第3話

 彼を初めて視界に入れた時、私はどんな表情をしていたのだろう。


 前の時は、普通に笑顔を浮かべていた…ような気がする。


 気がする、と言ってしまうのはその出会いがもう何年も前のことで若干曖昧になってるからだ。彼がどんな表情を浮かべていたかはハッキリと思いだせるものの、自分がどんな表情をしていたかは少し怪しい。

 少なくとも無表情ということはなかったはずだ。感情を押し殺していた訳でもないし、純粋な頃の6才の自分にそんな器用な真似は出来ないはずだという謎の信頼がある。


 では、どうなのだろうか?


 果たして自分は、笑顔を浮かべることが出来ているのだろうか?




 答えは――――――――――否だった。


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 ここで少し、私―――エミリア・リースフレアの過去について話したいと思う。


 伯爵家の令嬢として生を受けた私は、幼馴染で同じく伯爵家であるリースヘッグ家の令息、アルフレッドと共に学園に入学。いろんな出来事があった中でも無事に卒業し、その際に在学中の魔法の才を買われてとある研究に携わることになった。


 その研究の対象は、魔力。


 未だその全容を明らかにすることが出来ていない、未知の存在。




 魔法を行使する上で重要になる存在。それが魔力というものだ。


 魔力が一体どんなものなのか。これを完全に解き明かした人物はいないとされている。この世に生を受けた時点で誰もが保有しているものでありながら、それが一体どういったものなのかは、誰も完璧には理解できていないのである。

 私も学院を卒業してからまで研究に没頭していたものの、ついにはその真理に辿り着くことは叶わなかった。これは、あの時一緒に研究をしていた同僚たちも含めてである。

 研究する過程で分かったことは、「魔力は存在するものである」ということくらいで、それ以外に目ぼしい結果は得ることが出来なかった。

 しかしそんな中でも私は、思わぬ副産物を手に入れることが出来た。それは、というものだ。

 本来魔力というのは不可視のモノであるとされ、誰がどの程度の魔力を保有しているのかは把握できない。自分が保有している魔力に関しては自由に感じ取ることが出来るものの、他人がどうかは分からないのだ。

 しかし私は。研究の中で生まれた理論により、他人の保有する魔力が浮かびあがるのだ。

 このオーラは、保有する魔力が多ければ大きいほど連動して圧が強くなる。逆に、保有する魔力が少ないと薄皮レベルまで圧が小さくなる。そしてこのオーラは人の意志でどうこうできるものではないため、魔力量が多い人間がオーラを小さくすることは不可能だし、逆も然りだ。しかも、普通に生活する分にはオーラの圧なんてものは感じることがないため、一般人にはわからないのだ。


 さて、ここまで長ったらしく話してきたが、重要なのは二つ。


 こと。


 こと。




 生まれ変わっても残っていた私の知識と、前世の副産物のお陰で何が起きたかというと―――――

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 (――――――――――うそ。)




 私は、信じられないものを見たような顔をしていただろう。




 (――――――――――これは、夢?)




 だって、そこに立っていたのは。






 (―――――本当になの?アル)











 あの日、訃報を聞いたはずの、私の恋人だったのだから。


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 貴方の従軍を止めればよかったと悔やんだ日は数知れず。


 貴方の指名手配を取り下げるよう訴えかけた回数も数知れず。




 貴方が魔王を倒したという報せを聞いて嬉しかったはずなのに。


 彼女たちと一緒に貴方が帰ってくるのを待ち望んでたはずなのに。


 帰ってきたはずの貴方は身柄を拘束されていて。


 気づいたら貴方は王都からいなくなってた。






 ………………ねえ、アル。




 私、貴方に会いたい。




 貴方に話したいことが、たくさんあるの。




 今更、貴方に合わせる顔なんて、ないはずなのにね―――――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 本当に、信じられなかった。


 なぜ?どうして?こんなことがあっていいの?と、私の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。

 父に声をかけられてもすぐに返事をすることが出来ず、心配をかけてしまったのは申し訳なく思ったが、どうか今だけは許してほしい。


 なにせ、もう二度と会えないと思っていた人物に会えたのだから。




 (本当に、信じられない………)




 しかし、私の視えたものは間違いなく彼であることを証明していた。

 最後に彼を見たときと同じ、これでもかというほどの圧を放つオーラを纏っていたからだ。


 ―――この世界で生きるための筋書きは、白紙に戻ることになったけど。






 その後のパーティーの記憶はない。

 気づいた時には彼と二人で中庭にいた。

 私の方から二人になるのを望んだはずだが、ここもまるで記憶にない。

 しかし、何を話せばいいのかがわからない。


 いきなり前世に触れるのは―――間違いなく、ダメだろう。いきなり何言ってるんだこの子と思われた日には泣いてしまうかもしれない。彼の魂が前世と同じであることは分かっていても、彼がその記憶を把握しているかは別問題だからだ。今の時点で把握しているならまだしも、そうでなかったときは私がただ痛いだけの人間になってしまう。

 かといって、今更初心のような話をすることもできない。私の頭の中は完全に彼との再会を望む気持ちに支配されており、マトモな思考が出来ていないからだ。日常会話など今の私には到底繰り広げられない。


 どうしようどうしようどうしよう―――――とマトモに働かない頭を働かせていたら、彼の方から声をかけてくれた。

 意識外に追いやってしまっていた彼の声にビクッとなってしまったが、彼は特に気にするでもなく私の体調を心配してくれた。

 どうやら相当長い時間黙り込んでしまっていたようで、申し訳なさが募った。

 しかし結局良い案が浮かばないのではどうしようも………と諦めかけたその時、ある一つの魔法を思い出した。




 (…うん、なんですぐに思い出せなかったんだろうってくらいのがあるじゃない)




 その魔法の行使には、対象者同士が触れ合っているのが条件だった。


 そのため私は、彼に尋ねた。




 「…アルフレッド様。お手を拝借してもよろしいですか?」


 「え?ええ、どうぞ」




 彼は返事こそ即答でなかったものの、私が差し出した手に自分の手を合わせてくれた。






 (ありがとう、アル………)




 ―――瞬間、合わせた手から光が溢れだす。




 これもまた、研究の副産物の一つにして、後にの一つ。


 本来はありえない、使用者と対象者の魂レベルでの思考融合。


 対象者同士の相性次第では破滅を招くことになる、なんとまあ扱いの難しい魔法。




 しかし、私はと確信して、この魔法を行使した。






 結果はもちろん、成功。






 やがて光が収束し、私の目の前にいたのは―――――――











 「―――――久しぶりね、アル」






 姿だった。

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