第8話 ギルドシンボル
ミコトさんはニコニコしながら期待した目を俺へと向けている。
「……今の流れだと、ミコトさんがギルド作るって感じじゃなかった?」
「私は前のギルドでサブマスターを経験していたから、サブマスターを担当しますよ。サブマスターは二人まで設定できるので、クマサンもサブマスターでいいですね。クマサンはギルドの経験がないでしょうけど、私がフォローするから大丈夫です。……というわけで、残ったギルドマスターにはショウさんが相応しいと思うんですよね」
「いやいや、決める順番がおかしいって! 普通はまずギルドマスターからだよね!? クマサンも何か言ってやってよ!」
「……ショウがギルドマスターなら俺は構わない」
「…………」
だめだ。この二人は何かを間違えている。
このままでは、本当に俺がギルドマスターとしてギルドを作らされてしまう。
たった三人のギルドで、しかも俺がギルドマスターだぞ!?
メンバーは、無口で愛想もないけど、責任感が強くて頼りになる重戦士のクマサン。そして、容姿は文句なし、ヒーラーとしての能力も高く、負け職業と言われる料理人の俺をバカにすることもなく以前から親しく接してくれている巫女のミコトさん。
そんな二人と三人だけのギルドを作って、特に目的もなく、ただくだらない話をしてわいわいするだけなんて、そんなの……。
…………。
そんなの楽しいだけじゃないかと思ってしまった。
俺はさっきミコトさんが言った理想のギルドを幻想だと思ったが、もしかしたらこの二人とならそんな幻想を現実にできるかもしれないと、心の中で思い始めていた。
「……俺がギルドマスターで本当にいいのか?」
「もちろんだ」
「ショウさんがいいんですよ」
二人が俺に向けるその顔には、やっかいな仕事を押しつけてくる時の会社の同僚の顔とは全く異なる、温かく真摯な信頼が込められていた。ああ、人に信頼され、期待されるというのは、こういうことなのかと、俺は初めて実感した。
この二人となら、俺はギルドマスターになって、自分のギルドを作ってみたい! そんなふうに思えてきた。
「でも、俺、ギルドの作り方とかよくわからないんだけど……」
「大丈夫、私が教えてあげますから!」
ミコトさん頼もしい言葉に支えられ、俺はギルドウインドウを開き、ギルドの設定を進め始めた。
正直なところ、これまでギルトとは無縁だと思っていたし、ギルドウインドウを開くのも初めてのことだった。途中、そんなに詳しいのならミコトさんがやった方がいいのでは?と何度も思いはしたが、二人が俺をギルドマスターとして選んでくれたのだから、言葉には出さずに、ミコトさんの指示に従って一つ一つ進めていった。
「はい、ここでギルド名を登録してください。これは一度決めたら変更できませんから、慎重に考えてくださいね」
ちょっと待って。急にそんなことを言われても困る。
俺は困り果てた表情で、二人に助けを求めた。
「……二人は、どんな名前がいいと思う?」
「ショウに任せる」
「私もショウさんが決めた名前で構いませんよ」
おいおい、さすがにそれは丸投げすぎないか?
「いや、さすがに何か意見をくれよ。どうせなら、三人で考えた名前にしたいし」
「まぁ、その気持ちはちょっとわかりますけど……」
「……だったら、食堂って名前を入れてほしい」
クマサンから意外な言葉が出てきた。
「いいかもしれませんね! 私が二人と出会ったのもこの食堂ですし。ショウさんの食堂に名前があれば、その名前をそのままギルド名にしてもいいんですけど、まだ名前はないんですよね?」
残念ながらNPCから借りている店には名前をつけられない。店の名前を自由につけるのは、プレイヤーが自分のお金で店を購入した場合のみだ。そのため、この店は「ショウの店」とプレイヤー名プラス「の店」という名称でしか表示されない。食堂という名称さえついていないのだ。
「ああ、自分の店じゃないから名前はつけられないからな」
「だったら、代わりにギルド名を『ショウの食堂』にするのはどうだ?」
「……いや、クマサン、さすがにそれはやめてくれ。名前を使うのなら、『ショウとクマサンとミコトの食堂』とかにしてくれないと」
「待って待って、私とクマサンは料理人じゃないですし! ……いっそのこと、『みんなの食堂』とか……って、ちょっとそれはイケてないですよね。どうせなら、ゲームの名前をつけて、『アナザーワールド食堂』とかどうですか?」
「何か変な食材とか使ってそうで不安な名前に感じるのは俺だけか?」
ミコトさんの提案に対して、俺はすぐに疑問を口にした。
俺が目指す食堂ともギルドとも、ちょっと違う気がする。
「……三つ星食堂」
クマサンのつぶやきに、俺のまぶたがピクリと反応する。
三つ星とは、タイヤメーカーのミシュランがガイドブックに掲載するレストランなどを星の数で評価したものだ。食堂を名乗るのならミシュランの三つ星は目指すべきものの一つであるが、クマサンの言う三つ星には、それ以外の意味もあると俺は即座に理解した。
