第4話

 「―――――久しぶりね、アル」


 目の前の光景が、信じられなかった。

 中庭にいたはずの自分がなぜこんな、辺り一面真っ白な空間にいるのかとか、自分の視界がこれまでと違うこととか。

 ツッコミどころはたくさんあるはずなのだが。


 そんなものは、今はどうでもよかった。


 「エミリア…?本当に、エミリアなのか………?」


 今はただ―――自分の目の前にいる女性が、


 「…ええ。エミリア・リースフレア。貴方の、幼馴染で、恋人の、エミリアよ」


 かつての恋人であるという事実が、あまりにも衝撃的だったから。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 涙を目尻に浮かべながらも笑顔で答えてくれた彼女の姿があまりにも愛おしすぎて、気づいた時には彼女を抱きしめていた。

 ついさっきまで「どうやって接していけば…」と悩んでいた自分はどこへ行ってしまったのか。

 いや…それ以上に、彼女にまた会えたという喜びが勝ったということだろう。


 「本当に…君なんだね、エミリア」


 「もう………そう言ってるでしょう?私のことが信じられないの、アル」


 「いやそう言われても…色んな事が一気に起こったもんだから夢なんじゃないかと」


 そう。別に彼女の言っていることを信じていないわけじゃない。

 しかし、簡単に「そうですか」と言うには処理するべき情報が多すぎるのだ。


 「貴方からの質問なら、何でも答えるわ。元の世界の方は一時的に時間が止まっているし」


 「なんだその法外な力…それもこの空間にいる影響か?」


 「ええ。私が生み出した特異魔法の一つよ。使用者と対象者の魂をこの世界―――便宜上精神世界と呼んでるここに引きずり込むという、ね」


 「魂を引きずり込むって………そりゃまた壮大な魔法だな」


 「対象者の相性同士ではとんでもないことになるってことで、禁忌として扱われるようになったわ」


 「でしょうね………それを生み出したってのも末恐ろしいよ」


 「うふふ。私の魔法の実力は、アルならよくご存じでしょう?」


 「それはもちろん。ずっとそばで見てきたからな。そう、ずっと……………」


 「…アル………」


 まるで学園に居た頃のように、あの日以降、失わざるを得なかった時間を取り戻すかのように、話は弾んだ。

 …本当に、これまでウジウジと悩んでたのが馬鹿らしく思えてくるな。いやそれだって、エミリアが前世の記憶を所持してたおかげではあるのだが。

 しかし、やはりこれだけは伝えないとダメだろう。


 「…本当にごめんな、エミリア」


 「え………?」


 「前世で、俺が死んだっていう報せは、届いただろう?」


 「………うん」


 それまでずっと笑顔を浮かべてくれてたエミリアの表情が、一気に暗いものに変わってしまった。

 でも、これだけはどうしても伝えたかった。


 「本当は、どうにか王国に戻れないかって、画策してた。けどまあ、結局は逃げ切れずに死んじまった。本当は皆に何も言わずに、勝手に死ぬつもりはなかったんだけどな」


 「そ、それを言うなら、こっちだって謝りたかった!ずっと、貴方の指名手配を解除するように、アリスと、ソフィアと、シャルと、みんなで訴えかけたけど………結局、何も変えれなくて、それで…!」


