転生勇者、恋人たちと共に魔王軍に鞍替えします
某名無し
プロローグ
―――――その日は、激しい雷雨に見舞われていた。
王国軍からの追跡を逃れるために森の奥深くまで馬を走らせていたが、泥濘に脚をとられて俺は背中から地面に叩きつけられた。
「いってて………ったく、普段ならこの程度で痛みなんて感じないはずなんだがな」
馬には悪いことをしたと思いつつも、この場に留まり続けるとすぐに追っ手に捕まるため、俺は歩きで森の奥を進むことにした。
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自分でも知らない間に転生していたのだが、そのことに気付いたのはこの肉体の持ち主「アルフレッド・リースヘッグ」が5才になった日のことだった。
赤ん坊の頃でも学生の頃でもない5才というタイミングで転生者であることに気づいたのは幸運だった。前世では30にも満たない年齢ではあったが、赤ん坊の頃をやり直しというのはキツかっただろうし学生の頃だと知識不足に苛まれただろうからだ。
その点、アルフレッドはこれから勉学に励むというタイミングだった為、本当に幸運だったと言える。
そんな訳で順調に幼少期から青年期までを過ごし、王国軍に入ってから暫くしたのちに転機が訪れた。
王国軍が、有志を募って魔王軍に対して戦争を仕掛けると言い出したのだ。
なぜ「戦争を仕掛ける」と言っているのに全軍ではなく有志を募ってなのか、それはまあ言ってしまえばそもそも勝算がない戦いだったためで、魔王軍との戦争に本気で勝とうとしている命知らずを捨て去るためのいわば特攻作戦だったからだ。
そんな腐った作戦に後先を考えず志願したのは自分で、恋人たちに心配されながら自分とその他の志願兵たちは魔王軍との戦いに身を投げ出した。
その結果、王国軍が魔王の討伐に成功するという誰もが予想しなかった結末を迎えた。
魔王の名誉の為に言っておくと、決して魔王軍は魔王単騎で挑んできたわけではない。そもそも魔王単体だけでも王国軍の兵程度ならどれだけ数がいようと負けることはないのだから。
ではなぜそんな魔王を討伐出来てしまったのか。
それは「アルフレッド」がこの世界における勇者だったからに他ならない。
伝承として残されている言い伝えに「次代の勇者ならば必ずや魔王を討ち果たさん」というものがあった。この伝承は彼是数百年前からある伝承とされており、その期間もの間一度も勇者たりえる存在は産まれてこなかった。
それがなぜこの時代に、しかもよりにもよって自分だったのか。
万を下らない魔王軍の兵を倒し、ついに対面することとなった魔王の表情は、それはそれでとても面白いものだった。恐らく向こうも、二度と勇者は産まれてこないと思っていたのだろう。そんな中現れた俺という存在はある種イレギュラーのようなものであり、魔王にとっては死の宣告と同等だったに違いない。
その後俺と魔王の対決となったわけだが、結末は先に言った通り魔王の討伐で幕を下ろす。
さて、魔王軍との戦闘に参加した王国軍志願兵の数は僅か600。対する魔王軍は万を超える数の兵を揃え、さらに魔王本人も出陣するという徹底ぶり。魔王軍は魔王含め全滅だったが、王国軍兵も俺を除き全滅という結末を迎えた。
そんな状態で俺が一人で王国に帰還してどうなったかというと―――
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「ええい、奴はまだ見つからんのか!?」
「はっ…しかし、この辺りを馬が通った形跡が残っております。きっと近くにいるはずかと」
「早くしろよ、こんな天候の中遠くに逃げられたら今度こそ俺たちの首が飛ぶんだからな!!!」
「「「「「はっ!!!」」」」」
遠くの方から声が聞こえる。十中八九追っ手の連中だろう。こんな天候の中ご苦労様なことで。
これまた結論から言うと、俺は「王国に災いを齎す悪魔」と評され、指名手配の身となった。
魔王軍を壊滅するだけでなく魔王本人も討伐するというのは王国にとってもイレギュラーなことだったのだろう。しかも国に戻ってきたのが俺一人だけというのも相当に心象が悪かったらしい。
上層部の連中は次は自分たちが打ち滅ぼされると思ったのか、帰還したばかりの俺の身柄を拘束し、そのまま処刑まで持っていこうとした。
諸々の判断が早すぎると思わざるを得ないが、自分たちにとって害足りえる存在は速やかに消し去りたかったのだろう。
しかし俺とてタダやられるわけには行かないため反抗、拘束を解除したその身のまま王国から逃げ出して今に至る。
(それにしても、なんでこう国の上層部ってのはいつでも腐ってるもんなんだ?)
