第1話

 弘人―――もといアルフレッドは窓辺で物思いにふけっていた。


 (いやいやいやいやいや…アルフレッドとしての生をまたやることになるなんて誰が思うんだよ)


 自分がまた転生したというのに気づいたのは今から5年前―アルフレッドが丁度産まれたタイミングだった。

 最初は何の冗談かと思ったが、自分の両親の名前がガンヴォルグとユリーチカであること、またこの家の名がリースヘッグであることから、前世と全く同じ世界、同じ存在に転生してしまったというのは確定的だった。


 (幸か不幸か前世の能力のある程度は引き継いでるみたいだが…どういうつもりなんだ神様とやらは)


 アルフレッドが前世で身に着けた剣の技能や魔法の一部、それから特異技能の一部は今の自分に引き継がれているらしく、5才ながら練習用の木剣であれば軽々と振り回せる肉体に魔法の才能などを持ち合わせていた。

 いわば「強くてニューゲーム」のβ版みたいな感じか。

 とはいえ完全に強くてニューゲームだった場合同世代の中で浮足立つのは自明の理だったため、一部の引継ぎだったのは逆に良いのかもしれない。


 (ま、基本的には魔王軍討伐までの道すがらで身に付けられたわけだし、この部分に関してはそこまで気にしなくていいか)


 問題は、この世界での身の振り方だった。


 前世では魔王討伐を果たしたにも関わらず散々な末路を辿ってしまった。しかもそれが王国の腐った人間どものせいというのを知ってしまっている以上、今の自分としては魔王討伐にあまり乗り気でないのだ。

 かといって王国に刃を向けるというのもあまり良い気分はしない。両親や家に仕える者たちはもちろん、恋人たちやその他の人たちとこの国にも「良い人」と個人的に感じる人物たちは存在するからだ。

 それらの「良い人」たちを見捨て国に刃を向けるというのは、いくら王国が腐っていると知っていてもあまり取りたくはない選択肢だ。


 もちろん、なにか決定的な出来事が起こりでもすればその限りではないのだが…


 (まあ、そこは今から考える内容でもないか)


 魔王軍との戦いまで少なくとも15年はある。その間に色々と対策を講じることは出来るだろう。王国軍に入るまでは前世と同じように生活していいだろうし、王国軍に入ってからも魔王軍に特攻を仕掛けるまではある程度の猶予がある。その中でどうにか手回しが出来れば幸いだが………


 (問題はになるんだろうな…ホント、どんな顔すればいいんだか)


 前世で俺と恋人関係にあった女性たち―――幼少期からの幼馴染で、ずば抜けた魔法の才能を持つ「エミリア・リースフレア」、この国の第一王女である「アリス・グノーシア・マーチ」、当代一と目された聖女「クレア・ハートランド」、そして史上最年少で軍の部隊長となる剣聖「シャルロット・メールドピア」の四人―――にどんな風に接するべきなのか、俺は頭を悩ませていた。


 普通に行けば前世がどうとかそんなものはないため、ただ一人の人として彼女たちと接すればいいというのは理屈では分かっている。しかし別れ方が別れ方だけに自分の方が変にドギマギした接し方になってしまう未来が容易に視えてしまう。


 かといって彼女たちと関わらないという選択肢は取れないのも確かだ。

 一人は幼馴染だし残りの三人も今後通うことになる学園にて知り合うことが確定しているからだ。

 同じ学園に通うだけなら無視すればいいのではないか…というのもあるが、王女様であるアリアと聖女であるソフィアを無視するのは彼女らの立場上無理だし、残るクリスも学園内で非常に注目を集める人物のため、無視を決め込むのは難しい。

 そうなるとこちらが取れる択というのはあってないようなもので―――


 (俺が頑張るしかないってことか…)


 そう思うと彼女たちと顔を合わせるのが少しだけ嫌になってきたアルフレッドなのであった。





















 一方その頃、かつて彼と思いを育んでいた少女もまた、


 「…なぜ、私はここに………?」


 少女―――エミリア・リースフレアは困惑していた。


 なぜ、自分の意識は幼少期の頃に戻ってきているのかと。


 (あの日、アルを失って泣き叫んだことまでは覚えているけれど…)


 そう、あの日―――幼馴染であり国の英雄であり、自分たちの恋人であるアルフレッドが命を落とした日。彼の死をトリガーに放たれた魔法によって遺言を届けられたエミリアは、この世の全てに絶望した。


 なぜ、魔王を討伐した彼が貶められるのか。


 なぜ、彼が命を落とすことになってしまったのか。


 今思えば、魔王軍との戦いに挑む前からなにかがおかしかったのだ。

 過去の言い伝えでは魔王との戦いに身を投じた勇者の元には、何人もの仲間がいた。その仲間の役割までは明確には書かれていなかったが、として聖女の名が記されていた。

 だがしかし、実際に彼が討伐したときに聖女は近くにいたのか。




 答えは―――――否。




 彼女―当代一の聖女と言われていたクレアは、魔王軍討伐の戦いに身を投じていなかった。

 なぜ彼女が従軍しなかったのか?

 いくら普通なのではないか?


 (もしかして…上層部の中にがいる?)


 そう考えると辻褄が合う…ような気がする。

 いくら勇者といえど仲間もなしに一人で魔王に立ち向かえば、普通なら負けて当然と思うだろう。

 そしてなにかしらの理由で勇者という存在を疎ましく思っているとするならば……


 (…いえ、今はそこまで考える必要はないわね)


 どこまで考えを巡らせても、今の自分に出来ることは何もない。


 なぜなら今の自分―――エミリア・リースフレアは、まだ5才の少女なのだから。


 そこまで考えたところで頭を軽く左右に振り、思考をリセットした。


 (ひとまずはもう一度、アルと仲良くなるところからかしらね………)






 ―――――待っててね、アル。






 今度は、貴方を一人にはしないから。





















 少女はまだ知らない。かつて愛した男が、を。


 少年はまだ知らない。かつて愛した女性が、自分のことを愛してくれていることを。

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