第7話「プレゼント選び」
凜夜にプレゼントをするという名案を思いついた七海は、休日に和也を呼び出して近所のショッピングモールにやってきた。
「ったく。なんで俺が須藤へのプレゼント選びに協力しなきゃなんねーんだよ」
「だって男の子が喜ぶものとか分かんないんだもん」
和也の私服は、明るい色のTシャツに紺のジーンズ。
七海の私服も似たような感じで、オレンジ色のTシャツに青っぽいズボン。
七海が制服以外でスカートを穿くことはない。これは譲れないこだわりだった。
「お前、女の子って柄でもないだろ」
「この際、あたしの性別はいいの。とにかく凜夜君にふさわしいプレゼントを探すよ!」
七海が和也の腕を引っ張ると、彼は背後で赤い顔をしていた。
七海には見えていないし、見えていたとしてもその理由を知るのはまだ先のことだ。
周りを見回しながら歩いていて、まず目に留まったのは洋菓子店だった。
「チョコとかどうかなー。バレンタインみたいなノリで」
「男は甘いモン苦手だったりするんじゃねーか?」
「ふっふーん。凜夜君はプロフィール欄に好物・甘いものって書いてるんだよ」
なんとなく自慢げに話す七海。
「分かってんなら、なおさら俺いらねーじゃねーか」
「でも、一人でショッピングも寂しいし」
「寂しがり屋か! つか、女友達と来りゃいいだろうが」
もっともな意見ではあるのだが、そうしなかったことにも理由はある。
「なんか……他の女子が間接的に凜夜君へプレゼントしてるみたいで嫌じゃない?」
「知るか」
「とりあえず入ってみよう」
七海の独占欲について議論しても仕方ないので、さっそく入店することに。
「雰囲気のあるとこだね」
「普段、俺らが来るような店じゃねーな。値段もやたら高いし」
凜夜にふさわしいものを売っている店という前提で探していたため、値札に書かれたゼロが一つ多いのでは、と思うような商品もある。
(どれがいいのかな……?)
高級そうな店だけあって、どれもおいしそうに見える。
はっきりいって何を基準に選べばいいのか分からない。
「和也、どれがプレゼント向きか分かる?」
「分かる訳ねーだろ。店員に聞けよ」
それも道理か。
「すいませーん。プレゼントに向いてて一番高級なのってどれですかー?」
自分たちが場違いな人間であることは承知の上で店員に呼びかける。
「お相手は男性でしょうか?」
不躾な口調での質問にも丁寧に対応する店員。
「はい。すごい美形で声がすごくいい男の子です」
またしても『すごい』しか言葉が出てこなかった。語彙の少なさを自覚させられる。
「でしたら、こちらなどいかがでしょう?」
七海は知らないが、おそらく有名ブランドのものと思われるオシャレなチョコレート。色々な種類が詰め合わせになっているものだ。
値段は高いが、同等の額のスペチャを送ったこともあるぐらいなので買うのに抵抗はない。
むしろ画面越しではなく、面と向かって渡せるだけ恵まれているといえる。
「じゃあ、それ買います」
日頃財布には入れていない万札を出して贈答用のチョコレートを購入。
店を出たが、まだ終わりではない。
「チョコだけだと一日二日で食べて終わりになっちゃうから、形の残るものも買いたいな」
「ずっと残り続けるものは避けた方がいいと思うぞ。まだ好感度低いから、邪魔になるからって受け取り拒否されるかもしれんし」
「言われてみればそうか……」
自分一人だったら図々しく、大きく場所を取るようなものを選んでいたかもしれない。
「アドバイス、ありがと。和也連れてきて正解だったよ」
「べ、別に単なる一般論だし」
和也はそう言って視線をそむける。
「となると、消耗品だけどすぐにはなくならないものかー」
なにがあるだろうと思考を巡らせてみた。
「スキンケア用品?」
凜夜の美貌を頭に浮かべたら、そんな答えが出てきた。
「スキンケアなんて言葉知ってたんだな、お前」
「言葉ぐらいは知ってるよ! まあ、そんなしっかりやってないけど……」
凜夜ほどの美少年なら、美容に無頓着ということはあるまい。いいものをあげれば喜ばれる可能性はある。
「和也のおすすめは?」
「おすすめっつっても、そいつの肌に合うかどうかだろ。俺は須藤の肌質なんて知らねーよ」
