第7話
―――――目が覚めると、どこか知らない場所にいた。
いつも見ている天蓋がない、それどころか視界の右側に木目が見え、自分がどうなっているのかとパニックになった。
声を出そうにも、そもそも口が動かない。
手足を動かそうにも、こちらも碌に動かない。
そうこうしてるうちに5人の男が私の前に集まってきた。
全員が下種な笑いを浮かべているせいで気味悪さを感じるが、それ以上に抵抗のしようがない現状に恐怖心を煽られる。
顔をどれだけ振ろうと彼らが遠ざかるはずもなく、後ろに下がろうにも体が固まってしまっているのかびくともしない。
そんな悪あがきをしている内に、彼らの腕が私の方に迫ってきて―――
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「…っ!はぁっ、はぁっ、はぁっ………」
乱れた呼吸を整えながら、辺りを見渡す。
自分がいつも使用している寝具、窓近くに置かれた花瓶に入っている赤い花、見慣れた机の上に置かれているお気に入りの筆記具。
先程までいた謎の空間ではなく、自分の部屋であることがわかる。
「先程の、夢は、いったい………」
夢にしてはあまりにも現実味を帯びている。
まるで、予知夢であるかのように―――
(まさか、今日起こることだとでも言うの?)
今日は年に1度の生誕祭の事前演習のため、久しぶりの外出日となっている。
そのタイミングを狙って、私が誘拐される…ということ?
そこまで考えたとき、部屋の扉が開かれる。
「おはようございます、アリス様………アリス様!?」
部屋に入ってきたのは侍女のクラウディアだった。
私を視界に入れるなり驚いたような声を挙げているけど…ああ、そりゃいつもと違うから驚きもするか。
「ええ、おはようクラウディア。どうやら悪い夢を見たみたい」
「それは貴女様のお顔を見ればわかります!」
「そ、そんなに酷い顔をしてるのかしら…?」
そう聞くと首が取れるんじゃないかというほど頷くと共に鏡を向けてくれた。
そこに映っていたのは―――――
「………ああ、確かにこれは酷いわね」
「ア、アリス様…」
「でも、今日の予定を取りやめることは出来ないわ」
「し、しかし!」
「仕方ないでしょう、今日はただの公務ではないのですから」
身体を起こしながらそう答える私に対して、クラウディアは眉を下げる一方だった。
「ごめんなさい、クラウディア…貴女の思いを無為にしてしまって」
「いえ、私こそ出すぎた真似をしてしまい申し訳ございませんでした…準備が出来次第、朝食といたしましょう」
私のそう告げると、いそいそと準備を進め始めるクラウディア。
それを見ながら私もベッドから出る。
今は考えても仕方ない。
幸い、最悪の未来は教えてもらったのだ。ならばそれを回避するように気を付けるだけだ。
その後私は家族と朝食を食べ、今日の公務に勤しむのだった。
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やらかした。
しかしそう思った時には何もかもが遅かった。
生誕祭の事前演習が終わり、会場裏の控え室で帰りの馬車を待っていたはずの私は、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
それに気づいた時にはいつものとは違う馬車に乗せられていた。
(いったい誰の仕業なの…?そもそもこの馬車はどこに向かっているの?クラウディアは?)
頭の中に疑問符がたくさん湧いてくる。
しかし、この馬車の行き先だけは、なんとなく予想できた。
恐らく、夢で見た謎の建物なのだろう。
体を動かそうにも手足がびくともしないため、碌に動かすことが出来ない。
口は何も嚙まされていないが、布が巻かれておりくぐもった声しか出すことが出来ない。
(今は………下手に動かないほうが良さそうね………)
今頃私の護衛たちが血眼になって探しているはず。
そう信じて、私は一度目を閉じることにした。
床に体を落とされる感覚で目が覚める。
「おっ、お嬢様の方はもう目が覚めたか」
とてつもなく気持ちの悪い声が聞こえる。
ゆっくりと視界を開いていき、情報を集めていく。
場所は、これまで来たことのない謎の建物―――今朝見た夢でいた場所と同じ。
周囲にいる男の人数は5人―――これも夢と同じ。
視界の右側に木目が見える状態―――これですら夢と同じ。
手足が動かない―――のは先ほど馬車の中で確認した通り。
間違いない、今朝の夢はやはり予知夢だったのだ。
(…本当に、なんてこと………)
「おい、メイドの方はどうするんだ?」
「あぁ?近くに一緒に転がしときゃいいだろ。一緒に買い取ってもらおうぜ」
「あいよっと」
そういうと連中の一人が私の傍にメイドを―――クラウディアを寝転がした。
クラウディアと一緒なのを喜ぶべきなのか絶望するべきなのかは、恐らく後者だろう。
クラウディアは対人訓練は十二分に積んでるはずだ。その彼女がこうもあっさりと捕まっているとなると、敵はただの誘拐犯ではないのかもしれない。
なにより、クラウディアが一緒ということは助けを求めることが出来ないということで、そうなると果たして無事に帰ることが出来るのか、これも怪しくなる。
(私には、どうしようもないっていうの………?)
私は、どうしようもない不安に襲われ涙を流してしまう。
しかしこの行動も奴らにとっては興奮材料の1つにしかならないらしい。
「おいおい嬢ちゃん、今更泣いたって無駄なんだぜ?」
「そうそう、あんたらの護衛だってこの場所には近寄れねぇ」
「ここで大人しくしてるんだな」
「「「ぎゃはははは!」」」
こんな連中に捕まったという事実があまりにも受け入れがたい。
本当に護衛たちは何をしているのだろうか。
私たちのことを探してくれているのだろうか。
そんなことない、ちゃんと探しているはずだと自分を納得させたくても、言いようのない不安に駆られてしまう。
そうして私はどんどん絶望していってしまう。
これから私はどうなるのだろう。
このまま無傷で生還するのが、もちろん最高の未来だ。
しかしこの未来は訪れないだろう。
今のままどこかに売り飛ばされればまだマシ、傷物にされるまたは…命を散らすことになるのが最悪の未来か。
仮にも王女の身だ。傷物にされた時点で利用価値はなくなり、その後生き残ることが出来たとしてもただでは生かしてもらえないだろう。
ああ、考えたくもない。
このまま生きてもどうしようもないのなら、もういっそ自死してしまおうか。
いっそ、いつからか脳裏にずっと居座る赤髪の王子様が助けに来てくれないか。
そんな現実逃避をしていると、奴らの手がこちらに伸びてくるのがわかった。
もう、ここまでなのだろう。
せっかくやり直しの機会を得たというのに、これが結末となるのか。
(ごめんなさい、アルフレッド様………………アルフレッド様?)
私が謎の人物に謝ったと同時、部屋の扉が乱雑に開けられた。
そこに居たのは―――――
(ああ、ああ………………!)
―――――夢で見た、赤髪の王子様だった。
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