第3話「冷たい態度」
入学式を終えて。
一年生の教室に移動すると、運のいいことに新入生代表の凜夜は同じクラスだった。初めにクラス分けを確認した時には気付かなかった。
若くて真面目そうな担任教師が入ってきて、学校生活についての説明をしたのち、各生徒に自己紹介を促す。
(同一人物……? でも、ネットで活動する人って大体本名じゃないから、逆に別人という可能性も……)
その他大勢の自己紹介など、まるで耳に入ってこない。
そんなことよりも、入学式で聞いた声を思い出す。
(いや! あの声は声優の凜夜君だった! 何千回も聞いてきたあたしには分かる……!)
自己紹介で凜夜の番が回ってきた。彼は丁寧な所作で席から立ち上がる。
「須藤凜夜。得意科目は現代国語と音楽。趣味は歌とおしば……歌です。よろしくお願いします」
(そうだ! この声だ!)
ますます確実性が高くなってきた。声優の凜夜は歌もアップしている。
それに、お芝居とも言いかけていたようだった。きっと音声作品でキャラクターを演じていることを指しているのだ。
同じ学校、同じクラスにあの須藤凜夜がいる。そう思うと胸の鼓動がどんどん速くなっていく。
「東山。次、お前だぞ」
いつの間にか自分の番になっていた。
あわてて起立する七海。
「あっ、えっと……。東山七海、しゅ、趣味は音声作品の鑑賞です。よろしくお願いします」
普段ならもう少しおどけた調子になるところだが、まるであがり症の人のようなしゃべり方になってしまった。
『音声作品』というワードが何を指しているのかは、その他の生徒に伝わっていないだろう。
教室内にいる凜夜が声優の凜夜であることは、ほぼ確定となっている。
だが、どう話しかけたものか。
後半には和也の自己紹介もあった。
「真野和也。あっちにいる東山七海と組んで漫画家目指してる。サイン欲しい奴は今のうちに声かけてくれよ」
和也は七海を指差して笑いつつ自身の夢を語った。
ホームルームが終わるまで、最大限頭を働かせて考え続ける七海。
(凜夜君がこんな近くにいる! 話しかけたい……! で、でも、いきなりで変に思われないかな……。本来ならあたしが漫画家デビューしてから――)
アニメ化された漫画の原作者なら声優と対等以上の立場。しかし、現状の七海はただのファンだ。
(いや、あたしと凜夜君は、凜夜放送で何度もやり取りしてる。常連だからしっかりハンドルネーム覚えてもらってるし……!)
話しかけるのはいいだろう。あとはどう話しかけるか。
(なんかこう無難な話題から……? そんなのあたしらしくないな。ここはあたしの熱い想いを一気に……!!)
このチャンスを逃す手はない。うかうかしているうちに他の誰かが告白するかもしれない。善は急げだ。
ホームルームが終わると、七海はすぐに席を立ち、凜夜の元へ向かう。
「あ、あのっ! 声優の須藤凜夜君ですよね!?」
思わず敬語口調になってしまう。
「そう……だけど」
本人が認めた。もう間違いない。
座った体勢で七海を見上げるその顔は端正で、声からイメージする清らかさとピッタリだ。
「いつも放送聞いてます! あ! あたし、ハンドルネーム、サウスマウンテンです!」
「ああ……」
心当たりがあるという反応だ。やはり覚えてくれている。
「音声作品もボイスドラマも全部聞いてて! ずっと応援してました!」
頭が熱を持って、自分が何を言っているか把握するのに苦労する。
だが、伝えなければならない。
「それで、その……! 好きです! 凜夜君のためならなんでもします! だから、付き合ってください!」
言いきった。ありったけの想いを言葉にしてぶつけた。
凜夜はどう答えてくれるのか。
「そういうのはスペチャで言ってくれる? 一万円入れてくれたら読むから」
熱烈な愛の告白を受けても、凜夜はすました顔でツンと虚空に目をやった。
『ありがとう』も『ごめんなさい』もない。
「えっと……、一万円入れたら付き合ってくれるとか、そういう訳では……」
「読むだけ」
