはずなのに。

「前にも言ったでしょ、自分が上にいられるところがいいって。僕は、自分が大将になれるならお山の大将でいいんだよ」

「お山の大将なんてことはないよ! 商業声優でも凜夜君ほど声のいい人なんていないし!」

 先ほどの発言は、ある意味凜夜の誇りを傷つけるものだった。精一杯のフォローをしておく。

「そんなに僕の声が好き?」

「もちろん! 凜夜君の声がないと夜寝られないよ」

 凜夜はやや間を置いて尋ねてきた。

「人としては真野君の方が好きなんじゃないの? お互い下の名前で呼び合ってるし」

 あらぬ誤解を受けてしまっている。

「いやいや! あれは単に幼馴染ってだけで、好きだから下の名前って訳じゃないよ。もちろん、凜夜君を下の名前で呼ぶのは好きだからだけどねっ」

 まだ凜夜は納得していない様子。

「でも、君たちみたいな陽キャって、僕みたいなインドア派を見下してるんじゃないの?」

 陽キャというのは陽気な性格の人を表す俗語。対義語は陰キャだ。

 世間的には陽キャの方が勝ち組と見られやすい。

「とんでもない! むしろ崇め奉ってるよ!」

 これはまぎれもない本音だ。

 凜夜の存在を知ってからというもの、暑苦しい性格・図々しい性格より、クールな性格・大人しい性格の方が人として魅力的だと思っている。

 陽キャだの陰キャだのという価値観には全く同意していない。

「ふうん」

 七海の宣言を聞いた凜夜は思案顔になった。

 こうして話していて、七海は順調に凜夜との親睦を深められているつもりだった。

 問題は次の日だ。

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