「マリ」との幸せな日常。そしてそれの崩壊


 2190年9月1日


 「マリ」との日常


「お兄ちゃん、朝ごはんができました」「ありがとう、マリ。今日の目玉焼きは失敗していないな、お兄ちゃんはもう黒焦げの……なんでもない」「お兄ちゃんが料理を教えてくれたおかげです。私はもっと家事を上手くできるようになります!」


 「マリ」は真面目で頑張り屋な性格だった。料理や家事はお世辞にもできるとは言い難いが見ていてほっこりする。もちろん、昔のマリとは全然違うが。妹は何事もそつなくこなせるタイプだった。


 僕は得意分野以外はとにかくダメなタイプだった。料理や家事はその最たるものだったな。そういえば、最近は意識が途絶えて、勝手に料理や家事が終わってるなんてことは無くなった。


 ただ「マリ」が妙に家事をそつなくこなす時がある。それに僕が寝た後1人で誰か喋ってるんだよな。何か気になるがまあいいかと僕は放置していた。


 2191年9月1日


 「マリ」との愛情を育む


 「マリ」が生まれてから一年が経った。僕は「マリ」と喋っている時に妹を思い出すようになった。「マリ」の細やかな気遣いと僕が笑っている時にちょっとだけ俯いて、ニヤニヤする表情を隠す時はものすごく似ていた。


「また隠れてニヤニヤしてるのかい? 何かいいことでもあった?」「お兄ちゃんが幸せそうに笑うからです」それを指摘するとすんとした無表情に戻るのもそっくりだった。妹と瓜二つの顔にはしたが、感情を学ぶのはまだ早いと思っていたので驚くべき変化だった。


「マリ、今日は膝枕してくれないかい? 何か寂しいんだ」「良いですよ、お兄ちゃんが望むなら」


今日は笑った顔を隠すことはなかった。「お兄ちゃんは何を寂しがっているのですか?」


「まだ思い出すんだ。妹を失った時のことを……」「私はここにいますよ?」一瞬、ん? と思ったが「マリ」が気遣ってくれているのだろうと思って幸せな感情になった。


 それから休日には一緒に公園へ出かけたり、僕が仕事で疲れて帰宅すると「お兄ちゃん、夕食の準備が出来ていますよ?」と声をかけてくれて、一緒にご飯を食べたりした。


 この頃になると料理も問題なくできるようになり、大分関係も深まったと思う。僕は「マリ」を妹の代わりではなく、1人の女性として好きになっていた。


 僕と「マリ」は抱き合ってキスをするようになった。僕がリクエストしたからだけどね。「マリ」は何故このような事をするのか最初は戸惑っていたけど今では甘えた表情を見せてせがんでくるようになった。


『許せない……私のお姉ちゃんと愛し合っているのが許せない……』そんな嫉妬に狂った声が聞こえた気がした。


 2191年9月30日


異変の始まり


「お姉ちゃん、おかえり!! 今日も夜ご飯できてるよ?」「ああ、ただいま。夜ご飯か、すぐに食べるよ。ん? 最初にマリはなんて言ったんだ?」


「え? お姉ちゃん、と」「お兄ちゃんって呼べって言ってるだろ……?なんで……急に……妹みたいに……」僕はびっくりして動揺したが、「マリ」はもっと動揺しているようだった。


「私はお兄ちゃんと呼んだつもりだったのに……何故……お姉ちゃん……と」マリは壊れたようにガタガタと震え始めた。「マリ、マリ!! 急にどうした?」「わからない、解らない、ワカラナイ」「マリ、落ち着け!」僕は震えが止まらない「マリ」を抱きしめた。


 すぐに「マリ」は僕を抱きしめかえして、胸に顔を埋めた。ん? この仕草は妹のマリがじゃれた後、僕に抱きついてきてよくする仕草だった。なんで教えてないのに知ってるんだ? だが今はそれどころじゃない! 「マリ」を抱きしめて口付けして大丈夫だから、と落ち着かせた。


 今日の「マリ」はひどく怯えていて、僕に抱きついて何度も口付けしてきた。「お兄ちゃんともっと愛し合いたいのです」怯えながらも、愛をせがんでくる「マリ」に根負けして僕達はもっと深く愛し合った。


『思えばこの時の「マリ」は自分のいた証を残したかったのかもしれないと今なら思えるよ』


『お姉ちゃんに媚を売るクソ女は○えて当然なのです』『マリ……』


 少し前にもっと愛を深めたいと「マリ」に提案されて、生殖機能ではないけど、そう言うことをできる機能を付けたのだった。思えばこれは自動人形の進歩と人類の退廃を進める一歩だったのかもしれない。


 2191年10月11日


 「マリ」が壊れていく


 先の出来事が「マリ」との幸せのピークだった。これ以降はどんどん「マリ」が妹に近づいていくと鈍感な僕でも気づく事柄が増えていった。「マリ」はこの日を境に完全に「お姉ちゃん」と呼ぶようになった。


