【#28】我が名は

 Lv.1500といえば、暴食龍の10倍、デザーディアンの1.5倍になるが、どれほど強いのだろうか。


 GHO前作では、最大Lv.9999だったので、それを経験した者からすれば低く感じるかもしれない。


 しかし、例えトッププレイヤーだったとしても、装備が整っていなければ討伐は難しい。


 まあ、そもそも、こんな序盤に隠し街クエストなんてものを受ける奴はほとんどいないんだがな。


 普通は、自分に見合ったクエストを受けていって徐々に強くなっていくのが鉄板だろう。


 それでも、遥か格上相手に勝負を挑むのは余程の馬鹿か、戦闘狂バトルジャンキーだけだ。


 

 そして、俺はその後者に当てはまる、強い相手を目の前にすると血が滾って仕方がない。


 今まさに刀を交える"戦国武将"ノブナガを相手に不敵な笑みが止まらないのはその証拠なのか。


 体を右に半回転させ、次は正面切ってぶつかり合う。


 少しずつだが押されている、やはり、暴食刀この刀では出力不足か、攻撃力を簡単に喰らわせてくれる相手でもないだろうしな。


「はっはっは、ここまでやるとはな。 しかし、その装備ではいささか俺を斬るには足りんだろう」


 ああー、ノブナガあんたにまでバレてしまってるか。


 ノブナガは状況を察すると、さらに力を込め、それに耐えられないと判断した俺は刀を弾きバックジャンプを入れてしまう。


 しまった!! この方向はまずい、このままでは妖術の糸に絡めとられて斬撃の餌食になるだろう。


 バックジャンプ中、視界にはノブナガを殴らんとするエンラ、【未来眼】を一度用いたことで既にタイミングを掴んだのかその左の瞳は赤色に染まっているサタン。

 恐らく、称号を【妖を祓う者】に切り替えたのだろう。


 武道家が阻んでいる糸に襲われるコンマ数秒前、完璧にワープしていく鏡によってそれは道を切り開く。


 眼前で起こる斬撃の中を進んだエンラは地面を蹴り、ノブナガの左側から攻撃する態勢に入った。

 腕を後ろに下げながら肘を曲げ右拳に力を込める。


 しかし、そう思っている間にも俺の体は糸に絡めとられそうだ。

 空中では――恐らくサタンは、エンラの一撃を支援するために尽力するだろう。


 ここは何としてでも一人で潜り抜けなければ。


 一瞬無防備になるが、やるしかないか。


 糸に背を向けている状態を回避するため、体を左に半回転させ誰もいない拝殿の方を見つめる。


 刀を坂手持ちに変え、掲げた俺は、それを一直線上力一杯に投げつけた。


 真っすぐと進んでいく刀は糸に絡め取られながらも拝殿前に突き刺さったが、斬撃がまだ残っている。


 そして、その直後、暴食刀は何度も何度も何度も妖術による斬撃を受け、耐久値は絶え、ボロボロの状態だ。


『形状変化(ディノスコート』


 二枚の黒き翼を広げ、目の前に張り巡らされているものを取り除いてくれた刀を回収に向かう。


 振り返ると、エンラの拳はノブナガの顔面を捉えようとしていた。が、再びカランと絶望の音が鳴り響き、今殴らんとしていた者の背後に瞬間移動した。


 それを読んでいたかのように、さらに背後へとワープさせた鏡の表面に黒い魔法陣が浮かび上がる。


 エンラは気付いているだろうが、ノブナガに悟らせないようその場で止まり、自分諸共と言わんばかりだ。


『魔王の剛腕』


 描き終えた魔法陣から力強く生え、生えてくる勢いのままノブナガの背をその右拳で殴る。


 ……しかし、それすらも、まるで見えているかのように下駄を鳴らし、石畳の中央へと瞬間移動を行う。


 魔王の拳は止まらない、背中に直撃したエンラの体は受け身を取るが鳥居の柱に激突し、体力ゲージは三割ほど減少する。


「!? すまぬ、エンラ!」


「大丈夫ッス!」


 不敵に微笑む武将は、左手で拳銃を取り出し、それに追い射ちをかけるかのようにエンラへ三発もの弾丸を放つ。


 魔王の手鏡はスキルの硬直で間に合わない。


 当然、十メートル以上離れている俺にはどうすることもできなかった。


「があっ!?」


 全ての弾丸を受けたエンラの体力ゲージは緑色から赤色へと変わり、残り二割程度まで減少した。


 そして、つかさず次に狙うは武器が硬直しているサタン、エンラ同様三発の弾丸が撃ち込まれ、避けようとするが、絶望は無慈悲にも鳴り響く。


 避けた先には、ノブナガの刀が待ち構える。


「なっ!?」


 縦に振り下ろされたそれは、サタンの体力ゲージを五割ほど削っていく。


 ……サタンとエンラがこんな一瞬で……今までのエネミーは苦戦しつつも何とかなってきたが、ノブナガ……正直、その強さは序盤では避けた方が懸命なほど。


 だが、絶望的な状況でも勝ちたいと思ってしまうのが、トッププレイヤー俺達だ。


 サタンもエンラもまだ諦めていないはずだ、二人に任せっきりで俺は何をしているんだ。


 ……せめて、ノブナガに対抗しうる装備が揃っていれば、なんてな――そんなものはこの状況に存在するはずはな……い……。


 視線を前にやると、眼前にあったのは賽銭箱と鈴に垂らされた太い麻縄。


 それは、現実世界の神社でもよく見た光景だった。


 ははは、まさかここまできて神頼みになってしまうとはな。


 この世界の神といえば、運営になるのか。


 勝てる確率が上がるのであれば例え、意味がなくとも――。


 何故だろうか、それは勝利への近道と感じてしまった俺はつい願ってしまう。


 まずは――GHO2の通貨ゴールドを手に持ち賽銭箱へ入れる。

 

 二回礼をし、次に柏手かしわでを二回打つ、この時に右手を少しずらし良い音が響くように。


 願い事、「ノブナガに勝ちたい」なんてのは直球すぎるだろうか。


 最後に一回礼をする。


 ……何も起こらない、そりゃそうだよな。


 だが、自然と落ち込んでいた気持ちは戻ってきた。


 地面に突き刺さる暴食刀を回収し、砂漠ノ守護刀に切り替える。


「やってやるんだ」


 体を半回転させた視界には、まだ諦めずに戦うサタンとエンラ。


 そこに加わるため地面を蹴り、急いで向かう――その瞬間だった。


 視界中央を陣取るように表示されたメッセージ。


『プレイヤーよ、名は?』


 突如現れた問い掛け、この場合は『レット』と答えるべきだろうが、それでは何か物足りない気がする。


 そう、もっとノブナガを倒せるような、そんな名前俺には――――ああ、あったな。


 忘れかけていた、その名こそ――。


『我が名は"□□□□□"』

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