下の名前
この前新学期かと思ったらもう7月。
本当に時間がたつのは早い。
もう1週間で夏休みか……
机に座って宿題もそこそこにボーっとしていると、ドアを開ける音が聞こえたので見るとママだった。
「あかり、最近本が増えたわね……前ってこんなじゃなかったよね?」
部屋に入ってきたママが、お部屋の本棚を見て呆れたように言った。
うん、確かに言われて見れば前はスカスカだった本棚が結構埋まってきてる。
前までは電子書籍ばっかりだったから、そうなるよね……
「う、うん。何か紙の本がいいな~って」
「あ、それ分かる! ママもそっち派。やっぱり紙の本の手触りっていいよね~あの独特のホッとする匂いも紙の本でないと無理だもんね。『本読んでます!』って感じも含めて。やっぱ親子ね」
そう言いながら上機嫌でお部屋の掃除を始めてくれるママを私はほんのちょっとの後ろめたさを感じながら見ていた。
ゴメンね、ホントは電子書籍の方が好きなんだよね。
私、お掃除とかあんましないから、飽き性で積ん読多いから結構埃かぶっちゃうし……
じゃあ何で紙の本ばかり買ってるのかと言うと……
※
「お、おはよ……神崎君」
私は分団の集合場所の風見公園に入ると、サッカーボールを熱心にぽんぽんと足で蹴り上げている……えっと……リフティ……そうだ! リフティング。をやってる神崎君におずおずと声をかけた。
「あ、おはよ根尾。相変わらず早いな。お前こんな時間に来る人だっけ」
「あ、うん。最近、早起きもいいな……って……へへ」
嘘だった。
神崎君が分団の集合時間の30分前に来てサッカーの練習をやってる、と知ってからそれに合わせて出てくるようにしたのだ。
分団だと、最近中の良い友達が話しかけてきてるので、お話ができないし、学校でも女子や男子にひっきりなしに話しかけられてるから、以前ほどお話できなくなっちゃったから……
お昼ごはんは相変わらず私や春子と食べてくれるけど、無性に寂しい……
なので、せめて……と思って。
前は1人で居るのが大好きだったのに……
「あ、これ……新しい本持ってきたよ」
そう言うと神崎君はボールをける足を止めて、パッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「また持ってきてくれたんだ! ありがと。へえ……『自由研究には向かない殺人』ね」
「うん。これ、数年前にイギリスで人気になったミステリーなんだ。だからSNSとかが鍵になってる。だから読みやすいかな……って。良かったら」
「じゃあ遠慮なく。根尾の勧める奴って外れなしだからな。しかし、神埼ってホント紙の本好きなんだな。てっきり電子書籍だっけ? ああいう派だと思ってたから」
「あ……紙の本ってホッとする匂いとかあるし、あの手触りとか好きだから」
「そっか。根尾らしいな。でも、そのお陰で俺も本読むのって面白いな、って思えたから感謝だな」
「そ、そんな……」
その言葉で身体がカッと熱くなる。
そう。電子書籍だと神崎君に本を貸す事が出来ない。
だから前に読んでた本も、貯めてたお小遣いの範囲でせっせと買いなおしてる。
もちろん神崎君には言わずにこっそりと……
「何かお返ししたいけど、いいのが浮かばなくてさ。絶対いつかお返しするよ」
「い、いいよ! 神崎君には沢山もらってるから……」
「え? 俺、何かしたっけ?」
私は恥ずかしくなり無言で頷く。
今までどれだけ助けてもらったか……
こんな本くらいじゃとても足りないよ。
「か……神崎君、いつも熱心だね。がんばって練習してる」
「あ、これね。何かやらないと落ち着かなくてさ」
「でも、面倒になったりしない?」
「なるよ。気分が乗らないときとか、今日くらいやらなくていっか、って思うときとかちょいちょいある」
「え? でも毎朝やってるよね。土日とかも……」
「気が乗らないときは、とにかくただやる! 質にはこだわらずやるだけでもいいって思ってる。そうするとどっかでまたカチッてやる気が出て来るんだ。そうすれば儲けものじゃん。そのうち歯磨きとか風呂とかみたいに、考えなくてもやるようになる」
「そんなものなんだ……」
「人間、そんなに万能じゃないだろ。10の中で6でもやれれば上出来だよ。9とか10でないとダメって思うと何も続かない。家の親父みたいに」
そっか……確かに私も最初は意気込んで始めるけど、嫌になるとそこで理由をつけて止まっちゃうもんな……
「あかり! 悠人君、おはよ!」
「お、春子おはよう」
「おはよ、春子」
神崎君、春子の事を下の名前で呼んでるんだ……春子も神崎君を下の名前で呼んでる。
春子、ガンガン話しかける方だから、このまえ「いい加減下の名前で呼んでよ!」って言ってたもんな……私も、お願いしてみようかな……
でも、断られたら辛いし。
そんな春子は私に駆け寄ってくると、こそっと耳打ちした。
「ね、ね。今度の土曜。プール行かない。私と悠人君とあかりと……後、忠お兄ちゃん」
「え!? お兄ちゃんも誘うの?」
思わず大きな声を出すと、春子は両手を顔の前で合わせて「お願い!」の格好をした。
「この前、ショッピングモールで可愛い水着を見つけたの。あれ、今度のお小遣いで買うつもりでさ。それ、絶対忠お兄ちゃんに見せたいの! お願い!」
「……うん……分かった。頼んでみる」
「やった! あかり大好き!」
そう言って私の手を握ってぶんぶん振り回す春子を見て、その前向きなパワーが羨ましいな……と思った。
私もこうできたら……
「何? 春子、根尾の兄貴好きなの?」
からかうような笑顔で言う神崎君にあかりは胸を張って言った。
「そう! もうかれこれ3年前から! だって忠お兄ちゃんめっちゃイケメンじゃん。それに優しいし勉強も出来るしスポーツも、サッカー部のレギュラーだし」
「え!? サッカー部の? 根尾、お兄さんってどこの学校?」
「え? えっと……甲陽中だけど」
「マジか……甲陽中のサッカー部って県下有数の強豪なんだよ。そこのレギュラーって……根尾! お願いばっかでゴメン! 今度お兄さんに会わせてもらえないかな?」
「うん……もちろん、喜んで。お兄ちゃんにも話しとく」
え……これって、神崎君をお家に……
「あ、じゃあさ! 今度のプールが丁度いいじゃん! ぜひ忠おにいちゃんとお話しするといいよ。と、いう事であかり、お願いね」
深々と頭を下げる春子を私はため息混じりに見た。
本当にちゃっかりしてるな……
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