第6話

 「王都を楽しんでくるんだよ。アル」


 「はい。人々の暮らしや建物など、色々と見てこようと思います」


 時はさらに流れ、俺は10歳を迎えた。


 と言っても、普段はこれまでと変わらず午前に座学、午後に鍛錬の日々を送っている。座学は前世で得た知識があるからともかく、鍛錬の方は非常に順調に進んでいる。

 前世の頃は学園入学前にここまで鍛錬していなかったのもあって入学後に色々と苦労したが、今回はそんなことにはならなさそうで少しホッとしている。


 さて、そんな風に日々過ごしていた俺なのだが、今日から暫くの間王都に身を置くことになった。

 というのも、近々王都で開催されるあるパーティーへ参加するためだ。


 この国では毎年、10歳を迎える貴族の子らを対象に盛大なパーティーが開かれる。

 名目としては「3年後に学友となる面々との顔合わせ」というものになっており、基本的には出席しなければならない催しとなっている。

 交友を深めるまではいかずともどんな人物がいるのかを知る機会―――ではあるのだが、そこは10歳の子供。公爵家の子らはそうではないが侯爵家と辺境伯家当たりの子らは尊大な口の利き方をしてくることが多い。

 まあ、学園入学時ならともかくまだ10歳だもんな。下手に地位が高い家庭に生まれたらプライドが高くなるのも頷ける。

 因みに、この会で一番肩身が狭くなるのはもちろん男爵家の子らになる。貴族階級の中では一番カーストが低いということで、目の敵にされやすいのだ。因みにこの子らは学園に入学した後も肩身の狭い思いをしがちになる。一応学園では「学園生は家の爵位に関わらず皆平等」という風になっているが………形だけのものと言わざるを得ない。


 さて、長くなったが、そんなわけで俺も王都に行かざるを得なくなったのだ。


 「ドロシー。アルの侍女という立場ではあるが、君も今回のパーティーの主役だ。楽しんでおいで」


 「ありがとうございます、御当主様」


 そして今回のパーティーには、ドロシーも一緒に来てくれるらしい。

 ドロシーとはこの数年間でかなり仲良くなれた―――侍女と仲良くなるのがいいのか悪いのかはともかく―――と思っているので、今回同行してくれるのはありがたい。何より、もし俺だけで王都に行ってた場合ドロシーを暫くの間ほったらかしにしてしまってたので、その点としてもありがたかった。


 「馬車も来ましたし、行きましょうか。アル様」


 「そうだね。では父上、行って参ります」


 「うん、二人とも気を付けてね」


 とても伯爵家当主とは思えないラフな見送られ方をしながら、俺とドロシーの乗せた馬車は王都に向けて動き出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 王都までの道中は実に平和に終わり、リースヘッグ領を出てから4日後、俺とドロシーは無事王都に入ることが出来た。


 (………久しぶりだな、ここも)


 「アル様、どうかされましたか?」


 「え?ああ、王都にちゃんと来るのは初めてだからね。少し感動しちゃって」


 「そうなのですか?私がお仕えする前に既に来られているものとばかり」


 「まあ、そこは色々とね」


 嘘は言っていない。

 前世で色々とあった因縁深い街ではあるが、生まれ変わってからは初めて来ているのだから。


 (しかし、あの頃と比べると色々と違うんだな、やっぱり)


 「アル様、街の散策は宿舎に荷物を預けてからにしましょう。幸いにも時間はありますので」


 「わかった。いつもありがとう、ドロシー」


 「…いえ。これくらいは当たり前のことですから」


 そんなこんなで宿舎へと向かっていたのだが、馬車が宿舎に着く前に止まってしまった。


 「…?どうかされたんですか?」


 「申し訳ございません。どうやら現在、通行止めの箇所が出来ているらしく…当初予定してたルートで宿舎に行くことが出来なくなりました」


 「それは大丈夫なのですが…一体何があったのです?」


 「…あまり大きい声では言えないのですが、どうやら人攫いが起きたらしく―――」


 その言葉を聞いた瞬間、脳裏に謎の映像が過る。


 陽の光が入らない寂れた建物の中。

 手足が縛られてるだけでなく口にも布が巻かれている子どもが二人。

 その周りで下種な笑いを浮かべる男ども。

 男どもの手が子どもたちに迫る―――――


 「ドロシー、ごめん!お叱りは後で受ける!」


 「えっ、アル様!?」


 馬車が止まっていてよかった。

 俺は扉を路地に出る。


 果たしてあの建物はどこなのか。正直言うとわかってはいない。

 だけど、気づいた時には身体が動いていた。幸い、鍛錬のお陰で基礎能力が向上しているため、街中を駆け抜けるくらいはなんともなかった。

 早く、とにかく早く、ひたすらに早く。


 なぜこんなに嫌な予感を覚えているのか、俺にはわからない。


 本来なら、俺個人が対処するような問題ではない。


 でも、それでも。


 「これを見て見ぬふりしたら、後悔する気がするんだよなぁ………!」


 だから俺は走る。




 脳裏を過った最悪の未来を、回避するために。

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