第5話

 エミリアとの衝撃の再会から、1年後。


 あれからお互いに月に1度は手紙を送りあうことで、近況報告をしていた。

 前世の頃にはしていなかった取り組みだし、日本人だったころにもしたことがない文通という文化だったが、思いのほかこれが楽しく、月に1度やってくる手紙を待ち望む日々が続いている。


 さて、それとは別に、7才を迎えたことで色々と生活が変わってきた。


 まずは、俺に付き人が出来た。


 名をドロシーという。俺と同い年らしく、付き人としての所作はまだまだ拙いところがあるが、それでも見ていて綺麗なものだ。

 しかしこのドロシーという女の子。はずなのだ。流石に傍にいてくれた人を忘れるような人間だと自分のことを疑いたくないが………。

 前世で気にしなさ過ぎて忘れかけていたが、うちは伯爵家なので、おかしいことではない…はず。それに、両親が決めた人材を疑いたくはないため、彼女のことは信じたいと思う。


 次に、専属の家庭教師が2人やってきた。


 この国―――グノーシア王国の教育課程は、少し面白い形を取られている。

 まず、爵位持ちの貴族の子は13歳を迎える年に王都にある王立グノーシア学園への入学が義務付けられている。日本人的に言うと中等教育と高等教育を行う場所で、学園には6年通うことになる。

 しかし、初等教育に当たる機関は、貴族向けには存在しない。そのため、貴族の子らは初等教育を個別に行う必要があるのだ。今回家庭教師としてやってきた2人は、そういうことになる。

 次に貴族ではない庶民の子らだが、彼ら彼女らには初等教育に当たる教育機関が存在する。庶民の子らにも教育が行き届いてるのは凄いと初めは感心したものだが、これには色々と訳があるようで。

 この世界には魔力と呼ばれるものが存在し、皆その魔力を用いて魔法を行使している。この魔力だが、人類が皆所有しているということで、庶民の人らも魔法を行使できるのだ。そう、行使のだ。

 かつての王国では庶民向けの教育機関なんて当然存在しなかったので、庶民の子供による魔法の暴発が頻発したらしい。当時、その惨状を憂いた時の国王により、初等教育に当たる教育機関が設けられることとなった。これにより、魔法の暴発による人災の数は激減したほか、一般教養を学ぶことによる副次効果もあったらしく、以降この制度は一度も取り下げられることはない。

 かろうじて残っている日本人の頃の記憶的には、ヨーロッパを思わせるこういった異世界で庶民に対しても教育が施されているのは非常に稀だと思っているので、そこは素直に王国すげぇとなった覚えがある。


 (ま、それも先代の王様が凄いってだけなんだがな)


 ゆくゆくは対峙することになるであろう現国王ら上層部を思うと、思わずため息がこぼれてしまう。


 そんなわけで、日中は家庭教師による一般教養と魔法の座学の時間が日課に加わった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 7才になって変わったのは、それだけではない。


 「こんにちは、ガストーイ隊長」


 「おお、アルフレッド様!本日もよろしいので?」


 「もちろん。今はまだ、時間を自由に使える身ですからね」


 座学の時間は午前で終わるため、午後からは身体を鍛えるようにしたのだ。

 本来ならもう少し後でもいいかと思ったものの、目の前にいる筋骨隆々なお方―――ガストーイ隊長に目を付けられたため、軽い筋トレと剣術指南を行ってもらうことになったのだ。

 …いやホント、まだ身体を鍛えるような年齢じゃないはずなんだけどな。隊長の目の前で訓練用の木剣振り回してたのが悪かったか。


 「では、今日もメニューはいつも通りで?」


 「はい、よろしくお願いします」




 ―――――数時間後、ぜぇはぁと息を切らしながら地面に倒れている俺がいた。


 「はっはっは、今日も全力でしたなぁ」


 「そ、それは、当然、というか………はぁ、はぁ」


 「はっは、それを当然と思っていただけるのは嬉しい限りですなぁ」


 鍛錬のメニューとしてはランニングと木剣の素振りに訓練用案山子を用いての剣術練習、それと肉体改造用の諸々になるのだが、ひたすらに回数が多い。これでも7才であることを考慮されてるらしいが………うちの領土ってそんなに筋肉大好きって感じだったっけ?


 「それはそうとアルフレッド様、少しお伺いしてもよろしいですかな?」


 「はぁ、はぁ…ええ、大丈夫ですよ」


 「では、単刀直入にお伺いするのですが…貴方様がここまで頑張られる理由はなんなのですか?」


 「え?」


 「いえ、鍛錬するよう炊きつけた私が聞くのも烏滸がましいとは思うのですが、弱冠7才のお子様にしては覚悟が決まっていらっしゃると思いまして。アルフレッド様は、なにかこれから先のことに思いを馳せていられるのかな…と」


 ………あまりにも洞察力が高すぎる。いや、だからこその隊長なのだろう。

 確かに色々と考えていることはある。ただそれを馬鹿正直に全部伝えるのは憚られる。しかし全部隠すのも申し訳ない…。話せる範囲で話すか。


 「そう、ですね…一番近くの未来で言うと、やはり学園のことになりますね。あそこは色んな人が集まるわけですから、簡単に舐められないように…というのはあります」


 「…学園に入学する子らの半数程はそこまで考えておられないのですがね」


 苦笑混じりに返答されこちらも思わず苦笑してしまう。

 それはそうだろう。学園に入学する連中で実際に戦いに身を置くのは、人数比で考えるとごく僅かとなる。そのため学園のことだけを考えるなら今からこんなことはしなくていい。


 「大体の人たちはそうでしょうからね。でも、自分はそうではないつもりですから」


 「…それは、軍に入隊したい、ということで?」


 「卒業時点で父が現役かつ、入隊許可を頂ければ、という条件はもちろんありますがね」


 「それはそうでしょう。アルフレッド様はガンヴォルグ様の一人息子。後を継ぐのは確定事項でしょうからな」


 そう。前世でも学園の卒業時に父が現役だったため、期間を限定してという条件のもと入隊が叶ったのだ。まあその結果がこれなんだが…。そういえば、前世での父と母はどうなったんだろうな………いや、考えるのはやめよう。


 「まあそのことを考えると、今の内から身体の動かし方を知っておいた方がいいだろう…という感じですね」


 「………アルフレッド様は、本当に7才なのでしょうか?とてもその年齢で考えられることではないと思うのですが」


 「あ、あはは…」


 …うん、この人は本当に鋭すぎるな。

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