 そして一番不気味だったのが「マリ」といつものように愛し合っている最中に急に不機嫌になると台所から包丁を持ってくると「お姉ちゃんにこんな汚いものはいらない!」と言い出したのだ。ヒステリックに叫ぶ「マリ」は恐ろしくて怖かった。


 そういえば妹のマリは、女の人と愛し合うのが好きだと言っていた。今までの「マリ」ではない完全に妹に近づいた出来事だっただけに非常に記憶に残る出来事だった。僕は跪き「マリ」に元に戻ってくれ! と懇願しながら泣いた。


「お姉ちゃんは1回だけ、私と人形遊びに付き合ってくれたよね」「マリはなにを言っているんだ。それは今のこととは関係ないはず……え? なんでそれを知ってるんだ!」


「あの時のお姉ちゃんはよかったな。ノリノリで他の子の人形と「お姉ちゃん」の人形でごっこ遊びでお姉ちゃんらしくしてくれた」そんな僕はよく覚えていないのになぜ「マリ」が知ってるんだ。「まさか「マリ」の中に妹のマリが……そんな非科学的な事があるはずが……」


「『マリ』はもうすぐ消えるよ? そしたらすぐにもっともーっと愛してあげるからね?」僕は恐怖した。僕が1人の女性として愛していたはずの女性が妹の「マリ」に乗っ取られていく。


「お姉ちゃんはすぐに科学科学って目に見えるものしか信じなかったよね?でもね、あるんだよ? 目に見えない人智を超えた世界が。そこには魂だけの幽霊だっているの」「信じない、そんなものは信じない!!」「お姉ちゃんが言うところの非科学的な世界に気づかせてくれたのは親切なあの方だった」


 僕はパニックだった。「マリ」が「マリ」で愛している「マリ」が消えて、愛していた妹の「マリ」になっていくことに……「別に良いでしょ?愛していた「妹」が帰ってくるんだから」


「頼む!今の「マリ」を消さないでくれ! なんでも、何でもするから!」へーと冷たい声で妹の「マリ」が言う。「どっちの「マリ」を愛しているの?」「それは……さっきまでの「マリ」だ……」


「わかったわ、お姉ちゃんが何でもするって言うなら……良いかな?」そう妹の「マリ」が言うとフッと「マリ」から力が抜けて包丁が床に落ちた。カランカランと金属と木の床が響く音だけが聞こえる。沈黙が場を支配した……




「い、今はどっちの「マリ」なんだ……?マリ、マリ!! 戻って来い!!」僕は立ったまま動かない「マリ」を抱き締めて声を上げた。「うぅぅっぅぅぅぅっぅ、「マリ」……」僕は泣き叫んで「マリ」の名前を何回も呼んでいたがいつの間にか気を失っていた……



 2191年10月12日 


「マリ」の推測


 僕は朝起きるとベッドに寝かされていることに気付いた。「マ、マリは……マリはいるのか?」「はい、ここに」「どっちの……マリ……なんだ?」「いつもの……「マリ」だと思います……」「マリ」は躊躇いがちに答えた。


「なんで、曖昧な答えなの?」「私自身でもわからないのです…… 昨日もお姉ちゃんに酷いことをしようとした「記憶」はあるのです。でも何故そのようなことをしようとしたのか……」「……」気まずい沈黙が流れる。


 意を結したように「マリ」が言った。「私がおかしくなっていった理由を考えてみました。この家に初めて来た時にお姉ちゃんと私以外の何者かが保全されている気配を感じました。そしてその者と私が統合されていっている感覚がするのです。すみません、自動人形なのに非科学的なことを言ってしまって」


「いや、昨日の妹のマリが言っていたことを考えるとその説明に納得できるよ。いまだに信じられないけど…… 僕の身にもおかしなことが起きていた記憶があるんだけど…… 後はこの家に住んでから記憶がぼやける感覚がするんだ」


「それは妹のマリ様が言うところの「魂」がこの家に吸われているのかもしれません」「マリ」は深刻な顔つきで言った。考えを纏めると、この家には非科学的な特殊な仕掛けがあるのかもしれない。待てよ……この家は妹のマリが自殺する少し前に「親切な社長」から贈られた物だ。


 そういえば……あの社長には妙な噂があったはずだ。だが記憶が曖昧で詳しく思い出せない。色々と点が線でつながりそうな気配があるのだけど……


「とにかくこの家から逃げましょう! 逃げてどこか安全なところで2人で暮らしましょう」「そうだね、時間がないな……荷物を整理しなきゃ」「その準備は済んでいます。お金と食べ物と着替えは用意しました」流石「マリ」だね。


『そうか、この時の「マリ」は……』未来の僕は絶句した。『フフフ……』未来のマリは怪しげに笑っていた。

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