第3話 あーあ


 それは、3年ぶり2度目であった。


 3年ぶり2度目とは、無論甲子園の出場回数でもなければ、有名人が再逮捕されたわけでもない。手術をしてもらい、私の身体から3年ぶりに臓器を摘出した回数です。

 つまり私の身体には、常人ならあるはずの臓器が二つ無いのである。


 え!? 二つもなくて大丈夫なの!? と言う声が聞こえてきそうですが、これが大丈夫なんですよ。幸いにも、摘出した二つの臓器は、無くても大丈夫なものでした。いや、厳密に言うと大丈夫なわけではないのですが、病気で機能しなくなっていたので、摘出した方が良いと判断されたのです。 


 今回の手術を執刀された外科医の先生は、まさに神業とも言える腕前の持ち主でした。私の目には、その先生があの伝説の医師、ブラックジャックのように映っていたのです。素晴らしい技術を持つ外科医の先生はもちろん、献身的な看護師の皆様、そして病院職員の方々全てに、心からの感謝の念を抱いています。赤十字病院の皆様には大変お世話になり、その恩義は計り知れません。



 一度目の手術は、今回とは別の病院で受けまして、その時は脊髄クモ膜下麻酔(腰椎の間から細い針を刺し、くも膜下腔に局所麻酔薬を注入)でしたので、胸から下の感覚は失われていましたが、意識はありました。なので、手術をしている先生たちのやり取りなども聞こえている状態でした。

 その時は手術中に一人の先生が、「そこはそうじゃなくて、こうだよ」と、若い先生を叱っていました。それは私にもはっきりと聞こえていましたので、(え? もしかして失敗したの? ねぇ、今失敗したの?)と正直びくびくしていました(笑)


 ですが今回は、前回とは違い全身麻酔でした。臓器の摘出は3年ぶり2度目ではありますが、全身麻酔は初めてです。さて、その全身麻酔ですが、皆様ご存じの通り意識が完全に失われる状態になります。ですので、夢を見る人は少ないそうです。

 なのに私は見ました。全身麻酔中に、はっきりと夢を見ていたんですよ!


 

 手術の時間が近づき、私はベッドに横たわったまま手術室へと運ばれました。そこで手術台に移動した後、執刀医、看護師、そして麻酔科医が次々と私に挨拶をしてくれ、最後に、呼吸を助けるための酸素マスクが顔にかけられました。

 さぁ、手術が始まるぞというこの瞬間! 不思議と、ドキドキとした感覚はなく、自然と受け入れている自分がいました。この数時間前までは、もしかすると麻酔をして眠ったまま…… という不安が襲いかかり、自分が受ける手術を検索し、それによって年間数百人が術中、もしくはその後命を落としていることを知り、苦悩しておりました。にも拘らず、手術の時間を知らされてからは、何の緊張もなく、本当に自然体でした。ちなみに、手術は9月24日の18時40分開始でした。急遽決まった今回の手術は、当日の予定手術がすべて終了した後に行われる緊急手術でした。これは前回の経験と酷似していました。私は単なる検査のつもりで病院を訪れたのですが、「手術室が空いたら、すぐに手術しましょう」と言われて驚きました。確か前回も時間が遅くて、手術開始時刻は19時を過ぎていたはずです。

 



 酸素マスクをつけて、手術室でぼーっと天井のライトを見つめていると、麻酔科医さんが私に何かをつぶやきました。何と言ったのか聞き取れませんでしたが、恐らく「今から麻酔を入れます」的なことを言ったのだろうと思っていると、ぼんやり見つめていた天井が、嘘みたいに歪んでいたのです。ぐにゃぐにゃぐにゃっと、古い粗末な動画編集ソフトを使用したみたいに。


 なんだこれ?


