第11話「完璧超人」
ゲーム実況があった日の翌朝。校門にて。
「おはよう! 凜夜君!」
「おはよう。ふぁ……」
七海にあいさつを返した凜夜は、小さくあくびをする。眠そうな姿も愛らしい。
声だけなら生放送でも聞けるが、姿まで見られるのは同じ高校に入れた者の特権だ。
「朝から元気そうだね」
「うん、そりゃあもう! 凜夜君のおかげでよく眠れるからね!」
「そう」
あっさりした反応だが、声優として自分の作品でリスナーが眠れるというのは喜ばしいことだろう。生放送でこうしたコメントがあった時の凜夜はとてもうれしそうだった。
「昨日の配信も見たよ!」
「知ってるよ。コメント読んだんだから」
あきれたように返す凜夜。
いつものことなので、こちらがなにも言わなくてもカバンは渡してくれた。
少し信頼関係ができてきたのでは。
「なつきさんとかアキラさんとは直接会ったことあるの?」
「いや、ないね。ボイスドラマの収録も集まってしたことはないし」
一人でしゃべる音声作品の場合に他の声優と会わないのは当然として、ボイスドラマも出演した数が少ないので、たまたま機会がなかったとして不思議はない。
「ひょっとしてリスナーの中で実際に会ったことがあるのってあたしだけ?」
「多分そうだね」
「そうなんだ。うれしいなー。えへへ」
七海は、だらしなく頬を緩ませる。
凜夜が多くの人に知られるようになってほしいと思う一方で、プライベートで交流があるのは自分だけという関係性を維持したいという思いもあり、内心は複雑だ。
理想は、凜夜が超有名になった時、自分は恋人の座についていること。
そんな七海の考えぐらいは容易に察しているであろう凜夜は、さっさと教室に向かって歩いていってしまった。
今日も強引にではあるが、凜夜と話して一緒に食事を取って、と充実した時間を過ごす。
本日最後の授業では小テストが実施された。
現代国語だったので、古典ほど意味不明ではなかった。
その結果は。
「あたし、三十点。和也は?」
「おっ、勝った。四十五点」
「くっ……。十五点も負けた……!」
和也との勝ち負けは、そこまで重要ではない。
気になるのは凜夜だ。
「凜夜君はどうだった?」
声をかけられた彼は、七海を一瞥してから答案に視線を戻した。
「一問落とした」
見にいってみると、九十八点と書かれていた。
どうやら自分たちはどんぐりの背比べをしていたらしい。
初めの自己紹介でも凜夜は現国が得意と言っていたし、声優として台本を読んだり書いたりしているのだからこれぐらいは造作もないことか。
その他の声優のSNSを見ていると、案外漢字や敬語の使い方が間違っていることもあるので、声優の中でも優秀な方だといえる。
ホームルームが終わり、放課後。
「凜夜君!」
七海が話しかけると、凜夜は帰り支度の手を止めてくれた。
初めに比べると、ずいぶん好意的になってくれたのではなかろうか。
「なに?」
「凜夜君ってすごい頭いいよね。なんでこの高校選んだの?」
ここは七海でも入れる程度の高校だ。凜夜の学力ならもっと上を狙えたに違いない。
同じ高校を選んでくれたおかげで出会えたのだから、もちろんありがたいことなのだが、気になるポイントではある。
「このぐらいの偏差値の高校なら僕がトップになれるでしょ? その方が気分いいから」
「そうなんだ」
首席で合格していたので、目算通りになっている。
凜夜は、自分がトップにいられる環境でも予習復習を欠かしていないようなので、モチベーションが下がっているということもない。
褒められて伸びるタイプと、褒められると増長して怠けるタイプがいるが、凜夜は前者なのだろう。
声優としても、多くのファンに称えられながら成長していったようだった。
「同人声優の中でも凜夜君がトップだよね。動画の再生回数とかすごいし」
「そっちはどうだろうね。トップは目指してるけど、実現するかはなんともいえないかな」
