第9話 スキル検証

 新しいギルド「三つ星食堂」を設立した俺達三人は、俺の料理スキルの検証のため、幾度となくモンスター討伐に出かけていた。

 俺としては猛き猪を倒せただけで十分だったんだが、クマサンが「ほかのモンスターにも料理スキルが通用するのか確認してみよう」と提案し、ミコトさんも賛同したことで、ため、どういう状況でどういう敵ならスキルが使えるのかを試すことになった。


 今回の俺達三人は、アンデッドモンスターが出没する遺跡に向かい、骨だけのモンスター、スケルトンと対峙していた。


「ダメだ。やっぱり料理スキルは使えない」


 濃いグレーで表示されたスキル名を見ながら、俺は淡々とした声で二人に伝える。

 正直、この結果は予想通りなので、今更驚きも落胆も感じない。


「やっぱりそうなんですね」


 俺に付き合ってくれているミコトさんの声も落ち着いたものだ。

 俺達はこれまで、さまざまな敵に対して料理スキルの効果を検証してきたが、最近ではその結果に一喜一憂することもなくなっていた。


「では、もう倒してしまうぞ」


 スケルトンのターゲットを取ってくれていたクマサンが、スケルトンに向かって一撃を放ち、敵を叩き潰す。

 今回の目的はあくまでスキル検証であり、相手にするモンスターは余裕をもって倒せる低レベルのものにしていた。タンクのクマサンでも倒すのに全く支障はない。

 悲しいかな料理スキルの使えない俺では、タンクのクマサンよりもダメージが与えられないのだ。


「ん? 何か見たことのないアイテムが出たぞ?」


 クマサンの言葉に反応して、ドロップアイテムのウインドウを確認すると、「ラボラスの骨」という見慣れないアイテム名が表示されていた。

 しかし、今のはただのスケルトンで、別にレアな敵でも高レベルの敵でもなかったはずだが……。


「あー、確かこれってすべてのスケルトン系モンスターから、超低確率でドロップするレアアイテムですよ。アイテム作成の素材として使えるみたいですけど、今のところは特に強い武具や薬の材料にはなってないみたいなので、そこまで価値はないかもですけど」


 ミコトさんの説明を聞いて、俺は少しがっかりしたが、すぐに考えを切り替えた。


「それって、今後この素材を使った新しいアイテムが実装されれば、一気に価値が跳ね上がるかもしれないってことだよな?」

「その可能性はありますね。実際、手に入れた人も倉庫にしまっているのか、プレイヤーの売買所で見かけることもほとんどありませんし」

「じゃあ、俺はパスするから、二人でロットしてくれよ。すぐに価値が出るわけじゃないだろうけど、手伝ってくれてるお礼がわりってことで」


 現時点が価値のないアイテムをお礼と言われても、二人としては嬉しくないだろうけど、せめてもの気持ちってやつだった。

 だが、俺の意図に反して、二人の顔にはどこか不満の色が浮かんでいるようだった。


「いや、こういうのは公平にロットすべきだ」

「そうそう。ショウさん、気を遣わなくていいですよ。私達はギルドの仲間なんですから」


 そうだった。この二人はこういう人だった。

 余計な気を遣ってしまったことを俺は恥じる。


「わかった。じゃあ、全員でロットということで」


 俺の言葉に、二人は満足そうにうなずいた。

 本当に、二人ともいい人なんだよな。

 それじゃあ俺もロットさせてもらうけど、こういう時は低い数字が出てほしいものだ。二人はああ言ってくれたけど、一応レアアイテムなんだから、どっちかに取ってほしい。


 …………。


 しかし、こういう時に限って大きい数字が出るのが俺の運の良さというか悪さというか……。

 958という、ロットでは滅多に出せないような数字が出てしまっていた。


「ショウ、いい数字だな」

「ショウさん、もしかして本当は欲しかったんじゃないですか?」


 違う、違う!

 俺の場合、欲しいアイテムの時ほど小さい数字が出て、どうでもいい時に限って大きな数字が出るんだって!


 二人のロットは案の定低く、結局「ラボラスの骨」はロットの結果、俺が手に入れることになってしまった。


「アイテムのことはともかく、ショウさんのスキルについては、これでだいぶわかってきましたね」

「ああ。二人が付き合ってくれたおかげだよ。ありがとうな」

「同じギルドメンバーだからな。気にするな」


 低レベルモンスター相手に俺のスキルを検証しているため、二人には経験値やアイテムの恩恵はほとんどない。言ってみればボランティアみたいなものなのに、二人とも嫌な顔一つせずに付き合ってくれている。


「アンデッドはもちろんですけど、ゴブリンやオークのような人型モンスターも全部ダメでしたね」

「だが、肉がドロップする動物系は全部スキル使用可だったな。それに植物系もか」


 そうなのだ。

 二人の言う通り、検証の結果、料理スキルが使えるモンスターの系統がだいぶ見えてきた。要するに、食材になりそうな動物や植物系のモンスターには料理スキルが攻撃スキルとして機能するが、それ以外のモンスターには使えないということだ。


「これで次からはレベル上げにいけそうですね。動物系モンスターしか出ない場所に行けば、安定して経験値を稼げそうです」

「そうだな。ドロップした肉をショウに料理してもらえば、現地で食事も取れるし」

「あはは、確かに!」


 二人の言葉を聞いて、俺は少し驚きを覚えた。二人がスキル検証に付き合ってくれているのは、以前俺が二人に譲った猛き猪のドロップアイテムへのお返しだと思っていたからだ。

 二人の職業と腕前を考えれば、野良パーティでも引く手あまたのはず。俺なんかと一緒に狩りをする必要なんてないし、検証が終われば、ギルドには加入しているものの、それぞれ好きなようにレベル上げに行くものだとばかり思っていた。


「二人とも、いいのか?」

「ん? 何がだ?」

「いや、俺と一緒だと狩れるモンスターも限られるし、もし途中で俺のスキルが使えない敵と遭遇したら、俺は全く戦力にならないし……」


 俺は気を遣わないようにと伝えたかったが、ミコトさんの反応は意外なものだった。


「何を言ってるんですか! そういう時こそ、仲間の私達がいる意味があるんですよ!」

「ミコトの言う通りだ」


 クマサンも同意し、俺に向かって力強くうなずいた。しかし、それでも俺は二人に負担をかけたくないという気持ちが勝っていた。


「でも、これ以上二人に付き合ってもらうのも悪いし……。猛き猪のドロップアイテムの件なら、もう十分だし、気にしなくていいよ」


 俺の言葉を聞いた二人は、一瞬驚いた表情を見せ、すぐに不機嫌そうな顔に変わった。


「ちょっと、ショウさん! もしかして私達がアイテムの借りを返すために無理して付き合ってると思ってたんですか!?」

「え?」

「私はショウさんと一緒にパーティを組むのが楽しくてやってるんです! クマサンだってそうですよね?」

「ああ、もちろんだ」


 クマサンは腕組しながら、深くうなずいている。


「それなのに、アイテムの件があるから付き合ってると思われてるなんて、私、本当に怒りますよ。ショウさんは、私達と一緒にゲームしていて楽しくなかったんですか?」

「いや、そんなの楽しかったに決まってるじゃないか! 俺は料理人だから、パーティに誘われることもないし、二人と息を合わせて敵を倒すのはすごく達成感があったし、そうでなくても、一緒にいて喋ってるだけでも十分楽しかったよ」


 俺は言いながら、かなり恥ずかしいことを口にしたかもしれないと感じた。しかし、ミコトさんはその言葉を聞いて、お怒り気味だった表情をすぐに笑顔に変えてくれた。


「そうですか。それなら安心しました。ショウさんがそんなふうに思ってくれていたとわかって、私も安心しました。クマサンもそうですよね?」

「ああ。俺も普段は一人で行動してるから、二人と一緒にやるのは……楽しい」

「クマサンも素直でよろしい! ……それに、このアイテムを譲ってくれたことを私は忘れませんし、こんなことでそれを返せたとも思ってませんから」


 ミコトさんの声は途中から小さくなり、最後の方の言葉はぼそりとつぶやくような調子だった。俺にははっきりとは聞こえなかったが、何か大事なことを言っていたように感じた。


「ミコトさん、今何て言ったの?」

「ううん、なんでもないです! それより、今日はこのへんで引き上げましょうか。私、明日は早起きしないといけませんので」

「そうだな。それじゃあ、街に戻ろうか」

「わかった」


 そんなこんなで、今日の冒険は終わりを迎えた俺達は街へ戻り、パーティを解散した。

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