 と、思わず口にしそうになった時、番茶のような匂いを感じました。


 あれ、このにおい…… お、お茶の……


 記憶があるのは、そこまでです。目を覚ましたのは、術後直ぐで、私はまだ手術台の上に横たわっておりました。看護師さんが大きな声で私の名を呼んでいて、それで目が覚めました。意識はぼんやりとしておりましたが、自分の置かれている状況は把握しており、手術が終わったのは直ぐに理解していました。


 それで、肝心の全身麻酔中に見ていた夢の内容なのですが……


 実は、あまり覚えてません…… いや、それがですね、目覚める瞬間までは覚えていて、私はこの全身麻酔中に見た夢を、絶対に忘れないって心で何度も何度も繰り返し思っていたのに、忘れてしまいました。


 だけど、これだけは覚えている! と、いうことが三つあります。


 一つは、決して悪夢ではなかったという事です。手術という大変な時に見ている夢なのに、むしろ、楽しくて嬉しいと言いますか、心が温まるといいますか、そういう夢でした。


 そしてもう一つ、登場人物は私以外にも複数いました。正確な人数は覚えていませんが、その人たちと私は会話を交わしていました。会話の内容は記憶にありませんが、そこには嫌な感情は一切なく、むしろ非常に好印象を持っていて、同時に強い懐かしさを感じていました。 


 私は残念なことに、肉親友人をたくさん亡くしております。もしかして、全身麻酔中の夢に現れたのは、亡くなった肉親か友人たちではなかったのかと思い、ベッドで痛みと戦いながらも必死で思い出そうとしましたが、それは叶いませんでした。

 

 最後の一つは、夢を見ている最中、自分が今手術中で、これは夢を見ているんだなって感覚がずっとあったということです。


「あれ、おかしいな。確か今は手術中のはずなんだけど…… そうか、これは夢か。全身麻酔中でも夢をみるんだ。へぇ、そうなんだ~」っと、私は夢の中でしきりに感心していました。


 目が覚める直前、夢の中に看護師さんが私の名を呼ぶ声が聞こえてきて、その時は夢の中で「看護師さん、申し訳ないけどちょっと待って下さい! もう少しこの夢の中にいたいから、起こさないで。頼みます」と喚いてました。ですが看護師さんの声で私は目を覚ましてしまい、(あーあ、せっかく良い夢を見てたのに目が覚めちゃったじゃん)が、最初の感想です。そして、上にも書いていた通り、手術が終わったんだなって直ぐに理解していました。見ていた夢は忘れてしまったけど、時間の経過と共に、無事に目が覚めて良かったという思いが、だんだんと込み上げてきました。


 

 今は退院して自宅に戻ってきておりますが、体調がおもわしくなく、ベッドで休んでおります。その様な状況なので、オタヤンの再開はもうしばらくお待ちください。


 さて、体調はよくないですが、時間は余っております。なので私は、全身麻酔中の夢について調べておりました。


 全身麻酔中の夢見は比較的まれで、患者の1〜10%程度に発生すると言われている。


 ふむふむ。

 

 科学的解釈では、厳密な意味での「夢」ではなく、麻酔からの覚醒過程で生じる意識の変容状態である可能性が高いと考えられている。


 むむむ、そうなのか……

 

 全身麻酔に使用される薬物は、脳の機能に強く影響します。これらの薬物は意識を抑制すると同時に、通常とは異なる脳の状態を引き起こす可能性がある。これは、幻覚剤などの薬物使用時に経験される「ハイ」な状態に似ていると考えられているらしいです。

 この結果を裏付けるかのように、夢を見たという人々からの聞き取りの結果、私と同じ様に、楽しい夢であることが不思議と大半だそうです。


 むむむむ……


 この様な観点から全身麻酔中は、簡単に言いますと、ラリっている状態らしいです。つまり、薬の影響によってラリっており、だから一様に、楽しい夢になると言われているそうです。


 むむ、なるほど。言われてみれば確かに納得のいく説明だ。

 

 だけど…… あの時の夢の感覚は、決して薬でラリっていたとは思えない。無論確証があるわけではありませんが。

 

 あの懐かしい感覚はきっと、亡くなった友人が会いに来てくれたのではないかと、そう都合よく考えております。全身麻酔で完全に意識が失なわれた時、もしかして人は、違う世界とコンタクトできるのかもしれない…… 


 私は幻想と現実の狭間でファンタジー小説を書いています。しかし、この思いは単なる創作の産物ではありません。この世を去った友や肉親の魂との絆は、決して途切れることはない。目に見えぬ不思議な力が、この世界には確かに宿っているのだと…… 

 痛みに耐えながらベッドに横たわり、この体験を言葉にしていく中で、その信念はますます強固なものとなっていきました。

 


 もっと、もっともっと話をしたかったよ。夢でもいいから、また会いに来てくれ。なぁ、友よ……


 

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