【第三章】-本当の凜夜-
第10話「ゲーム実況」
高校入学から数週間経った頃。
東山家。七海の自室。
今日は凜夜が他の声優とコラボしてゲームの実況配信をするということで、パソコンの前で待機している。
学校での凜夜との関係はというと、『どうでもいいけど』と言わんばかりの調子ではありつつも彼の方から話しかけてくれることがあるようになっていた。
凜夜がクラスメイトと親しげにしているところは見かけないので、もしかしたら彼と一番話しているのは自分かもしれない。
ただし、凜夜の愛想がいい場面もある。それが声優として行っている生放送だ。
通称・凜夜放送。そこではすべてのリスナーに対して優しげに語りかけて癒しを届けている。
クラスメイトとしての凜夜と声優としての凜夜。二つの側面を持ったミステリアスな美少年との不思議な交流が続いているのだった。
「こんばんは。ゲーム画面は映ってるでしょうか?」
これから接するのは声優としての凜夜だ。配信の具合に問題がないか確認している。
「それから音声もですね。聞こえてますかー?」
静かでありながらも朗らかな声。学校では聞けないものだ。
呼びかけに対し、『声も画面も大丈夫です!』と書き込み、二千円のスペチャを送る。
「ありがとうございます。問題なさそうですね」
今回のゲーム実況は三人で行われる。あとの二人を待つ間は雑談だ。
「なんか最近暑いですよね。制服はまだ夏服という訳にいきませんが、家では薄着になりました」
(薄着の凜夜君見たい!)
などと考えていると、同じ内容のコメントが流れてきて笑ってしまう。
それ以外にも面白いコメントがある。
『凜夜君のお姉ちゃんになりたいので、お兄さん、結婚してください!』
「僕に兄はいません」
『どうしたら凜夜君みたいな、いい声が出せるんですか?』
「これは分からないですね……。気付いたらこの声だったので」
『凜夜君の声は天賦の才』
「そういうことかもしれないですね。自分で言うのもなんですが、正直声がいいって自覚はあるんですよ。僕って別に面白い話ができる訳じゃないですし、それでも放送聞きにきてくれる理由っていったら声しかないかなと」
『凜夜君のお話楽しいよ』
「ありがとうございます。そう言ってもらえて安心しました」
凜夜が話すことは、笑いを誘うような要素は含んでいないが、魅力的な異性とコメントを通じて会話できるのは十分楽しい時間だ。
インタレスティングに近い面白さとでもいうべきか。
そうこうしているうちに、準備が整ったようだ。
「あーあー。聞こえてますか?」
ゲームがオンラインの状態になると共に、明瞭な感じの女性の声が聞こえてくる。
「オレの声も聞こえてるかー?」
今度は、低めの男性の声が聞こえた。
コメントで二人の音声にも問題がないことが分かったところで、それぞれが自己紹介をする。
「えー。声優のなつきです。普段は歌の動画をアップしてます」
「えー。デザイナー? 声優? のアキラです。それで合ってるかな?」
「声優の須藤凜夜です。僕はシチュエーションボイス作品を中心にアップしてます」
凜夜以外の二人は、女性の方がなつきで男性の方がアキラ。アキラはデザイナーもやっているが声優もやっている。
凜夜が言ったシチュエーションボイス作品というのは、同人声優業界で音声作品と呼ばれるものとほぼ同義だ。こちらの呼び方の方が他の音声コンテンツとの混同を避けやすいだろう。
この三人は、よく一緒に配信をする仲になっているようだった。
「アニキ、何やってる人かよく分かんないんだよな。ウェブサイトのデザインとかもしてるし、絵も描いてるし、歌も出してるし」
凜夜より前からアキラと接点があったなつきにとってもアキラの活動は謎らしい。
なお、凜夜放送の画面のレイアウトもアキラが作ったとか。
「アニキって呼んでると初見の人が兄妹と間違えるんじゃないですか?」
凜夜に注意されてなつきが補足する。
「名前が『ア』で始まる年上の男性だから『アニキ』ってだけで、兄妹ではありません」
「どうしてそんなことを言うんだ妹よ」
「だから兄じゃないだろ。まぎらわしいからやめろよ」
「お兄ちゃんは悲しいぞ」
「仮に兄でもお兄ちゃんとは呼ばないし」
なつきとアキラが漫才のようなやり取りを始めた。
凜夜がかなり真面目な分、この二人が笑いを取る役目を果たしているのだ。
「ええと。僕の方から事実を説明しますと、二人は兄妹ではありません」
当事者の話だけではどちらか分からなくなりかねないので凜夜がフォローする。
