52話

投球練習が終わって

4番の高見が右打席に入ろうとするが

福岡チーターズの1軍監督が審判に申告敬遠の合図をした。

高見が悔しそうに1塁方向に進む。

「やっぱり、申告敬遠でしたか」富島が言った。

「ノーアウト満塁で5番松田を迎えます。スタジアムが盛り上がってきました。」アナウンサーの松隈が言う。

「私たちも、球場に座って解説しているんですけど、すごい熱気ですね」富島さんが言った。

「松田は今季ホームラン5本を打っています」松隈が言う。

「この大事な場面に打ってくれるかもしれないですね」富島さんが言った。

「6対1で福岡チーターズがリードしている場面

ノーアウト満塁で横浜にチャンスが訪れています。」

5番の松田が右打席に入る。

ピッチャーは、池崎。

初球、インコースのストレートを松田が振って空振り。

2球目、アウトコースのスライダーを追っかけて振るが空振り

2ストライクと追い込まれる。

「2ストライクと追い込まれました。」松隈が言った。

「いや、打ち気が空回りしてしまっていますね。

松田選手、腕に力が入ってますよ」富島が言った。

3球目、高めのつり球を松田が振ってしまい。3球三振に倒れる。

「5番松田選手が空振り三振に倒れました。」松隈が言った。

「いや、やはり三振ですか。少し硬くなりすぎましたね」富島が言う。

「6番長妻に打席が回ります」

「1アウト満塁ですか。横浜ゴールデンウルフズは1点ずつ返していきたいですね」富島が言った。

「ここまで、池崎投手が粘っています。そこのところをどう思いますか」

「池崎投手は、ここが正念場です。まだ1失点なわけですし、良く抑えていると思いますよ。」

「そうですか」

「福岡チーターズのコメントで、後半に差し掛かると打たれやすくなるとピッチングコーチの方が言っていたので、その通りになりましたが。まだ無失点です。池崎投手は良く投げていると思います。」