困惑している七海に凜夜の冷たい声が突きつけられた。
告白へのちゃんとした返事はもらえないのか。
「じゃ、じゃあ、なにか『こうだったら付き合う』みたいなのは……?」
「ないよ」
「あたし、本当に凜夜君のこと好きで……言ってくれればどんなことでも……」
横目で七海を見た凜夜は、つれない態度のまま。
「君が好きなのは声優の須藤凜夜でしょ。僕とは初対面じゃない。僕も君のこと知らないし。それで好きとか言われてもね」
生放送やSNSでは何度もコメントのやり取りをしてきた。
しかし、凜夜にとって自分たちは互いのことをなにも知らない初対面の者同士だと。
「そ、そこをなんとか……」
「どうにもならないよ。そもそも僕、恋人探してないし」
七海がなにか凜夜の気を引く方法がないかと思案しているうちに、彼は帰り支度を終えて立ち上がった。
「ま、待って凜夜君……!」
「さよなら。知らない人」
凜夜は足早に教室を出ていってしまう。
呆然としたまま教室に残された七海。
周りの生徒はというと、あまりに熱狂的な告白に引いている。そして、その無残な結果に冷笑する者も。
意気消沈した七海は、自分の席に戻って机に突っ伏す。
「ああー……」
簡単に付き合ってもらえるとは思っていなかったが、ここまで相手にされないとは。
振られたからといって、新しい恋を探す気にもなれず、依然として凜夜への想いが心に残っている。
これからどうすればいいのか。
「七海。元気出しなよ」
「うう……」
中学時代からの女友達が数人そばに来てなぐさめてくれた。
しかし、彼女らも七海の行動は無謀だったと思っているようだ。
「あんないきなり告っても振られるに決まってんじゃん。ただでさえ、向こうイケメンなのに」
「一応、交流自体はあったんだけどね……」
生放送を聞いているうちに、七海の側は知り合いにぐらいはなったつもりでいた。
対して、凜夜からすれば七海はたくさんいるリスナーの一人にすぎない。
作品を買ったり投げ銭をしたりしてくれているから好意的に接していただけで、凜夜にとってのリスナーはビジネスの相手でしかなかったのだろうか。
彼は、七海が好きになったのは声優としての自分だと言った。つまり声優としての凜夜と、七海の同級生としての凜夜は同じであって同じでない存在なのだ。
音声作品のキャラクターが演技なのは当然だが、生放送は素でしゃべってくれているものと思い込んでいただけにダメージは大きい。
「だからファンとして応援してるだけじゃダメなんだって。せめてなんか声優と関わりのある仕事でもしてねーと」
和也が七海の後ろの空いていた席に座った。
「和也……」
「金払ってるっていっても、付き合うかどうかって話だと一介のファンより声優の方が上だろ。こっちがアニメ化作家にまでなったら、もう少し態度も変わるんじゃないか?」
「それは……そうか……」
当初の予定ではそうだった。
偶然にも同級生になれたことで気が急いてしまっていたか。
「それにしても、あれが七海の言ってた凜夜君なんだね。最近の声優は見た目もいいって聞くけど、ホントなんだ」
七海の友人の多くは声優について詳しくない。凜夜の出演作を勧めてもなかなか聞いてもらえなかった。
「いや、同人声優は基本顔出さないから、ちょっと事情が違うかも。あたしも凜夜君の顔は今日初めて知ったし」
七海の話を聞いた女友達はあきれた様子。
「七海の方も須藤君の顔知らなかったんじゃ、須藤君からしたら、なおさら七海なんて他人じゃん。告白する前に、もうちょっと親交を深めとくべきだったんじゃないの?」
「やっぱりそうか……」
判断を誤った。なんとかやり直すことはできないものか。
「とりあえず、一足飛びに恋人になれるとか考えず、漫画のシナリオ書けよ」
和也の意見が建設的ではあろう。
ただ、凜夜と同じクラスになれた幸運は簡単に七海の頭を離れないのだった。
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