 「…皆が国内で頑張ってくれたのは、知ってるよ」


 「へ………?」


 多分、は黙っていてくれたんだろう。

 彼女にしか出来ない手段で色々と情報をくれた彼女としては、同士である3人に俺と繋がりがあることを離さないでいてくれた。

 3人に、必要以上に負担を背負って欲しくないから。


 「エミリアとアリスと、ソフィアとシャルが、ずっと頑張ってくれてたのは、俺の耳に入ってるんだ。それに対して俺は、感謝こそすれど怒るような真似は出来ない」


 「どうして…?だって、結局、貴方は死んじゃう事になったのよ?私たちがもっと頑張っていれば―――むぐっ!?」


 「はい、そこまで」


 あまりにも悲痛な表情で話す彼女が見てられなくて、思わず口元を手で押さえてしまう。


 「はぁ…しばらく見ないうちに、随分と傲慢になったみたいだね?」


 「むぐぐ…!」


 「だってそうでしょ。いくら国内で立場が確立されてる4人と言っても、たったの4人だよ。そんな少人数で国を動かすことなんて、余程の案件でもなきゃ無理だよ」


 そこまで言うと、エミリアの様子が落ち着いてきたので手を口元から離す。


 「…無理なんだってことはわかってた。でも、それではいそうですかって納得できるほど、素直に諦められるほど、私たちは大人じゃなかったのよ」


 「だとしても、俺のことを想って動いてくれたことは本当に嬉しかったよ。みんなの国内での立ち位置が悪いことになるんじゃないかとヒヤヒヤしてたけど」


 「…追われてる身なのにそこの心配出来るの、恋人からしてもどうかと思うわよ」


 「はっはっは、まあそれくらい出来なきゃあのタイミングで逃げ出したりしないよ」


 「それとこれは話が別じゃないの…?」


 先程までの堅苦しい雰囲気が解消されたおかげか、エミリアの様子もだいぶ戻ってきていた。


 「…本当はね、貴方に会うのが若干怖かったの。今更どの面下げて会うつもりなんだ、って別の自分が語りかけてきて」


 「それは俺もさ。勝手に逃げ出して勝手に死んで、どうやってこの世界の君たちと接すればいいんだって悩んだ。この世界の君たちと前の世界の君たちは別人…だと思ってたのになぁ」


 「うっふふ、それなら、一人目からこんなイレギュラーで大変ね?」


 「うーん…そうでもないかな。これで、君がこの事実を隠したままだったら胃がずっと痛いままだったろうけど、こうして会いに来てくれたから」


 「アル………」


 「だから、ありがとう。エミリア。もう、過去のことは気にしすぎないでいいから」


 …多分、お互いに思うところがありすぎたのだろう。

 だからこそ、その負担を軽減するためには、感謝の気持ちを言葉にするほかない。

 こちらは別に、なんとも思っていないことを伝えるには、それが早いだろうから。


 「気にしすぎないでいい、か…そこは気にしないで、じゃないんだ?」


 「そりゃ君の性格を考えたらね。まったく気にしないってのは無理だろう、君は」


 「………ありがとう、アル。私の事、ちゃんと知ってくれていて」


 「…どういたしまして、エミリア」


 やっと彼女に笑顔が戻ってきたところで、ここまで抱きしめたままだったのを思いだし手を離す。

 が、彼女の方が逆に力を込めてきて、結局この形は変わらなかった。


 「おいおい、この状態じゃこの後の話もしづらいだろう」


 「…アルはこれからどうするの?」


 「無視かい………これからっていうと?」


 「その、前世と全く同じように動くのは違うじゃない?だからどこかで変化を加えないといけないわけだけど…」


 「ああ、そういうこと」


 確かに、一つの未来が、しかもそれがバッドエンドだと分かっている以上、全部の動きを前世と同じようにするわけにはいかない。

 しかし変化を加えるのは、どうしても学園卒業後からになるだろう。

 そこまでは申し訳ないが、これといって変化を加えられるとは思えない。


 「少なくとも、学園卒業までは何も変えないつもりでいるよ。学園に通わないわけにはいかないし」


 「やっぱりそうよね………」


 「ああ。多分、変化を加えるとすれば、魔王討伐軍に従軍するところ、だろうな」


 「…今回も、従軍するつもりなの?」


 「そこはまだ決めてない。ただ、変化を加えるタイミングはそこ含めて2回くらいしかないだろうからね」


 「そう………」


 前世のことがあるからだろう。エミリアは義勇軍への従軍に難色を示していた。


 「ただ、今すぐに決める必要はないと思ってる。なにせ、今からだと10年以上先の話になるわけだし。それに、そのときにアリスとソフィア、シャルとどうなっているかによっても、身の振り方が変わるだろうからね」


 「そう………そうよね。確かに、今すぐ決めるわけじゃないし、焦らなくてもいいわよね」


 「うん。だから元気を出して、エミリア。さっきから怖い顔してばっかりだよ」


 「そ、それは………明るい話題じゃないんだし、しょうがないでしょ」


 「それもそうか。ごめんね、エミリア」


 「だ、だからそんなすぐ謝らないでよ…アルは悪くないんだから」


 さて、元の世界は時間が進まないようになってるとはいえ、ここにいるのもそれなりの時間な気がするし。


 「…で、どうする?そろそろ元の世界に戻る?」


 「…戻らないと、ダメ?」


 「そりゃダメに決まってるでしょ…」


 「だってぇ………」


 そういうと俺を抱きしめる力が先程よりもさらに強まった。強くなりすぎて若干痛くなってきたくらいだ。


 「はぁ…君の気が済むまで、ここにいようか。エミリア」


 「………!ええ!ありがとう、アル!」


 それからも、前世であった色んなことを思い出すかのように会話をし、体感時間としては1時間くらいはこの世界に留まることとなった。


 エミリアが満足したことで元の世界に戻ることを決めた俺たちは、学園入学までお互い無事に過ごすことを約束し、この日は別れることに。

 幼馴染と言っても常に一緒にいられるわけではないため、若干の寂しさはある。


 それでも俺は、いい気分で今日を終えられるだろう。


 彼女が俺に気づいてくれたこと。


 彼女が俺に、明かしてくれたことが、本当に嬉しかったから。

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