1アウト満塁で6番の長妻が左打席に入る。

初球、フォークボールを長妻が見逃してボールとなる。

2球目、シュートが大きく外れてボール

3球目、インコースのストレートを叩いた。


「長妻が打った打球が1,2塁間に転がる。セカンドが回りこんで取るが

ファーストには投げられない。3塁ランナーがホームに帰って

横浜ゴールデンウルフズに1点が入り6対2となります。」松隈が言った。

「長妻選手、インコースのストレートをうまく弾き返しました。

横浜はこの回、大量得点をいれたいですね」富島が言った。

「次のバッターは、6番、常田選手です」松隈が言った。

「6番常田選手ですか。チャンスの場面でベテランに期待がかかりますね」


僕はテレビを見て試合を行方を追っていると

突然、1軍コーチの横塚さんに呼ばれた。

「代打で出る。準備しろ」横塚コーチが言った。

「了解です」僕が言う。

5回裏に出場するとは、思っていない僕は

急いで、代打で打席に入る準備をする。

ベンチに入ってヘルメットを被って、バットを持つ。


「柊、ここで打って来いよ。」僕が打席に向かう前に安藤が声をかけた。

「ああ、ちゃんと打ってくるよ」僕は答えた。


1軍監督の伊藤さんが審判に「代打、柊 」と伝える。

審判はうなずいて紙に書く。


「7番 常田に代わりまして代打 柊」ウグイス嬢が言った。


僕が打席に入ろうとする前に

相手の福岡チーターズの監督が審判にピッチャー交代を告げた。

ピッチングコーチが出てきて、マウンドで池崎投手に何か声をかけた。

池崎がマウンドを降りる。


ピッチャーは、池崎に変わって、リリーフの坂梨がマウンドに立つ。

投球練習を見た限り、状態はよさそうだ。

データーでは、ストレートmax148kmだそうだ。

サウスポーなので、かなり球は速く見える。

3球投げてから、投球練習が終わった。

僕は、右打席に入る。

状況は、5回裏、1アウト満塁で

スコアは6対2で横浜ゴールデンウルフズが負けている。

ホームランを打ったら4点が入る場面。

ここまで、みんながつないでくれて1点が入ったので

僕もつないでいこうとバットを少し短く持った。


ピッチャーはサウスポーの坂梨

初球、アウトコースの145kmのストレートを見逃した。

審判はボールと判定した。

2球目、ピッチャーの坂梨が足を上げて、腕を振り下ろす。

インコースにスライダーが来た。

僕は反射的にボールをよける。

あと少し内側に入っていたら体にボールが当たっていた。

満塁だったので、当たっていれば1点が入っていたが

プロの速い球にあたりに行くのはものすごく痛い。

2ボール0ストライクで

3球目、135kmのフォークを打ちに行った。

ストレートだと思って打ちに行ったので、落ちていくボールの軌道にあわせて

バットに当てた。

1塁側のファウルゾーンに転がって、ファウル。

僕は、今の打席でボールがよく見えているから当てられたんだと思った。

今のファウルに僕にとって大きい。あの落差があるフォークボールを当てたのだ

僕は一度タイムを取って、打席を外す。


2塁ランナーの高見さんがベース上にいるのが見えた。

ピッチャーの坂梨は闘志を燃やしてマウンドに立っている。

1塁側のベンチを見ると、先ほど、ホームに帰って得点した小久保さんが

声をだして、声援を送っている。

3塁側の福岡チーターズのベンチは、1軍監督が厳しい表情でマウンドを見つめていた。

空を見上げると、真っ暗な空に星が輝いて見える。

ライトが照らされて、横浜スタジアムは明るい。

横浜ファンの外野で応援している人たちが大きな声で応援歌を歌っている。

1塁側の観客席を見ると、横浜ゴールデンウルフズの観客がタオルを広げている。

僕は、今。応援されているんだと強く感じた。

そして、この回が一番のチャンスだと観客もわかって応援しているんだと思った。

1軍に来て少ししか経ってない僕を横浜ゴールデンウルフズのファンは応援している。

僕はいままでやってきたバッティング練習を思い出して右打席に入る。

「お前はバッティングセンスがあるから、力を入れずに気楽に構えろ」

2軍で小久保さんや2軍コーチの川田さんに言われた言葉だ。

その言葉がすっと僕の中に入ってきて、力んだ体が緩まる。

バットをテイクバックして構える。

ここで、打てるかどうか考えるのは頭の端に追いやった。

ただ、目の前のピッチャーに集中するだけ。

ピッチャーの坂梨がプレートに足を少し乗せた後、

投球動作を行った。

右手のグローブが前に出て

左手はテイクバックをする。

右足は前に出ていて地面に着地しようとする。

体が前傾姿勢になって、左手から球が放たれる。

僕は、自然とバットが出てきてフルスイングをしていた。

ピッチャーの坂梨が放ったボールが僕のバットに当たる。

打球は、センターに上がる。

センターの森野が後に下がりながら打球を追う。

横浜のベンチで小久保さんが「超えろ」と言う声が聞こえる。

1塁ベースに向っていた僕は、大勢の観客が立ち上がっている所をみた。

1塁ベースを踏もうとしていた頃には、観客の大歓声が聞こえた。

バックスクリーンにホームランが入ったと分かった僕は

ガッツポーズをする。

ゆっくりとダイヤモンドを回ってホームを踏んだ。

走者の橋本さん、高見さん、長妻さんが待っていて、

僕はハイタッチをした。

高見さんが、僕に声をかける。

僕はそれを聞いて、頬を緩ませる。

ベンチに向かうと、お出迎えが待っていて

伊藤監督からハイタッチをした後、

ベンチ全員とハイタッチをした。

係員から、横浜のマスコットキャラのぬいぐるみを渡されて

観客席に投げる。

観客席からは、ナイスホームランという声が聞こえた。

僕はこの日を忘れないだろうと思う。

プロ野球人生で初ホームランが

満塁ホームランだったこと

こんなにも応援されたこと

打席で、今まで培ってきた技術だったり、経験が

あの打席で発揮できたと思った。

あの瞬間、人生で一番集中できたなと思った。

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