逃げ出してからはいくつもの村や集落を辿り、その身を隠してきた。
その中で現地の住民たちの話を聞いた結論としては、「王国がとにかく腐っていたという事実」だった。
王国生まれ王国育ちのためこれまで微塵も知らなかった事柄をいくつも聞き、王国の中と外とではこんなにも見えている世界が違うのかという現実を知った。
今まで見てきた世界はなんだったのか―――軽いカルチャーショックのようなものが起きたが、いちいちそれに構っている時間は俺にはなかった。
王国が軍を挙げて俺の大捜索を始めたという知らせを聞いたからだ。
あの場で俺を取り逃がしたという事実を重く見た王国上層部が、全軍を挙げて俺を探しに行くというのだ。
俺の恋人たちは必死に止めるように働きかけてくれたようだが、いくら国内でそれなりの立場が確立されているとはいえ数人の運動程度では上層部の動きを変えることも叶わず、先に話したようになってしまったらしい。
この情報自体も恋人の一人から秘密裏に共有された情報だったが、彼女たちは皆俺に対して申し訳なさを抱いているらしい。
こちらとしてはこの程度で彼女たちを責めるなんてことはありえないし、そちらこそ大丈夫なのかと彼女たちを心配してしまう。数人の働きかけで国を動かせるとはそもそも思っていないし動いたらそれはそれで国に対する心象がダダ下がりである。むしろ指名手配の身となった自分を擁護するというのは彼女たちでの国内の立場を危うくしてしまうのではないか、日々の生活も安全に送れなくなってしまうのではないかという心配が募る。
自分の身より恋人たちの身を心配するとは暢気なことだと我ながら思うが、このまま逃げ続けても先が短いであろう自分よりこれから先まだまだ生きることになるであろう彼女たちを心配するのはある種当然だと俺は思った。
(ま、だからといってタダで死ぬ気は更々ないがな)
そんなこんなで逃亡生活を始めてはや数ヶ月。
当初は楽に隠居先を見つけられると高を括っていたが、日に日に俺を受け入れる場所が減っていき最終的には魔物が多く潜む王国最南端の森に身を潜める羽目になった。
その森も随分と広大なものなのだが、一か所に留まり続けるわけにいかない都合上、身を隠せる範囲も残り僅かとなっていた。
なにせ、俺がいないと判定した範囲をすべて焼き払うという魔族もビックリの所業をやってのけているからだ。
正気を疑う作戦だが、どうしても俺という存在を捕まえたいのだろう。その根気だけは称賛に値するが、こうも後先を考えない作戦を実行してしまうくらいには王国もなりふり構っていられないということか。
今も遠くの方で火の手が上がっているのが見える。あの辺には綺麗な花がたくさん咲いてたんだがな…俺のせいで失われたと思うと申し訳なさを覚える。
しかし今はそんな感傷に浸っている余裕はない。あの辺を捜索し終えたとなるとそう遅くないうちにこの辺りまで捜索の手が伸びてきてもおかしくないからだ。
地面に叩きつけられた体も幾分か回復したし、動き出すには丁度いいだろう…。
そんなことを思いながら、俺は引き続き森の奥へ足を進めた。
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果たしてどれくらい歩いただろう。
俺の体は既に限界を迎えており、意識も若干朦朧としてきていた。
(勇者っつっても別に超人ってわけじゃないのが辛いな)
大抵勇者ってのは人間離れした肉体スペックを持っていたり強靭なメンタルを持っていたりなにかしらの特異な性能を所有していたりと、どこか超人めいた存在であることが多い。
そういう意味では「勇者の剣」などという武器を持てるのは自分だけという点で数多いる勇者と肩を並べられるかもしれないが、俺にあるのはそれだけだった。
