マリの再誕

 2188年5月8日 


 研究の開始


 僕は久しぶりに日記の続きを書いている。今は孤児院の頃には出来なかった高度な工学の勉強をしている。僕は愚かな子供のままでは居られない。「マリを作り出す……僕の手で……!」お金は昔寄付をしてくれた社長が投資だと言って高度な専門教育を受けるお金を出してくれた。

 

『フフフ、マリのことを思ってお姉ちゃんは一生懸命勉強したんですよ。私はそんなお姉ちゃんをいつも見ていましたから……』いつも見ていたと言う言葉に日記を読んでいる僕は死んだ目でうなづいた。 


 勉強をしながらもマリのことを思い出す。マリは人形遊びが大好きだったが可愛がり方が少し怖かった。


 人形の髪を切ってよく髪型をかえていたんだけど、人形の髪は当然ながら生え替わらない。最初の頃は孤児院の女の子の切った髪でカツラを作っていたんだけど……それでも足りなくなると他の女の子の遊ばなくなった人形の髪からカツラを作るようになった。


 だけど……それでも足りなくなって僕に言ったんだ。「お兄ちゃんの髪の毛切らせて?」無邪気な笑顔で言うマリに怖くなって「気持ち悪い! どっか行け!」と言ってしまったんだ。


 でもあの時のマリは忘れられないくらい怖かったんだ。あの時の判断は間違ってない。




『この子供の頃を境にマリは狂っていた……ような気がする。僕の記憶はもう曖昧だ』僕は死んだ目で呟いた。何故あの選択をしたのか……いやあれは……最善だったはずだ……


『私は狂ってなんかいませんよ? お姉ちゃんを心の底から愛していましたし、お人形さんみたいに着せ替えたいとずっっと思っていただけなんです』この時ばかりはマリは狂ったような笑顔を隠せていなかった。




 たまに疑問に思う時がある。マリを……正確にはマリの自動人形を作りたいとなぜ思うようになったのかって。


 いつからこの執着に取り憑かれるようになったか思い出せない。不思議なことと言えば他にもある。


 一人暮らしをしている家のことだ。何故かわからないが意識がなくなっていていつの間にか料理や洗濯が勝手に済んでいる時があるんだ。寝室の扉が1人でに開く時もある。自分が女の子になっている夢も見る。




『お姉ちゃんは料理や洗濯をするのがおぼつかないので手伝ってあげたんですよ?もっとマリに感謝して甘えてくれてもいいんですよ』「マリ」は僕に擦り寄ってくる。これはあの頃の「マリ」がよく見せていた仕草だ。


『マリはこの時からずっと僕のそばに居たのか……』僕は「マリ」の頭を撫でながらその狂気を隠しきれていないマリの目をじっと見つめた。


『それは「親切なあの方」の「教え」のおかげですよ』幸せそうな「マリ」を僕は肯定も否定もできなかった。




 よくわからないな……最近勉強のしすぎで疲れているのかもしれない。早く寝よう。



 2190年5月8日 


 後一歩…なのに


 あれから2年が経った。僕は天才と呼ばれる部類だったようで現代工学の全てを納めることが出来た。だがまだ足りない……自動人形の理論はできているが脳の働きをする素材が作れない……何か技術革新が起きれば……!


 マリの自動人形の体はもうできているんだ。あとは脳だけ……くそ、僕の力のなさが恨めしい。マリがいない世界なんて死んでるも同然だ。


 そう言えば寄付や奨学金をくれた親切な社長は製薬会社の社長なんだけど、ニュースで革新的な新素材をもうすぐ作れそうだと言っていた。その新素材を楽しみにしておこう。


「そういえば、ネットニュースで「親切な社長」には裏の顔があって、オカルト教団のトップだって噂があるって見たな。しかも自分のことを預言者って名乗ってるだなんて……馬鹿らしい」


 僕は1人呟いて、すぐに研究の事を考え始めたよ。僕の記憶は必要な事以外はだんだん曖昧になっていてこの呟きもすぐに頭から消えた……


 2189年7月7日


 新素材の発表


 ついに新素材が発表されたよ! それは「生体金属」ではなく言わば歯の治療に使われるインプラントのようなものを更に人体に副作用なく使える金属にした「成体金属」と言う素材らしい。


 これならマリの自動人形の脳に使える! 詳しい説明は省くがこの新素材は人間の細胞に似た構造で脳細胞の仕組みを全て解明できている21世紀末期なら問題なく脳に限りなく近いものを作り出すことができるだろう。希望が見えてきたよ。


『僕はこの時希望とやる気に満ちていた。今思えば……』僕は2人の操り人形だったのだろう。そう呟くと諦めたように呟いた。


 2190年8月1日


「マリ」の再誕


 ついにマリの自動人形を作り出すことに成功した! この自動人形の名前はもちろん「マリ」だ。妹は帰ってこないけど「マリ」のそばにまたいられるから……! 自動人形の製造方法は特許にして公開した。僕は多幸感に浸っていた。


 遂にこの時がやってきた。「マリ」を起動する時が来たのだ。僕はこれまでやってきた勉強や苦労とマリに会えなかった寂しさを思い出す。「ああ、また「マリ」と一緒に暮らせるんだ。次は失敗しない」


 ふと今まで考えていなかった事に思い立った。死者蘇生ではないが昔のマリと今から起動する「マリ」は同じなのか?と。だが一瞬でどうでもいいと思った。このマリをしっかり世話することで昔のマリを邪険にしたという罪を帳消しにするんだ。逃げの思考だけど何故かそれが気に入っていたんだ。


 僕は震える手で「マリ」の起動スイッチを押した。プシューっとカプセルの中の保存溶液が抜けてカプセルが開いた。「マリ」は裸で服を着ていない状態だったからちょっと恥ずかしい。「マリ」は体を震わせ、少しずつ目を開けて、僕と目が合った。


「マスター。マスターの名前を登録します」「僕の名前は奈緒だよ。でもお兄ちゃんと読んで欲しいな」「承知しました。マスターをお兄ちゃんと呼びます」「君の名前はマリだよ」「承知しました。当人はマリと呼称します」それから……と僕は少しだけためらいながら君を抱きしめさせて欲しいんだ……と言うと


「お兄ちゃん、それはなんの意味があるのですか?」「っっ、意味はないんだ。僕が抱きしめたいだけなんだよ」「それがお兄ちゃんの望みなら……」『僕はこの時「マリ」はやはり妹の「マリではないんだ、と認識してガックリした。でも昔の「マリ」は何か恐ろしかったからこれでいいとも思ったんだ』


 この時の「マリ」との抱擁はどこかおぼつかない、味気ないものだった。でもそれでいいと思ったんだ。これから慣れてくれればいいと……




 ここでマリが自動人形について解説させて頂きますが、自動人形の開発成功は21世紀最大の技術革新となりました。家事や料理の日曜分野の活躍のみならず、介護や医療、運送業界など多岐にわたって人手不足を解消することになりました。


 人間と同等かそれ以上のパフォーマンスができる自動人形は人間社会に大きな変化をもたらしたのです。その変化は予想もつかない事態を引き起こしていたとは知る由も本人は知る由もないでしょうがね……フフフ

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