【#26】裏切り

 形状変化(砂漠ノ守護刀)は回復不可ではないので、回復すれば使える時間は増えるが、回復中は歩く以上のモーションが行えなくなってしまう。


 そこを狙われると流石にきつい。


 制限時間は残り一、二分程度か。


『形状変化(ディノスコート)』


 黒きロングコートの背に二枚の翼が生え、地面に着いていた足は空を踏む。


 無限に砂の刃が迫り続けているヤタガラスはこのままでは――と悟り、頭上のバー、体力ゲージが減少することなどおかまいなしに突進してきた。


 そうだよな、増える一方の砂刃を避け続けるよりも、目の前にいる今にも死にそうな奴を狙った方が遥かに良い。


 それと呼応するように、俺は漆黒の鳥目掛けて羽ばたく。


 砂の刃は【洗浄】があるので、俺には絶対に当たることはない。



 剣を振るう態勢に入る鳥との距離まさに三メートル。


 何故体力のない男がわざわざ自分に向かって来ているのか、その様を見て表情は勝利を確信したのか少しニヤッと笑っていたようだった。


 次の瞬間には、俺の体力はオーバー気味に消滅するだろう。


 だが、それは、このまま衝突した場合の話しだ。


 空中を舞う無数の砂の粒、それは突如牙を剥く。


砂縛さばく


 今まで無害だった砂の粒は一瞬で砂の鎖へと形を成し、ヤタガラスの三本の足、体を捕縛する。


「カアアア!?」


 藻掻もがく漆黒の鳥、その大きな力であればすぐに鎖はちぎられるだろう。


 しかし、ヤタガラスお前を倒すには十分な時間だ。


 目の前で苦しむ姿、俺は、喉元に刀身のない砂漠ノ守護刀を突き刺す。


 そして、後ろへ大きく羽ばたき距離を取る。


 終わりだ。


砂刃山さじんざん


 無数に舞う狐月状の刃に代わり、砂の牢獄から生えてきた無数の長い長い棘がヤタガラスへと突き刺さる。


 その様はまさに砂の剣山。


 一本、二本と惨く貫いていくそれは、漆黒の鳥を絶命させるには十分だった。


 頭上にある黄色になっていたバーは赤へと変化し、やがて体力を示すゲージは消滅する。



『"第一の祠主"ヤタガラスの素材を入手しました』

『称号【祠主・三(このままでは使用できません)】を獲得しました』


『"第四の祠主"シュテンドウジの素材を入手しました』

『称号【祠主・四(このままでは使用できません)】を獲得しました』


『"第五の祠主"ダイテングの素材を入手しました』

『称号【祠主・五(このままでは使用できません)】を獲得しました』


『称号【祠主・一~五】は合成され、自動的に【妖を祓う者】へと変化します』


〇 おお!

〇 ナイス

〇 ナイス

〇 体力あぶな

〇 強すぎるレットさん!

〇 もう何が当たり前なのか分からん

〇 称号が!?

〇 妖を祓う者欲しい!!

〇 そろそろこのクエストも終盤か?

〇 濃密だあ

〇 目が離せません

〇 頑張れ!


 サタンとエンラも終わったようだな。


 ん? これは――。


 視界の左上、自身の体力を示したバーの下にサタンの体力、エンラの体力と並んでいる。


 戦闘は終わったはずなのにエンラの体力が減少していっている、持続ダメージが残っているのか? いや、違う、固定ダメージの入り方ではないな。

 この減り方はおかしい、もっと不規則な何か――。


 まずい、今にも黄色へと変化しそうだ。


 サタンもこの異変には気付いているだろう。


 体力を回復させ、すぐにエンラの元へ向かう。



 ◆



「エンラ、無事か!?」


「――ッ!!」


 急いで駆け付けたそこには、女の子座りで腰を落とすエンラ。

 そして、何とその隣には、赤、黒、金色が使われた直垂ひたたれを着ていて、下駄を履いている特徴的な人物、ノブナガが立っていた。


 ……エンラは祠主を確かに倒した、しかし、何故ノブナガが居るんだ? もしかすると、エンラの元に駆け付け、共闘したのか?

 では、不自然に体力が減少した理由は一体……。


「エンラ、今は一体どういう状況なんだ?」


「――ッ、――ッ」


 エンラは必死に何かを伝えようとするが、肝心の部分が聞こえない。

 というより、声が出せていない!?


 毒、声が出なくなる毒なんてGHOこのゲームにあったか? いや、既に前作の常識など通用しないのかもしれない。

 俺は原因を探るため、思考を張り巡らせた。


 しかし、俺は身勝手にも考察に走ったせいでエンラを危険にさらす。


 先程から無言を貫くノブナガは突然左に携えた刀を右手で高速に抜き、エンラの首をねようとする。


「――ッ!?」


 撥ねようとした瞬間、首と刀の間に樹脂状結晶の鏡が現れた。


 それはパリィンッと音を響かせ、粉々になりながらも間一髪のところで刀を止める。


 一瞬、その意味不明な行動を理解できない俺は判断を鈍らせていた。


「レット、しっかりするのだ!!」


 思考をさらに思考するという負のスパイラルに陥ろうとしていたところを我に返したのは駆け付けてきたサタン。


 恐らく、瞬時に【未来眼】を使い攻撃を予測したのだろう。


 すぐに状況を理解し、声を荒げながら首を撥ねんとした者に斬りかかる。


「ノブナガァァァァァ!!」


 これは無駄な思考を巡らせた俺の失態だ。

 その叫びには様々な憤りの感情が含まれていたかもしれない。


 近付いていき、刃が届く、そう思ったちょうどその時だった。


 ノブナガが空いていた左手を此方へ向けると、パァンッと銃声のようなものが鳴り響いた。

 咄嗟に回避するが、完全に避けられなかった弾丸は俺の左頬を掠め、白い傷を付けていく。


 二発目を警戒し、一度バックステップを入れながら距離を取る。


「ほう、これを避けるとはな。 面白い、俺を倒したくば森の最奥の神社に来い」


 ノブナガはそう言い残すと、その場から体が渦を巻くように消え去った。



「エンラ、大丈夫か!?」


「……う、うッス、何とか」


 原因が去り、声が出せるようになったエンラの表情は恐怖というよりかは、とても悲しそうな顔をしていた。

 NPCが裏切ることなど前作ではなかった、気持ちは痛いほど分かる。


「あやつは一体何だったのだ……」


 サタンも言うように、俺達三人の中から答えが出ることはなかった。



 鏡の部分が粉々になり、耐久値がなくなってしまった魔王の手鏡サタンミラーを修理するため、森の最奥にあるという神社へ行く前に一度町へと戻ることにした。

 もう一つ、気持ちの整理をつけたいというのもある。


 個人的な一番の謎は、ノブナガが左手に持っていた銃だ。

 それは火縄銃ではなく、片手で持てる大きさの拳銃、この町には似つかわしくない物。


 ゲームだからと言ってしまえばそれまでだが、何故拳銃そんな物を所持していたのか今の俺には到底理解できることではない。


 ノブナガを倒せばきっとその謎が解けるだろう。

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