この肉体は超人めいたものではなくただの一般人と同程度のスペックしか持たないし、メンタルは転生者だからか幾分大人めいていても人間離れしているとは思えない。魔法はこの世界ではごく普通のものだから特異な性能というわけでもないしなにも超人めいた存在ではないのだ。
そんな自分が半日以上森の中を歩き続けるとどうなるか――結果はお察しの通り。
森の中でもそれなりの高度を誇る崖の傍まで来たところで、自分は詰んだということにようやく気づいたのだった。
「うーん…やらかしたなぁこれは………」
幸いにも追っ手はまだまだ遠くにいるのがわかるため、ある程度の時間を過ごすくらいならば問題はないだろう。
しかしそれは捕縛されるまでの時間稼ぎにしかならず、ここからさらに逃げるというのは今の肉体では到底困難なことだった。
(ここまで逃げてきたのに末路がこれは笑うしかないな)
いくら疲れていたとはいえ自分の計画性のなさに笑うしかない。
しかし黄昏ていても新たな選択肢が閃くわけでもなく、俺は二択しか残されていない選択を迫られていた。
―――すなわち、大人しく投降するか、ここで自死するか。
二択と言っても実質一択と言っていいこの選択肢は余りに非情だと我ながら思うが、それしか残されていないのだからどうしようもない。
俺は大人しく自死の準備を始めたが、この末路は恋人たちに伝えるべきなのだろうか。
(逃げ続けた先に待っていたのが死というのは彼女たちにとって残酷すぎるか…)
そう思った俺は彼女たちに末路こそ伝えずに遺言を認めた。
この遺言をどう彼女たちに届けるのかというと魔法によって届けるのだが、この魔法の発動タイミングは俺の自死が叶ってからでいいだろう。
変に生き延びてしまったのに遺言だけ届けられても困るだろうし、俺も合わせる顔が無くなってしまう。
(いや、彼女たちを置いて先に逝く時点で合わせる顔なんて持っていないか…)
そんなこんなで準備―――と言っても遺言を認めただけだが―――を終えた俺は、崖の淵に立ち辺りを見回した。
雷雨に見舞われていることもあり見晴らしは決して良いものではないが、その壮大さだけはよく分かった。
「もう少しこの世界を楽しみたかったんだがなぁ…」
そう独り言を漏らしてしまうくらいには後悔しか残らない人生だった。
一度目もどうやって死んだのか思い出せないくらいには謎の死を迎えているのに、二度目は国に追われて自死などあまりにも虚しい。
転生したら勇者だった―――なんてあまりにも創作のネタとしてベタな生い立ちなのに結末がこれではと思わざるを得ない。
まあ創作はあくまで創作なだけで、この世界は俺にとっては一つの現実だったに違いない…ということか。
奥の方で、追っ手たちの声が聞こえてくる。
今はまだ遠いが、その内ここに辿り着くだろう。
「その前に俺は死ぬんだがな―――――あばよクソッタレども」
その身を前に投げ出し、俺は崖から飛び降りた。
(三度目があるとするなら、次こそは安らかに暮らしてぇなぁ………)
そのまま目を閉じた俺は、頭に強い衝撃を感じたと同時に意識を手放した。
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その日、この世界の命がまた一つ失われた。
彼の命が散ると同時に放たれた魔法は、彼の恋人たちの元へ彼の遺言を届けた。
彼女たちがその後どうなったか、ここでは語るまい。
彼の死から数日後、王国に暮らすある四人の消息が絶たれたとだけ、今は記しておく。
かくしてこの世界での生を終えた弘人であったが、三度目の生を受けたと気付くのは前回よりも早かった。
なぜならば―――――
「おめでとうございます!奥様!旦那様!」
(…なぜ父上と母上がいるんだ?)
それは別れを告げたはずの世界にて両親となった存在―ガンヴォルグ・リースヘッグとユリーチカ・リースヘッグの若かりし頃の姿が見えたからだった。
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