【#50】亡霊

 視線を感じたのは二日前、配信していることもあり、最初は視聴者かと思っていた。


 だけど、一分、十分、一時間経っても視線が途絶えることはなかった。


 このままではプレイに支障が出てしまう。勇気を持って振り返ると、数メートル先の物陰から見えた一人のプレイヤー、此方を凝視している。


 怖くなった。「やめてください」と伝えたいけど、それ以上の勇気が持てるだろうか。


 唯一仲良くしてくれる友達で、GHO2の世界を共に冒険する大切な仲間、《晴》に相談をした。迷惑を掛けたくないと隠していたけど、晴は私の様子がおかしいと心配していたらしい。


 話を聞き終えると、晴は「雨、話してくれてありがとう」と言い放ち、一目散に未だ物陰から此方を覗くプレイヤーの元へ向かっていった。


 晴はすぐに戻ってきた。どうやら、そのプレイヤーは近付いていくと逃げて行ったらしい。


「ありがとう、晴。 いつもごめんね」


「大丈夫だよ、雨。 また困ったことがあったら言ってね」


「……うん」


 またこれだ。私は晴に頼ってばかりで、何もしてあげられてない。


 晴はどうしてこんな私なんかと……ううん、晴はそんなこと思ってない。


 だけど、このままじゃ私は…………。



 視線は一度途切れたけど、数時間後それは再び感じることになった。


 今回は私たちではどうしようもないくらい用意周到に。



 レットさんという方に出会った。


 GHO2から始めた私でもその名を知るほどの有名なプレイヤーさんだ。


 なんと、護衛という名目でご一緒することになった。まあ、全部晴のお陰なんだけどね。


 そして、レットさんに護衛をしていただいてから、視線を感じなくなった。


 す、凄い……。視線はまたいつ戻ってくるか分からないけど、二日ぶりに気持ちが晴れた。


 私は現在いまの時間を目一杯楽しみたい。



 ◆



「きゃあああああ!」

「……きゃ、きゃあ」

「うわあああああ!」


 俺は今、両手を上げ、正面から襲い来る《風》との戦闘中だ。


 風を操るか、なかなかの強敵だな。


 だが、流石の猛攻もついに止んだか、今回は俺の勝ち……


「来るよ!」


 晴よ、何を言って……。天高く昇るジェットコースターは突然その動きを止めた。


 何だ、何も来ないじゃないか。嵐の前の静けさってやつなのか?


 次の瞬間だった。


 龍はその巨体を下に向け猛突進を行おうとしているではないか。


 まずい、その攻撃は!?


「きゃああああああああ!」

「きゃ、た、楽しいですね」

「うわああああああああ!」


 


 はあ、はあ、なかなか手強かったぞ。だ、だが、これで本当に俺の勝、ち……。


「いやー! 楽しかったー! 雨、どうだった?」


「う、うん! わ、私、とっても楽しかったよ!」


「……雨」


「ん? どうしたの晴、今にも泣きそうな顔して……」


「な、泣かない! ……けど、雨の楽しそうな顔久しぶりに見られた気がして」


「……晴ぅ」


 そうか、晴と雨からすれば二日ぶりに気を抜いてプレイしているわけだもんな。


 涙ぐみながら抱き合っている二人を見ていると俺も何だが泣けてきて……。


 視線を下に向けると、ふと右下にあった黒い縦長ウィンドウが目に入る。


――――――――――――――――――――――――

〇 晴と雨尊すぎる

〇 二人の推しになります

〇 許せねえよストーカー

〇 もらい泣きしました

〇 それを眺めるレット

〇 レット、そこを代われ!

〇 あーあ、泣かした

〇 レットサイテー

〇 こんな健気な女の子二人を……

〇 レット……さん??

〇 レットよ、お主はいつも

〇 ごめん、もっと二人観たいからレット泣かないで

――――――――――――――――――――――――


 あれ? 晴と雨に対するコメントに比べると俺の扱いが……。


 どうして……俺は今の状況を振り返ることにした。


 ジェットコースターを降りて、晴と雨が抱き合って、それを眺める男……ああ、これだ。


 どうやらこの状況を世の男性は許してくれないらしい。


 まあ、実際の話、俺は今日で配信を始めて五日目だ。配信というものを詳しくは知らないが、配信者と一緒に視聴者側も変化していくのかもな。


 配信のノリとでもいうのだろうか、過度なものでなければ問題ないはずだ。

 

「……雨」


「……晴」


 すまないお嬢さん方、耐性のない俺にはその成分をこれ以上摂取することはできない。


 配信同様、詳しくは知らないが、その成分を過剰摂取すると耐性がない人間は何かに目覚めたり、胸が爆散すると聞いたもので。


「あ、あのう、お取り込み中申し訳ないのですが」


「……あっ! ごめん、レット」


「す、すみません。 嬉しくてつい……」


「い、いや! いいんだ、そろそろ次のアトラクションとかどうかな」


「うん、行こう!」


「い、いいですね」


 俺たちは、乗り場から離れ次のアトラクションを目指す。




「雨、次はどんなアトラクションなんだろうね!」


「お、お化け屋敷とかど、どうかな?」


「えっ!? い、いやあ、あっ、レットはどう思う?」


 晴と雨は笑顔を見せながら振り返ると、数メートル離れた後方を歩く俺に問う。


「いいんじゃないか?」


「そ、そうだよね! 雨、レットがああ言ってるし行くよ!」


「だ、大丈夫? 晴、無理してない?」


 二人は再び視線を前に向け、とても軽やかな足取りで歩みを進めた。


 よかった、出会った時より表情が明るくなっているな。


 あとは、根本的な原因、ストーカープレイヤーをどうするかだが……。


「気を付けろ、青年」


 ん? 背後から渋い声が聞こえたような……先を進んでいる晴、雨、ではないよな。


 じゃあ、一体誰が……、俺は声がした背後へ振り返る。


 そこには、五メートル幅の道、左前方に設置されているベンチに腰を下ろす酷く汚れた白いローブに身を包んだ人間。


 頭上に名前が表示されない? プレイヤーではなく、NPCでもない。いや、非公開プレイヤーか?


 非公開……まさか、お前が!?


 いや、座っていて分かりづらいが、どこか見覚えがあるがっしりとした体躯をしている。


「お前は、誰なんだ?」


「俺は……」


 ベンチに腰掛けていた男は、一瞬にしてその場から姿を消した。それはまるで、蝋燭ろうそくの火が吹かれ揺らめくように。


「おいっ!?」


 今のは……突然発生したイベント、俺の知らないところで何かが動き出してるとでもいうのか。


「レット、どうしたの? 先行くよ!」


「は、晴、急に走ると危ないよ」


「あ、ああ、今行く」



《裏クエスト【亡霊】が開始しました》

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