第4話「二つの顔」

 高校で凜夜と奇跡の出会いをしたものの、あっさり振られたあとの帰り道。

 行きと比べてなにかを失っている訳でもないのだが、足取りは重くなっていた。

 少しでも自分を慰めようとスマートフォンで音声作品を聞く。

 振られてもなお、凜夜の出演作だ。

『――君と出会って一年経つんだね。来年も同じクラスになれたらいいな。えっ? 違うクラスになっても会いにきてくれるの? うれしい。約束だよ』

 リスナーとキャラクターが同級生という設定のものである。この状況では聞く気になれない人も多そうだが、七海の場合はそうでもない。

 ただ、感傷的にはなる。

(本物の凜夜君もこんな風に言ってくれたらなぁ……)

 キャラクターと声優が別なのは分かっているが、生放送での交流もあったのだから、もう少しなにかあってもよかったのではないか。

 うれしそうに『いつもコメントくれるあの人なんだね!』みたいな反応をしてくれることを期待していた部分があったのだ。

 いっそ相手の本性が最悪で幻滅したなら楽だったかもしれない。

 だが、実際には凜夜の言い分が正しい。

 冷たい態度ではあったが、品はあって、到底嫌いになれる人柄ではなかった。

 ボイスドラマのキャラクターであれば、最終的に主人公と結ばれることが分かりきっているため、最初はこのぐらい素っ気なくても許容できる。

 現実だと自分になびいてくれる保証がないから苦しいのだ。

 帰宅後は夕食を済ませてから自室でパソコンに向かう。

 今日も凜夜放送を聞かなければならない。

 タイトルは『進学記念放送』となっている。

「こんばんは。須藤凜夜です。音量は大丈夫でしょうか?」

 凜夜の声が聞こえると、画面には『大丈夫です』というコメントが流れる。

 まぎれもなく、学校で聞いた凜夜の声だ。

 七海は『こんばんは』というコメントと共に三千円の投げ銭をする。

 学校で『一万円入れてくれたら読む』と言われたが、その通りにすると、かえって関係が終わってしまいそうな気がしたので金額は控えめにしておいた。

(名前呼んでもらえるかな……。もうダメだったりして……)

 告白などしてしまったがために、生放送でも距離を置かれてしまうのではないか。

 ドキドキしながら待つ。

「――サウスマウンテンさん、三千円ものスペチャありがとうございます」

(……! 呼んでもらえた……!)

 声優とファンとしての縁まで切られた訳ではない。

 ならば少なくともファンとしての応援をやめることはない。

「タイトルから察しがつくとは思いますが、今日は高校の入学式でした。うっかり首席で合格してしまったので、壇上であいさつなんてさせられて緊張しました。人前で話すの苦手なので、せめて声は事前に録音したものを流すだけにさせてほしかったですね」

 自慢話ではなく、笑い話として語る凜夜。

『速報。凜夜君、声だけでなく頭も良かった』

 さっそくコメントが流れた。

「お褒めいただきありがとうございます。あ、速報はいいんですけど、別の配信者さんのところに書き込まないでくださいね。共演した声優さんとか。僕の方は構わないんですけど、そっちの放送にいる人が混乱してしまうと思いますので」