客観的に見ると同人声優界において凜夜が一番人気かどうかは微妙なところだ。
何を以って人気が高いとするかの明確な尺度がないので、そこは仕方ない。
話題を変えた方がいいだろうか。
「ところで、音声作品の台本って誰が書いてるの?」
「自分で書いてる。他の人に書いてもらったら名前載せてるよ」
言われてみればそうだ。凜夜ほど礼儀正しい人なら、その辺りは弁えているだろう。
「声の演技だけじゃなくて台本も書けるなんてすごいね! リラクゼーションサロンの奴とか、セリフの内容まで色気たっぷりですごかったよ!」
『天は二物を与えず』といわれるが、凜夜は少なくとも容姿と声と演技力と文才には恵まれたといえる。こうして並べ立てると相当な超人だ。
「東山さん、僕と話してる時、毎回すごいって言ってるね」
「だってホントに凜夜君がすごいから……。凜夜放送の画面に表示されるキャラも自分で描いてたりするの?」
「それは人に依頼してる。イラストレーターの名前書いてあるでしょ」
「あ、そうだったかな……。凜夜君のことしか目に入ってなかったよ」
おそらく動画の説明欄に記載があるのだと思われる。
画才まではないのか、あるいは自分で過小評価しているのか。
校門までの荷物持ちをしながら会話を続ける。
「凜夜君は人からの依頼受け付けてないんだよね? なんで?」
SNSのプロフィール欄に注意書きがあった。
もし募集していたら、恐れ多いがなにか依頼していたかもしれない。
「どんな役でもこなせるなんて自信はないからね。声以外は大したことないんだよ」
「いやいや! 凜夜君の演技はすごいよ!」
またしても出てきた言葉は『すごい』。
そうこうしているうちに校門に着いてしまった。
「悪役とかは似合わないかもだけど、それは凜夜君がいい子だからだし」
「僕がそんなに優しい人間に見える?」
本人は相変わらず冷たく接しているつもりなのだろうか。
こちらとしては、態度も柔らかくなって、根の優しい部分を見せてくれるようになったと感じているのだが。
「うん」
七海は断言してカバンを返す。
最初こそ、温厚な人物像は演技によるものなのかと不安になったが、今では素の凜夜も十分温かい人柄に思えていた。
「その期待には応えられないと思うけどね……」
伏し目でそうつぶやくと、凜夜は自身の帰路につく。
(なんだろう……。なにか悩みでもあるのかな……?)
そんな風に見えた。
容姿も才覚も優れている彼がなにを悩むことがあるのだろうか。
凜夜の憂い顔の原因について考えていると、背後から声をかけられた。
「七海ー、あんたテニス部入らない?」
「は? なに急に?」
振り返ると七海の女友達が数人。
それから和也の姿もあった。
「七海、まだ部活入ってないでしょ。テニス部どう?」
「いや、部活は別に。入るとしても漫研かなー?」
最近忘れがちだが、七海は一応漫画原作者志望だ。
「あんた中学の頃、体力バカじゃなかった?」
「スポーツはルール覚えられないんだよ。それに今のあたしはオタクだし」
「なんであんた、不良少女からオタクになってんのよ……」
オタクっ気のない女友達からすると、七海の転身はよく分からないようだ。
「ここの漫研、あんまやる気ないみたいだから入らなくていいと思うぞ」
和也は既に部室を見てきたらしい。
「真野君までそっち側行ってるってのも意外なのよね……」
七海に比べると和也のオタクとしての程度は低い。美少女キャラクターに萌えるというような性格ではなく、熱い戦いの少年漫画が描きたいとのことだ。
「とりあえず、あたしスポーツには興味ないから」
七海が誘いを断ったところで、和也が思い出したように言う。
「そういや、もうすぐ体力測定だな」
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