そうして、それぞれの配信者が自分以外のリスナーに対しての自己紹介を終えて、ゲームを開始する。
このゲームの内容は、主に、素材を集めるために地下に潜ったり、集めた素材で家や町を作ったりするというものだ。地下にはモンスターも出現してバトルも楽しめる。
画面に凜夜のアバターが表示される。自分で背が低いと言っていただけあって、小柄な少年のキャラクターだ。これは、できる限り凜夜放送で表示されるイメージキャラクターに似せて作られた。
残り二人のアバターは、なつきが二十代前半ぐらいの女性、アキラが三十歳前後の男性。どちらも本人のイメージイラストをモデルにして作成されたものである。どちらも金髪っぽいので、これも兄妹だという誤解を招く要素かもしれない。
フィールドにはまだなにもないので、三人が集まって地面に穴を掘っていく。
掘り進めると、石材などがアイテム欄に追加されていく。
「これって敵キャラも出てくるんだよね? ってなんか出たー!」
なつきが悲鳴じみた声を上げた。
獣ではなく人型をしたゾンビだ。不気味な姿なので、いきなり出てきて驚くのは分かる。
「おら! 食らえ! 土に還れ!」
アキラのアバターがハンマーを振り回してゾンビを殴り飛ばす。
「僕もなにかかけ声あった方がいいんですかね? あんまり思いつかないんですけど」
凜夜のアバターも剣でゾンビを斬って倒していく。
ある程度進んだら、ダンジョンのような空間に入った。
(最近のゲームはよくできてるなー)
ゾンビのグラフィックといい、剣やハンマーを振るうキャラクターのモーションといい、なかなかの完成度だ。
ダンジョンもそれらしい雰囲気が醸し出されている。
見ている七海も感心する。
凜夜のアバターがダメージを受けた時は、自分がゲームをしている時以上に危機感を覚えてしまった。
「いてゃい! なんで殴るのー」
なつきが、今度は変な悲鳴を上げる。
アキラのアバターが振ったハンマーがなつきのアバターに当たったのだ。
「すまん。ゾンビと間違えた」
「絶対ウソだろ。こいつわざとやってるよ」
反撃とばかりになつきがアキラに斬りかかる。
武器同士がぶつかり合って弾かれる様は、現代のゲームならではのリアルさとなっている。
「お前、りんちゃんにも同じことすんのか?」
なつきは凜夜を『りんちゃん』と呼ぶ。これはアキラも同様で、声優仲間の特権のようなものだ。
「やらんが?」
「なんで私ならいいと思ったんだよ」
「りんちゃん、怒らせたら怖そうなんよな」
「それは分かる。普段優しい人ほど怒らせたらヤバいっていう」
七海も彼らに同意だった。
(そういえば凜夜君が本気で怒ってるとこって見たことないな。素っ気ないだけで、あたしがしつこく話しかけても怒らないし)
無論、生放送でネガティブな感情を見せることもほとんどない。
あまりにも失礼なコメントには一瞬だけ鋭い声が返されたが、あれが拡大されたら『ヤバい』状況になるだろうか。
「僕も一緒に配信してるの忘れてない?」
「忘れてない、忘れてない。りんちゃんのことは丁重に扱わなきゃなって話」
会話に加わってきた凜夜に、なつきがフォローを入れる。
同業者であっても凜夜を尊重する意思があるのは殊勝なことだ。
その後も敵を倒したり採掘をしたりしてアイテムを集めていく。
アクション性のあるゲームは得意でないという凜夜を、なつきとアキラが適度に助けながらのプレイだった。
「素材集まちゃ」
「僕も集まりました」
同時に声を発するなつきと凜夜。
「なつきとりんちゃん、息合ってんな」
アキラの反応に対し、なつきが気になる発言をする。
「私とりんちゃん、学生時代付き合ってたからね」
「ええ!?」
七海の肩がわずかに震えた。声まで出してしまった。
だが、冷静になって考えればショックを受けるようなことではない。
(ああ、冗談か。凜夜君、恋人いたことないって言ってたもんね)
少々心臓に悪い冗談だ。
「僕、今も学生なんだけど」
「そういえばそうか。ワンチャン、私が学生の頃、りんちゃん生まれてないかもね」
「何学生かもによるけど、さすがに生まれてるんじゃないかな」
そこで凜夜が『あっ』と声を漏らす。
「今、こっちのコメント欄に『誰よその女!』って」
「誰って、なつきちゃんだよ」
普通に答えるなつきだが、アキラからの指摘で態度を変える。
「声優ファンって結構声優の恋愛事情知りたがるよな。りんちゃんみたいないい声だと特に」
「やびゃい! りんちゃんのファンに殺される!」
またしても変な声だ。
そこまで深刻そうではない。
「それを言ったら、僕もなつきさんのファンに殺されるよ」