 凜夜は丁寧な口調でコメントのマナーを説明する。

 声優同士はつながりがある場合が多いので、ついリスナーもそこにいない声優の話題を出してしまいがちになるのだ。

 しかし、リスナーが全員両方の声優のファンとは限らないので、大抵の配信者がこういうルールを設けている。

 頭ごなしに禁止とするのではなく、こうしてリスナーへの気遣いをしている凜夜を見ると、冷たい人ではないと感じられる。

 演技でやっていると言われればそれまでだが、この凜夜が単なる作り物だとは思いたくなかった。

 続いて他のリスナーのコメントも流れる。

『凛夜君の制服姿尊い……』

「見てないでしょ」

 凜夜はさらりとつっこみを入れた。

 実際に見た七海としても、『尊い』というのには同感だ。

 何を着ても似合うであろう美少年だが、制服のようなきっちりした格好が優等生らしい彼のイメージと符合する。

 ただ、逆にカジュアルな服装も見てみたいという欲をかき立てられるのが困りもの。

 次のコメントで、七海は重大な見落としをしていたと気付かされる。

『凜夜君の漢字間違えてる奴は素人。玄人は辞書登録してる』

 コメントを遡ると『凜』の右下が『示』になっていた。

 自分が間違えた訳ではないが、すぐ気付かなかったのは痛恨のミスだ。

「あ、ホントだ。間違ってる。僕の『凜』は右下が『禾』だからね。パソコンの変換でなかなか出てこないけど、よかったらこの機会に覚えてもらえれば」

『すみませんでした!! これで許してください!!』

 平謝りしながら一万円の投げ銭をするリスナー。

「いや、お金払うほどじゃ……。本当に受け取っていいんですね!? 一万円ですよ!?」

 フルプライスのゲームソフトを買ってお釣りが来る額だ。社会人だろうか。

「失礼しました。大きな声出さない方がいいですね。これから寝る人もいますし」

 こうしてリスナーの財布事情を心配している凜夜の声を聞くと、学校での冷たさがウソのように感じられる。

 放送を聞きながら、告白のセリフを反省する。

(『なんでもします』じゃ、あいまいすぎたかな……。作品全部聞いてるとかは当たり前だし……。似たようなこと言う人、他にもいそうだな……)

 あれだけの美少年だ。声優としての人気を知らなくても、何人もの女子が告白してきただろう。

 中には必死な者もいたはず。彼女らとの違いを示せなければ脈はない。

(口先だけじゃないって証明しないといけないか……)

 本当にどんなことでもするだけの覚悟があると。

 しかし、告白を受けてきただろうと考えた時点で、一つ疑問が浮かぶ。

 あの時一緒にいなかっただけで、既に恋人がいるのではないか。

 だとしたら、恋人を探していないのは当然だ。

 気がかりなことはあるが、引き続き凜夜放送を聞く。

 すると、なにかを削っているような音がわずかに混ざってきた。

「あー、この音。うちのマンションの近くで工事が始まったみたいで。うるさくてすみません」

 申し訳なさそうな凜夜に対し、過激なコメントが。

『今近くで工事してるマンションを総当たりだ!』

「特定しようとしないでください。っていうか、絶対無理でしょ」

 近所で工事をしているマンションなど日本全国で一体何か所あるのか。

 冗談だろうが、七海も凜夜の住所を知りたくないと言えばウソになるので複雑な気分だ。

 今度は質問コメントが書き込まれる。

『凜夜君って彼女とかいるんですか?』

(……‼)

 質問の内容を見てビクッとした。

 まさに七海が気になっていたことだ。

「恋人はいません。いたこともありません」

 この回答に対しては、別の意味でまずいコメントがつく。

『それってつまり、ど……』

「それ最後まで言ったら二度とコメント読みませんよ。たとえスペチャでも読みませんよ」

 凜夜は、聞く者を戦慄させるような鋭い声で返す。かなりお怒りだ。

 七海としても許しがたい。

(なんて失礼なヤツ! 凜夜君はあたし以外の女と恋愛なんてしなくていいんだよ!)

 だが、ここで思う。

(そうか……凜夜君、彼女いないんだ。聞いてくれた人グッジョブ!)

 それなら、まだチャンスがあるはずだ。

「最後は楽しい話題にしましょう。近々、ロールプレイの音声に挑戦するつもりなので、よかったら聞いてください。あ、それから、前に上げた姉弟物の続編もシナリオ書いてます。ちょっと意外な設定も出ますので、こちらも待っていていただければ。それでは、お疲れ様でした。おやすみなさい」

 すぐに怒りを収めた凜夜。そのあいさつから放送時間終了までの数秒間に多数のコメントが流れる。

『お疲れ様でした!』

『おやすみなさい』

『高校生活がんばって!』

『新しい音声、絶対聞きます!』

 七海はというと。

『楽しい高校生活送ってね!』

 こうコメントしておいた。

 自分と付き合うことで恋愛面でも充実した学園生活になる――だといいな、という希望を込めて。

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