【第二章】-縮まる距離-
第5話「アタック開始」
入学式翌日。
これから新たに高校での生活が始まる。
朝、七海はいつも以上に早起きをしていた。
「あら、七海。もう起きたの? まだご飯できてないんだけど」
台所には料理中の母がいる。
ダイニングには父の姿もある。
「うん。一刻も早く学校行きたいから」
そう答える七海に、父は不審そうな目を向ける。
「七海がそんなに勉強熱心だったとは知らなかったな。なにかやましいことでもあるんじゃないか?」
子供が勉強しないと怒られ、勉強すると怪しまれるという奴だ。
別に隠すようなことでもない。教えておこう。
「学校でね、あの凜夜君と同じクラスになったんだよ。奇跡としか言いようがないでしょ。一秒でも長く一緒にいたいから」
父も母も驚くと同時に納得もした様子。
「凜夜君というのは、いつも七海が応援してるっていう?」
「そう! すごいでしょ!」
父に言っても、このすごさは十分伝わらないだろうが、できる限り強調しておく。
「七海はその子のこと好きなのよね? お付き合いできそうなの?」
母の問いには、楽観的な返事ができない。
「いやー、一回振られちゃってね……」
「ダメじゃないの。相手は有名な声優さんなんでしょ? やっぱり七海の手が届くような人じゃないのよ」
「いや! でも、あきらめないよ! そのために今日も朝早くから行くんだから!」
七海がモテるような女でないことは両親が一番よく知っている。
「まあ、努力するのはいいけど、勉強も忘れないようにね」
「万が一付き合ってもらえることになったら、父さんにも会わせなさい。将来、嫁にもらってもらえるように頼み込むから」
「万が一って……。お父さん、せめて『もし』ぐらいにしてよ」
両親からの信用のなさに肩を落としつつ、玄関に向かう。
「朝ご飯とお弁当どうするのー?」
「適当にコンビニで買っていく」
母の声を背に家を出て、愛しい人と会える学校へ急ぐ。
七海が学校に着いたのは、校門が開くのとほぼ同時だった。
七海はすぐ教室には向かわず、校門の前で凜夜を待つことにする。
今のところ凜夜に恋人はいない。
チャンスのあるうちにアタックしなければ。
「なんだ、そんなところに突っ立って何してる?」
生活指導の教師に声をかけられた。
「待ち合わせ……みたいな感じです」
勝手に待っているだけだとも言えず、ぼかした表現になってしまう。
「授業の十五分前には教室に入れよ」
「それは大丈夫だと思います」
凜夜が遅刻してくるとは考えにくい。おそらく余裕だろう。
案の定、凜夜はかなり早い時刻に登校してきた。
普段通りに家を出ていたら間に合わなかったかもしれない。
「凜夜君!」
「ん……? 東山さん……だっけ?」
「うん! 覚えててくれたんだね!」
冷めた目で見られても、できる限り明るく返す。
本名を覚えてもらえていたのは純粋にうれしい。
「なんでこんなとこにいるの?」
「凜夜君の荷物持ちをしようと思って」
小さなことからコツコツと。
どうにか好感度を上げていかなければならない。
「そんなことしても付き合わないよ?」
目を細める凜夜に、七海は笑顔で答える。
「恋人じゃなくても、推しの荷物持ちができるのは光栄なことだよ。迷惑じゃなかったら持たせて」
一瞬ためらいを見せた凜夜だが、素直にカバンを渡してきた。
「物好きな人。従者でいいんだ」
教室までの短い時間。少しだけ並んで話をすることができた。
「昨日の放送、凜夜君の漢字間違えてる人いたよね? あたしは絶対間違えないよ」
「そう。人の名前間違えるってかなり失礼だからね」
「凜夜君、首席合格なんてすごいよね。どんな勉強法使ってるの?」
「それ、生放送で聞いても同じじゃない?」
「あ、いや……まあ、そうなんだけど……」
「なんとなく勘でやってるかな。人に教えられるようなテクニックは使ってない」
最低限のことだけではあるものの、質問には答えてくれる。
ネット越しではなく、すぐ隣にいて顔も見ながら話せるのはそれだけでもありがたいことだ。
あっという間に教室に到着。
自分の荷物を席に置いた上で、再び凜夜のそばに行く。