なつきも人気声優なので、凜夜がこう思うのも当然か。
「私はなんていうか、みんなから芸人としか思われてないから大丈夫」
なつきの自虐に、七海もちょっとおかしくなる。
「みんな、さっきのは冗談ですよ。『ドッ』ってコメントするとこですよ」
念のためにと、なつきが明言しておく。
「なんか、あれだな。有名人って純粋に魅力的な人ほど、ファンはヤバいの多くなるよな」
「あー、それあるかも」
アキラとなつきはこんなことを言っているものの、凜夜は少し違う意見のようだ。
「僕がどの程度魅力的かは分からないけど、僕のファンはいい人ばかりですよ?」
ファンのことを大事にしている凜夜に七海は感激する。
現に自分のようなファンにまとわりつかれていてもこう言ってくれるとは。
あとは、これが本心であることを祈るばかりだ。
「りんちゃんは純真でいい子だねー。私たちみたいな穢れた大人になっちゃダメだよ?」
「気をつけます」
このようなやり取りをしながら笑い合うなつきと凜夜。
(なつきさん、凜夜君と仲良さそうでうらやましいな……。やっぱりただのファンより声優同士の方が仲良くなれるのかな……)
でも、面白い人だから嫌いにもなれない。
先ほど『殺される』などと言っていたが、彼女とくっついたならファンも納得せざるをえないだろう。
建築材料が集まったということで、三人は地上に戻った。
地道にブロックのようなものを並べて家の壁や床を作っていく。
「これって三人で一緒に住むの?」
なつきがアキラに尋ねる。
「そうだろ。オレたち家族だからな」
「こらこら。りんちゃんまで巻き込むな」
家を三軒も作っていたら、それだけで配信時間がかなりかかってしまう。家族かどうかはともかく、家はこの一軒だけにして他の施設も作るようだ。
「ところでこの配信、全部リアルタイムで追いかけるの大変じゃないかな?」
凜夜が、階段を構成するブロックを重ねながら、二人に聞く。
時刻は現在、午前一時十五分。
「ゲームやり始めたら二時間三時間は普通にかかるけど、僕の放送聞きにきてくれる人の中には一切聞き逃したくないって言ってくれる人もいるから」
七海もまさにそれだ。
「あー、確かに三時間以上ぶっ続けはつらいかもねー」
「やってるオレらはいいんだけどな」
やはり凜夜は熱心に応援しているファンに対して好意的だ。
もしかしたら下手に応援しすぎない方がいいのでは、とも考えたが、そんなこともないか。
しばらく建築作業が続き、ある程度形になったところで、今回の放送は終了となった。
ゲームがオフラインになり、再び凜夜だけの放送となる。
「今日も長時間お付き合いいただきありがとうございました。僕の配信は基本的に通常の動画としても残しますので眠くなったら無理せず寝てくださいね」
ここで、七海も打とうかと思っていたコメントを誰かが先に書き込んだ。
『リラクゼーションサロンの音声最高でした! めっちゃドキドキしました!』
あのセリフに興奮したのは七海だけではなかったようだ。
年齢制限がつくような直接的な表現はないものの、大人の関係をほのめかしているのが心憎い。
七海は、あの音声を教室内に流してしまったという負い目があったため出遅れてしまった。
「ありがとうございます。こちらもリスナーさんに受け入れてもらえるかドキドキしてたのでうれしいです」
凜夜自身もリスナーの反応を想像しながら収録していたのだと聞くと、気持ちを共有できているようで胸が高鳴る。
出遅れたのは仕方ないので、七海は別のコメントを打つ。
『体調に気をつけて明日も学校がんばってね』
夜も遅いので、凜夜の身体を気遣うことにした。
「サウス……マウンテンさん、ありがとうございます」
ほんの一瞬、凜夜は笑いそうになっていた。
学校でのやり取りを思い出してくれたのだろうか。だとしたら、とてもうれしい。
放送終了後、声優たちのSNSを見る。
三人共、『生放送ありがとうございました』というつぶやきをしていた。
ただ、凜夜以外の二人は、声優やイラストレーター、ボイスドラマの企画者といった仕事関係者からのコメントにしか返信していない。
リスナーの数を考えれば一人一人対応していられないのは分かるし、一部のリスナーだけを優遇する訳にいかないのも分かる。
それでも全員に返信をしている凜夜の活動にかける思いは、七海たちが彼に向けるのとそう変わらないだけの熱量を持っているようでもあった。
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