第9話「恥をかいた覚えはない」

 学校にて。

 午後の授業中。

 凜夜の新しい音声がアップされていることに気付く。おそらく朝に公開していたのだろう。

 朝というのは珍しいが、録るだけ録って公開し忘れていたものだと思われる。

(どうしよう。休憩時間まで待ってられない)

 タイトルを見ただけでも、興味を引かれる題材だ。きっと七海の心に快感を与えてくれるに違いない。

 どうせ授業は退屈なだけで理解できないので、イヤホンをしてこっそり音声作品の方を聞くことにした。

『失礼します。今日の耳かきとマッサージは僕が担当させていただきます』

 まさしく七海の好みとマッチした役柄だ。

 素の凜夜も好きだが、敬語口調のキャラクターもかなり気に入っている。

『えっ、僕みたいな学生が働いてるのは珍しいですか? いかがわしいお店じゃありませんから、この歳でも問題はありませんよ』

 この次で、七海は心臓をぶち抜かれた。

『それとも……そういうサービスがお望みですか?』

 妖艶で甘いささやき。

 純粋な癒し系もいいが、これはこれですさまじい破壊力だ。

(ああ! ここすごくいい!)

 実際に店でこれを言われたら、激しく取り乱してしまうところだろう。

 しかし、こんな店があったら常連になりかねない。

『お客様がどうしてもというなら、僕が成人したあとで特別にご奉仕させていただいてもいいですよ? なんて』

(マジで!? ぜひお願いします!)

 あくまでフィクションなのだが、心の中で懇願してしまう。

 これを同じ教室内にいる凜夜が演じていると思うと不思議な気分だ。

 というか、凜夜にご奉仕されたい。

「東山、何を聞いてる?」

 うつむいてニヤニヤしていたら、数学担当の教師に声をかけられた。

「あ、はい。聞いてませんでした」

 あわてて顔を上げる七海。

「なんか聞いてるだろうが。イヤホンを外せ」

 スマートフォンを取り上げられてしまった。

「授業聞かずに、なに聞いてたんだ。『リラクゼーションサロンで年下店員に耳かきサービスされる音声』?」

 作品名まで読み上げられてしまった。

 教室内で笑いが巻き起こる。

 まずい。自分のことだけならいざしらず、凜夜にまで迷惑がかかりかねない。

「せんせー、どんな音声か聞かせてください」

 一人の男子生徒が面白半分にリクエストを出した。

 周りもそれに同調している。

 数学教師はその要望に応えてイヤホンをジャックから引き抜いた。

『ふふっ。本気ですか? 大人同士になった時、僕からどんなサービスを受けたいんですか? ほら、正直に言ってください』

 凜夜のなまめかしい声が教室に響く。

 生徒たちの笑い声は一層大きくなった。

「お前、授業中になんてもんを……」

 教師はドン引きといった様子だ。

「いや! 健全な作品なんですよ!?」

 授業中に聞いていていい理由にはならないが、一応言い訳を試みる。

「てか、どっかで聞いたような声……ん? チャンネル名・須藤凜夜?」

 笑いが止んで生徒たちの視線が一斉に凜夜へと向けられた。

 当の凜夜はというと。

「僕は、朝に動画をアップしてから登校しただけで、東山さんが授業中に聞いてたこととは関係ありません」

 すました調子で好奇の視線を受け流す。

 結局、七海のスマートフォンは放課後まで没収となってしまった。

(どうしよう……。凜夜君、怒ってるかな……)

 休憩時間になると、クラスメイトが凜夜に色々と質問を浴びせた。

「須藤! お前、どんな動画アップしてんだ!?」

「あれってアニメキャラの声? なんていうキャラ?」

 凜夜は面倒くさそうに答える。

「お芝居をするのが趣味だから役を演じてるだけ。キャラは自分で作った。名前は決めてない」

(あわわ……)

 七海は見ていることしかできない。

 放課後。

 他の生徒たちが散っていったので、ようやく七海が話しかける。

「あの……恥ずかしい思いさせちゃってごめんね……」

 ただでさえ好感度が低いというのに、余計なことをしてしまった。

「恥をかいた覚えはないよ。声優だっていうのも隠してる訳じゃないし」

 つまらなさそうに頬杖を突く凜夜。

「そっか……。優しいね、凜夜君」

 気にしていないなら、その方がありがたい。

 愛想はないものの、攻撃的な態度を取らないのは凜夜のいいところだ。

「凜夜君って、優しいし声もいいし顔もいいし頭もいいし、何から何まで完璧だよね!」

 迷惑をかけたことは事実なので、ここは褒めちぎっておく。

 お詫びの意味もあるが、決してお世辞ではなく本音だ。

「運動は苦手だけど。汗かくし」

「そうなんだ。でも、一つぐらい苦手なこともあった方がチャームポイントになるよね」

 体力バカの七海とは相性がいいのか悪いのか。

 話のタネを考えてしばらく黙っていると、凜夜が口を開いた。

「君さ、なんでユーザー名、サウスマウンテンなの?」

 急に向こうから質問が来て一瞬戸惑った。

「えっ、ああ。苗字が東山だから、それを英語にして――」

「東ならイーストでしょ」

「え?」

 すっとんきょうな声を出す七海。

「イースト? じゃあ、サウスは……?」

「南」

「マジで!? あたし、何年も勘違いしてたの!?」

 さすがにショックだ。東と南すら分かっていなかったとは。

 自分のバカさ加減にあきれてしまっていたが、ふと気付いたことがある。

「初めて凜夜君から話振ってくれたね!」

 会話自体は前から成り立っていたものの、凜夜の側から話題を提供してくれたのはこれが初だ。

 たったそれだけのことがうれしくて、七海は満面の笑みを浮かべる。

「別に。つっこみどころがあったから言っただけ」

 凜夜は照れたようにそっぽを向いてしまった。

 その姿からは、冷たいというより人付き合いに不慣れであるような印象を受けた。

 ひょっとしたら、これから仲良くなっていけるのではないか。

 そんな期待が芽生え始めてきた。

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