そう。俺とクマサンとミコトさん、猛き猪を倒した俺達三人こそが、その星なんだ。三人の名前をそのまま入れるのは拒否されたが、こういう形で三人のことを表す方法もあったんだ。
「いいじゃないですか!」
クマサンの提案に、ミコトさんも親指を立てて賛同の意を示している。
二人の視線が俺に集中し、最終決定はギルドマスターの俺に委ねられた。
「俺もいいと思う! 俺達のギルド名は『三つ星食堂』だ!」
俺はギルド名の登録を完了した。
これで俺がギルドマスターとしてギルドが設立され、その証として、俺の名前の横には真っ白なシンボルが表示されている。
初期設定だとギルドシンボルはただの白の円になるのか……。
「じゃあ、私とクマサンをギルドに誘ってください。『ギルド勧誘』を選べば招待できます」
「わかった」
ミコトさんの指示に従い、俺は二人にギルド勧誘を行った。
すぐに二人ともそれを了承し、ギルドウインドウのメンバー欄に二人の名前も表示される。
本当にこの二人とギルドを作ったんだ……。
三人の名前が並んでいるのを見て、俺にも実感が湧いてきた。
「次に『サブマスター設定』を選んで、私とクマサンをサブマスターにしてください」
「了解」
言われるままに、ミコトさんとクマサンをサブマスターに設定する。
サブマスターはギルド解散の権限こそないが、それ以外の勧誘や脱退、その他のギルド運営に関するたいていのことができる。万が一ギルドマスターが急にログインしなくなったとしても、サブマスターさえ入ればギルドを継続して運営できるくらいだ。
「じゃあ、後はギルドのシンボルマークですね。これは後からでも変更できますけど、真っ白のままはさすがに味気ないですから、とりあえず何か作りましょうよ」
ミコトさんの意見には俺も賛成だった。
実は、今まで誰にも言ったことはなかったけど、俺はギルドシンボルにちょっと憧れがあった。以前、ミコトさんがつけていた青色の五角形を背景に二本の剣がクロスしたシンボル、あれは格好よかった。ほかにも、剣と盾をモチーフにしたものや、ドクロをイメージしたデザインなんかを見かけるたびに、いいなと感じていた。
さて、いざ自分でシンボルと作るとなると……やっぱりファンタジーと言えば剣だよな! 魔法やドラゴンも魅力的だけど、俺としては剣を使いたい!
「どんなデザインがいいでしょうか? 街の食堂みたいな感じのします? 店に看板がかかってるみたいなの」
「だめだめ! そういうのじゃないから!」
冗談なのか本気なのか判断がつかないが、そんなノリでシンボルを決められてはたまらない。俺は剣がいいんだ。
「……試しに作ってみた。どうだ?」
「へぇー、食堂ぽくていいじゃないですか!」
クマサンはミコトさんに作成データを送ったようだ。二人してうなずきあっている。
おいおい、二人とも、ギルドマスターを無視して話を進めないように!
「クマサン、こっちにも見せてよ」
「ああ」
俺はクマサンから送られてきたデータを確認する。
…………。
一瞬、白い円をバックに、その前で剣と槍とが交差する、前のミコトさんのギルドシンボルに似たデザインかと思った。
だが、すぐにそれが剣や槍でないことに気づく。
どう見ても、交差しているのはナイフとフォークだった。
おまけに、後ろの白い円はお皿だ。
「ちょっと待ってくれよ、クマサン。こういう冗談はもういいから……」
俺はクマサンが受け狙いで、ミコトさんの前のギルドシンボルに似せて作ったのかと思った。しかし、二人の様子を見ると、冗談とは思えない。
「三つ星食堂にぴったりですね」
「……だろ?」
「決まりですね! これにしましょう!」
「……よし」
あのクマサンが、小さくガッツポーズを作っている。
なんだかちょっと可愛い。
でも、ナイフとフォークにお皿って……俺は剣がいいのに……。
俺はもっと格好いいシンボルにしようと二人に言いかけたが、言葉を飲み込んだ。
二人がはしゃいでいる姿、特にいつになく嬉しそうなクマサンを見ていると、自分のこだわりなんてどうでもいいことに思えてきたのだ。
「……ショウはどう思う?」
クマサンのなにげにつぶらな瞳が、期待と不安が混じったような輝きで俺を見つめてくる。
そんな目で見られたら、俺の答えなんて一つしかないじゃないか……。
「俺もいいと思うよ。クマサンのアイデア、採用でいこう」
「やった!」
クマサンは、今度は両手で小さくガッツポーズを作っていた。
ギャップ萌えというのだろうか。
その大きな図体でこのアクションは、あまりにも可愛すぎる。
こうして、新たなギルド「三つ星食堂」が誕生し、そのシンボルとして、白いお皿を背景に、ナイフとフォークが交差して×字を作るデザインが採用されたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます