第7話 ギルド
「昨日の戦いは本当にギリギリだったな。思い出すと今でも興奮して体が熱くなってくる」
クマサンは今日も俺の店のカウンター席に腰掛け、いつになく饒舌に語り続けていた。
すでにハンバーグはきれいに平らげているにもかかわらず、彼は帰る素振りも見せず、昨日の激闘を何度も繰り返して語るのだ。
「クマサンが最後までターゲットを引きつけてくれたから勝てたんだよ」
「いや、ショウがいてくれたからだ。ショウがあの驚異的なダメージを出し続けてくれなかったらあの勝利はなかった」
もう何度目だろうか。この褒め合いの応酬を、俺達は互いに楽しんでいた。もちろん飽きることなどない。むしろ、クマサンと同じか、それ以上に俺もこのやり取りを心から楽しんでいたのだ。
しかし、その穏やかな時間を打ち破るように、とげとげしい声が店内に響き渡った。
「ああもう、イヤになります! ギルド勧誘がしつこすぎるんですよ!」
お怒りの様子で店に飛び込んできたのは、昨日の戦いで共に勝利のもう一人に殊勲者であるミコトさんだった。
しかし、ギルド勧誘とはどういうことだろうか? ミコトさんはすでにギルドに加入していたはずでは?
その疑問にかられ、改めてミコトさんの名前表示を確認すると、いつも彼女の名前の横に表示されていた加入ギルドのシンボルマークが消えているのに気づいた。
についていた加入ギルドを示すシンボルマークがついていなかった。昨日までは確かに二本の剣が交差するシンボルがあったはずだが、今は何も表示されていない。一体何があったのだろうか?
「ミコトさん、ギルドに所属していたよね? 何かあったの?」
「辞めてきたんです」
ミコトさんはあっさりとそう答え、クマサンの隣に座った。
その突然の発言に、俺とクマサンは驚きの表情で彼女を見つめた。
「ミコトさん、あのギルドのサブギルドマスターだったよね? それを辞めるなんて、何があったんだ?」
「……覚えてます? 昨日のあの3人」
彼女が指しているのは、昨日の猛き猪との戦闘中に、ヘッドディスプレイのバッテリーを抜いて強制ログアウトした3人のアタッカー、アキラ、ジャッキー、クロのことだろう。
結果的として彼らがいなくなったおかげで勝てた部分もあるが、仲間を置いて逃げたことと、反則とも言える離脱方向を用いたことには好感が持てない。
「強制終了の24時間ログイン不能のペナルティが明けて、さっき3人ともログインしてきたんですけど、あの3人、昨日のこと全然反省してないんですよ! それどころか、ギルドチャットでほかのギルドメンバーにその件を話したら、みんなも『そんな離脱方法もアリなんじゃないか』って、軽く流されたんですよ!? 信じられません! 腹立たしいことに、ギルドマスターまで『3人が抜けたおかげで、敵を倒せた上にアイテムも独占できたんだから、良かったじゃないか』なんて言い出して! ショウさんとクマサンがどれだけ必死に戦ってくれたのか、何もわかってないんです! それに、もしあの3人が最後まで残っていたら、天女の羽衣にだってロットしていたに違いありません! 結局、彼らは自分の利益しか考えてないんです。同じギルドメンバーなのに! ショウさんやクマサンとは全然違うんですよ……。だから、そんなギルドには愛想が尽きて、その場で辞めてきました!」
ミコトさんは怒りをあらわにし、怒涛のように言葉を吐き出した。それだけでもまだ気が済まない様子で、ぶつぶつと文句を言い続けている。
「なるほど。それでギルドのシンボルがなくなってなって無所属なことがわかるから、街を歩いているだけでギルドの勧誘がくるってわけか」
「ええ、そういうことです」
「ヒーラーやタンクは、パーティの要だからね。いるかいないかで効率が大きく変わるのに、どっちもやりたがる人は少ないし、フリーのヒーラーやタンクがいれば、どのギルドだって喉から手が出るほど欲しがるだろうね」
ミコトさんは、可憐な女の子キャラで、そのヒーラーとしての腕前は誰もが認めるほどだ。さらに、昨日手に入れた天女の羽衣が、今も背中でヒラヒラと優雅に揺れている。これを見れば、彼女のことを知らない人でも、このアイテムを入手できるくらい実力のあるプレイヤーだと一目でわかるだろう。今はその見た目も相まって、まさに天女のような可愛さだ。そのため、どのギルドもダメ元で声をかけたくなる気持ちは理解できる。
「ホント、迷惑しちゃいます。ギルドに入るなら、ちゃんと選んで入らないといけないって学んだところなのに、私のことをよくも知らないで声をかけてくる人達のところになんて、絶対に入りたくないです……。あ、そういえばクマサンもずっとギルド未所属ですよね。いつもどうやって勧誘を断っているんですか?」
「……誘われたことない」
「…………」
「…………」
クマサンの寂しげな言葉に、俺とミコトさん一瞬言葉を失い、互いに目を見合わせた。
負け職業の俺と違って、タンクなら引く手あまたなはず……。プレイヤースキルに問題があるのならともかく、昨日の戦いを見てもわかるようにクマサンはかなり優秀なタンクだ。それにもかかわらず、ギルドへの誘いが一度もないなんて、何か見落としていることがあるのだろうか?
俺は改めてクマサンの容姿を見つめた。
熊なんだよな……。
獣人系キャラクターの中でも、猫型や兎型のような可愛らしいキャラは、人間キャラ以上に人気があることも多い。熊型獣人だって、キャラメイクを工夫すれば、愛嬌のある可愛い熊キャラや、堂々とした格好良い熊キャラに仕上げることができる。
しかし、クマサンのキャラはデフォルトの熊型獣人で、その姿はどこまでもリアル寄り。可愛さや親しみやすさの欠片もなく、ただただ威圧感がある。その上、クマサン自身がは無口で不愛想ときている。
……うん、これでは確かにギルドに誘われにくいかもしれない。
クマサンの見た目と性格が、彼のことを深く知らないプレイヤー達を遠ざけているのだろう。本当は、義理堅くて思いやりのある優秀なプレイヤーなのに、それが知っているのが俺達だけというのが、なんだか悔しい。
「……まぁ、なんだ。ミコトさんは、誘われるのがイヤなら、早く新しいギルドを決めるしかないだろうね」
俺は、クマサンのことにこれ以上触れると、彼を傷つけてしまうのではないかと感じ、話題をミコトさんのギルドの件に戻すことにした。
「簡単に言いますけど、どうせ入るなら信頼できる人がいるギルドに入りたいんですよ。困っている仲間がいれば、何も言わずにそっと手助けし合えるような、そんなギルドに……」
いやいや、ミコトさん。それはなかなか難しい注文だよ。俺もかつてはそんな理想を抱いていたけど、現実世界の厳しさに打ちのめされて、そいう理想は次第に薄れていったものだ。理想を持つことは素晴らしいけど、あまりにも幻想に囚われすぎると、後で現実に直面するのが辛くなるよ。
「ないなら自分で作ったらどうだ?」
クマサンがさらりと言う。しかし、ミコトさんは一瞬驚いたように戸惑いの表情を浮かべた。
「クマサンも簡単に言ってくれますね。作るといっても、なかなか信頼できる人を集めるのは難しい――」
ミコトさんはふいに言葉を止め、まじまじと俺の顔を見つめてきた。次に、クマサンの顔をじっと見つめる。
「そうですよ! 自分で作ればいいんですよ!」
彼女の表情がぱっと明るくなり、何かにひらめいたかのように嬉しそうに手を叩いた。
……嫌な予感がするのは気のせいだろうか?
「私達3人でギルドを作りましょう!」
なにを言ってるんだ、この人は!?
俺は料理人だぞ。料理人なんてギルドに入れてどうするんだ。
そもそも、タンク、ヒーラー、料理人って、なんだそのメンバー構成は!?
ほら、クマサンだって呆れた顔をしているじゃないか!
「……クマサン、何か言ってやってくれよ」
「確かにそれはいい考えかもしれない」
「…………」
クマサンよ、なぜそこで賛同するんだ?
俺は思いもしなかったクマサンの反応に言葉を失う。
「ねえ、どうですか? ショウさんもいい考えだと思いませんか?」
いや、ミコトさん、そんなキラキラした顔で迫られると、ちょっと緊張するんだけど!
でも、これは俺にとって初めてのギルドへのお誘いだった。自分の料理人という職業が負け職業だとわかった時から、こういう誘いはないものだと諦めていた。正直言うと、少しこそばゆいし、それにちょっと嬉しい。
……ミコトさんの作るギルドなら、いいかもしれない。
「……俺、料理人だけどいいのか?」
「職業が何かじゃなくて、ショウさんがいいんですよ」
これほど嬉しい言葉があるだろうか。
心の深いところにじわり温かいものが広がっていく。
「……ありがとう、ミコトさん」
「どういたしまして! じゃあ、ギルドマスターはショウさんってことで、ギルド設立をよろしくお願いします!」
「…………ん?」
俺は聞き間違いかと思って、ミコトさんをじっと見つめた。
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