ただ、凜夜は授業の予習をしているらしい。
「えーと。今、話しかけたら邪魔かな……?」
「うん。邪魔だね」
言葉はキツいが、口調はそこまででもない。
邪険にされているという気分にはならなかった。
仕方がないので自分の席に戻る。
「おーす、七海」
しばらくすると和也も登校してきた。
授業開始には余裕がある。十五分前行動。不良にしては殊勝なことだ。
「須藤のことは吹っ切れたのか?」
「今日は荷物持ちをさせてもらったよ」
ピントのずれた七海の発言に、和也はあきれたという反応をする。
「あきらめてねーのかよ。なんだ、荷物持ちって。そんなことがしたいのか?」
「したいことの一つではあるね。ファンとして推しの負担は少なくしてあげたいから」
「ファンとしての活動もいいけど、シナリオ書いてこいよ。お前、絵描けないんだから、俺を逃したら漫画家なんてなれねーぞ」
多くの漫画家志望者は自分の描きたいものを持っている。わざわざ他人のシナリオを原作として使ってくれることはなかなかない。
そして、漫画原作の新人賞というものもあまりないため、タッグを組んでくれる相手がいるのは幸運なことだ。
「なんならここで打ち合わせするか?」
「そうだね」
凜夜が構ってくれないなら、他にすることもない。
和也が、以前七海から受け取ったシナリオを印刷した紙を取り出す。
「まずここで主人公の女が『こんな奴初めて見た』って反応してるだろ。でも、そのあとの回想シーンでも同じようなの見て『またか』みたいな反応してる。順番的に逆じゃねーか」
「あ! そっか!」
勢いだけで書いていると、矛盾に気付かないことがある。もう少し作品を客観視しなくては。
「とりあえずメインキャラのラフ画は描いてみたぞ」
和也の広げた漫画の原稿用紙には、ラフとしては丁寧な線でイラストが描かれている。これも不良らしからぬ技術だ。
「おお! いいじゃん!」
主人公の少女については特に注文をつけていなかったが、美少女ではないなりに見栄えの悪くない上手くバランスを取ったデザインになっている。
周りの男性キャラクターたちは美形揃い。これは七海の趣味に合わせた結果だ。
現代日本を舞台にしつつ、妖怪などが登場するバトル物ということで、各キャラクターの武器なども描かれている。
「あ、でも凜夜君に演じてもらう子は、もっと綺麗にして」
「これ以上か? 須藤のこと神格化しすぎじゃね?」
「ほら、見てみてよ。実物の凜夜君も超美形でしょ。キャラクターが負けてちゃダメじゃん」
七海は、教科書を読んでいる凜夜の方を示す。
美少年は勉強をしている姿も様になっている。
「お前、『男は声が命』って言ってなかったか?」
「声が一番だけど、顔もいいに越したことはないよ。それに今どき美形キャラがいないと漫画界で勝負できないでしょ」
「いまいち釈然としないが、まあいいか」
キャラクターデザインの話がまとまったので、ストーリーについて話し合う。
七海の書いたシナリオの矛盾点などを洗い出していく。
「あとこれ、バトルがあること別にしたら少女漫画じゃね? 少年誌に持ち込んでいけるか?」
和也が根本的な問題を指摘してきた。
少年漫画を読んで育ってきた七海としては少年誌で連載したい。
しかし、七海も一応女子。つい、女主人公の周りに美男子のキャラクターが多数いるような作風で書いてしまう。
「バトルしてるんだし少年誌でいいじゃん。少年誌は女子も読むし」
「つか、お前、須藤一筋じゃないのか? 須藤のキャラ以外にもイケメン出すのかよ」
「う……。そこは……凜夜君のキャラが他の女と仲良くしてるの嫌だし……」
こうした考えから、主人公以外の女性キャラクターは主人公のかませ犬や敵になってしまい、味方は男性キャラクター中心になっていた。
「みんな席につけ。朝のホームルーム始めるぞ」
担任教師がやってきたことで、漫画制作の打ち合わせは中断。
ホームルーム後の授業では、初日ということで教師の自己紹介などが中心だった。
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