「そ、そりゃそうか……。だったら色々買って、その中から選んでもらうかな」
とりあえずドラッグストアで乾燥肌・脂性肌などそれぞれに適したものを一通り買うことにした。
(安物って訳にはいかないんだよな……。お金がどんどんなくなってく……)
スペシャルチャットを欠かすことはできないので、ゲームや漫画を買うお金を削るしかない。もはや自分のスキンケアどころではなくなっている。
チョコレートと化粧水各種。これらだけでもそれなりの出費だ。
元より、東山家はさほど裕福ではない。七海はかなり無茶をしている。
「凜夜君、喜んでくれるかな?」
凜夜さえ喜んでくれれば、無茶をしている甲斐もあるというものだ。
「俺に聞かれてもな……。そもそも俺と須藤じゃタイプが違うだろ」
「うーん。確かにタイプは違うか。和也はワイルドな感じで、凜夜君は上品な優等生だもんね」
「それは、俺のことも褒めてんのか?」
「ん? ワイルドってのもイケメンのタイプの一つでしょ?」
「お前、よく恥ずかしげもなくそういうこと言えるな」
和也は七海に背を向けて歩き出した。七海も後を追う。
今日のところはこんなものだ。帰るとしよう。
帰り道、和也は真剣な顔つきで告げてきた。
「そうやって貢いでても、都合のいい女として捨てられそうな気がするんだけどな」
ふざけているのではなく、本気で七海を心配しているようではある。
しかし、それを肯定することはできない。
「凜夜君はそんな人じゃないよ! 都合のいい女が欲しいんなら、それこそあたしを振らずに遊び相手にしてるはずでしょ」
言っていて虚しくなるが、現状の自分の立ち位置は理解しているつもりだ。
「信じるってんなら信じればいいけど、後で泣くなよ」
「信じるって決めて最後まで信じ続ければ裏切られることなんてないんだよ。これ、凜夜君の出演作の教え」
哲学的な要素を含んだボイスドラマで、『信じていたのに裏切られた』と口にすることこそが最大の裏切りだと語られていた。
裏切られたと主張するということは、その時点で信じるのをやめたということ。
自分を利用していたとしても、悪事を働いていたとしても、最終的にはその人が正しい道を行くと信じて応援していれば裏切られることなどないのだ。
「ずいぶん凝ったストーリーだな」
和也はいったん目を伏せて考え込み、再び口を開いた。
「須藤を信じるのもいいけど恋人になってくれる見込みがある訳でもないんだろ。もっと身の丈に合った相手と付き合った方がいいんじゃねーの?」
「身の丈に? 和也とか?」
何の気なしに言ってみただけだったが、和也は一瞬動揺した様子を見せた。
「……っ。ま、例えばそういうこったな」
そして和也はなにかをごまかすように胸を反らす。
「でも、あたしは挑戦をあきらめないよ! 絶対に凜夜君の恋人の座を勝ち取ってやるんだから!」
「そうか。まあ、がんばれ」
雑な応援をする和也に一つ疑問を投げかける。
「ってか、和也って、こないだの子と付き合ったの?」
「付き合ってないが?」
「結構かわいい子だったと思うけど、他に好きな子でもいるの?」
ちょくちょく告白されているのだから、そろそろ誰かと付き合えばよさそうなものだ。
「好きな……いるっちゃあいるか……?」
いまいちはっきりしない答え。
「いるんだったら、思いきってぶつかってみなきゃダメだよ!」
「それをやって失敗したのがお前だろ」
「う……」
七海自身、なんの策もなしに凜夜にぶつかっていって玉砕したばかりだ。人のことを言える立場ではない。
「ま、考えとくわ」
話に区切りがついた辺りで分かれ道に来た。
ここから先は帰る方向が違う。
「あっ。これ買い物に付き合ってくれたお礼」
七海はドラッグストアでついでに買ったシリアルバーを和也に手渡す。
「須藤には高級チョコで俺にはこれか」
「不満?」
「まあ、さりげなく買っといたってのは気が利いてるんじゃないか?」
すぐに封を開けてバリバリと食べ始めた和也の表情は、おいしそうというより、どこかうれしそうだ。
「じゃーなー」
「うん。また学校で」
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