第6話「七海の愛」

 入学式翌日の昼休み。

「凜夜君! お昼ご飯一緒に食べよう!」

「勝手に近くの席で食べれば?」

 やはり冷たくあしらわれるが、拒否されていないだけ良しとする。

「ここの席使わせてね」

 凜夜の前の席が空いていたので、その席を離れていた持ち主の女子に許可を求める。

「いいよ。東山さんもめげないね」

 彼女は高校に入ってから知り合ったクラスメイトだ。

 人見知りをしない七海の性格から、既に友達になっている。

 凜夜も、せめて友達にぐらいはなってくれないものか。

 登校途中に買ったコンビニ弁当を机に置く。

「凜夜君のお弁当、高級そうだね。誰が作ってるの?」

「これは母さん。自分で作る日もあるけど」

 七海が尋ねると、凜夜は面倒くさそうに答える。

「そっか。自分でも作れるんだ。あたし、料理は全然できないからすごいと思うなー」

「…………」

 褒めても特に好意的な反応は返してくれない。

 この程度の言葉には慣れているのだろうか。

「学校の勉強と声活動を両立できてるなんてすごいよね。入試も首席合格で、声優としても人気なんてホントすごいよ」

「ボキャブラリー貧困だね」

 凜夜はあきれたように、それでいて感情を大きく出さない調子でつぶやいた。

 確かに今の七海は『すごい』しか言っていなかった。

 仮にも漫画の原作シナリオを書いていてこれでは恥ずかしい。

「いやー、なんていうか……すごいし……それから……」

「無理して褒めなくていいよ」

 七海が『すごい』以外のワードを探していると、あっさり話を打ち切られた。

 なにか他に彼の気を引ける言葉はないかと考える。

 昨日はいきなり告白をして失敗したのだ。もう少し違ったアプローチはないものか。

「あたしさ、ホントに凜夜君のためならなんでもするよ? せめてお友達からでも始めてくれないかなー?」

 会って間もないうちから恋人に、というのは無理があった。だが、友達にぐらいはなってくれてもいいのではないかと思う。

 『なんでもする』の部分は、まだ荷物持ちしかしていないので説得力に欠けるが。

「今の君は、会えると思ってなかった声優に会えて舞い上がってるだけでしょ? 身近にいたらすぐ冷めるよ」

 これは聞き捨てならない。

 そこらの、にわかファンと一緒にされては困る。

「冷めない冷めない! あたしの愛は永遠だよ!」

 必死に訴えかけるが、凜夜の心には届かない。

「口ではなんとでも言えるよ。軽々しく『永遠』なんて言うのも信用できないし」

 もっともな意見だ。

 軽薄な人間ほど、大層な言葉で取り繕う。

 話題を変えるべきか。

「えーと。凜夜君って部活入る? 軽音部でボーカルとか」

「別に考えてない」

 そういえば自分も決めていなかったと気付く七海。

 漫画研究会のようなものがあればそこに入ろうかと思うが、凜夜が何かしらの部活に入るなら一緒に入りたいとも思う。

「音楽の授業で凜夜君の歌聞いたらみんな驚くだろうなー。一般の高校生のレベルじゃないもん」

「それはどうも」

「あたし、ゲームやる時も凜夜君の歌リピートでBGMにしてるよ。CDも出してくれないかな?」

 現状、凜夜の歌は主に動画サイトで公開されている。

 CDがあれば、リッピングして手軽に聞くことができるようになるし、お布施という意味でも買いたい。

「じゃあ、歌動画になにかコメントしといて。まだ全部にはしてないでしょ?」

 ここで少々意外な発言が出てきた。

 ひょっとしたら、サウスマウンテンのアカウントでコメントを残していない動画があることを認識しているのではないか。

 単なる推測ではあるが、声優として、どのファンがどの動画にコメントしているか把握していてもおかしくない。少なくとも声優の凜夜はそのぐらいファンに対して誠実だ。

 何度目かの凜夜放送で『いつもスペチャありがとうございます』と言ってくれた時の感動は今でも覚えている。

「凜夜君ってファンのこと――」

 凜夜に話しかけることに夢中になっていると、弁当を食べないまま予鈴がなってしまった。あわててかき込み、弁当箱を捨ててくる。

 教室に戻った時、凜夜はもう授業の準備を始めていたので、七海も自分の席についた。

 午後の授業中も、七海は凜夜の姿を眺めていた。

(やっぱり綺麗だなぁ。声が一番だけど顔も――。って、さっきの声もすごい良かったよ! うまく話せなかったけど、あんな近くで凜夜君の声聞けるなんてお金払いたいぐらいだよ!)

 クールなキャラクターにも定評があるだけに、先ほどのやり取りも録音する価値のあるものだ。

 物語に出てくるクールなキャラクターは、なんだかんだあって主人公に心を開くようになることが多い。七海は、自分が凜夜にとっての主人公になれることを願っている。

「まずは教科書五ページ目から。須藤」

 現国の教師が凜夜を指名する。

「はい」

 凜夜が教科書を手に起立。文章の音読を始めた。

「田舎とも都会ともつかないありふれた町並み。一人の少女が――」

 有料の朗読劇でもおかしくない、その清らかな声に教室中の女子が聞き惚れているのが分かる。

 男子もおそらく癒しは感じているのではないだろうか。

 一度も読み間違えることなく、凜夜の音読は終了。普段台本を読んでいるだけのことはある。

 午後の授業も終わり、放課後。

「帰りも荷物持つよ!」

「校門まででいいよ。家までついてこられても困るし」

 凜夜はしぶしぶといった態度でカバンを渡してきた。

 大して重い訳でもないので、役に立っていない気がする。

 だが、儀礼的ではあってもファンとして凜夜を尊重しなくてはならない。

「そうだ。なにかあたしにしてほしいことない? 信用できないなら、本当になんでもするとこ見せるよ」

 廊下を歩きながら提案するが、失言だったかもしれないと思った。

 ここで『付きまとうのをやめてほしい』と言われたら、今後どうしていいか分からなくなる。

「じゃあ、明日から昼休みに購買部で牛乳買ってきて。おごりで」

「そのぐらいお安いご用だよ!」

 当然のこととして答えた七海だが、凜夜はどこか感心したように目を細めた。

「そう。じゃあよろしく」

「うん!」

 その後も校門に着くまでの短い時間、がんばって話しかけたが反応は薄い。

 恋人どころか友達への道のりも長そうだ。

「また明日も持つからね」

 校門前で凜夜にカバンを返す。

「どっちでもいいけど」

 凜夜の態度は相変わらずよそよそしい。

 声優としての彼を知っている七海としては『生放送ではあんなにフレンドリーなのに』と言いたいが、『あくまで声優活動の一環だから』という答えが返ってくるのが怖かった。

(やっぱり声優本人からしたら、声オタなんて気持ち悪いのかな……)

 商業の声優などは特に、ファンに対して媚びるような振る舞いをするよう求められるとも聞く。

 凜夜も声優としての人気を確保するために愛想よくしているだけなのだとしたら――。

 七海は頭を振ってネガティブな思考を払う。元気で明るいことだけが自分の取り柄だ。うじうじ悩んでいたら意味がない。

 去っていく凜夜の後ろ姿を眺めながら、振り向いてもらう方法を考える。

(そうだ! プレゼントだ!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る