青葉と枯実


 窓を開けるのも躊躇う程の暑い日。数軒先の、寺と見間違えるような大きな家の門の横に、あまりにも人工的な青色、プラスチック製のプランターがぽんと置かれていた。

 門より奥を見たことがないが、その家は外から見ただけでも驚くほど大きい。ぐるりと家の周りを歩こうと、門から右にしばらく行って角を曲がったところ、途方もない石塀が待ち構えていたので歩くのを諦めた程の広さである。枝葉を伸ばして顔をもたげた木々が塀に寄りかかり、ほんの少し、塀の端が崩れている。しかし隣の家には一切の枝葉を伸ばすところがないのを見るに、こまめに剪定はされているのだろう。なんにせよ、いかにも豊かな、裕福そうな家であった。


 そのプランターは、きっと小学校で配られるもので、私も昔は夏休みに持って帰ってきたものだ。家まで運ぶのが酷く面倒で、こっそり校舎の裏に置いておいたら、母親まで呼ばれて持ち帰る羽目になったことを覚えている。私の時代は確か朝顔だか、ヘチマだかを育てた記憶がある。プランターにはツルを巻き付ける用の支柱が刺さっており、持ち運ぶ時にこれが顔にぶつかって面倒だった。

 その家の青いプランターには、ミニトマトが植っていた。私の実家は日当たりが悪く、どうしてもあまり綺麗に育たなかったもんだから、この豪華なお屋敷で育つミニトマトはさぞかし大きく、艶々と光り輝いて、たっぷりと栄養を孕んだ実になるのだろうと、私は毎日このトマトを見るのを楽しみにしていた。既に実は、大きいのが一つ、小さいのが二つ、青いのが一つぶら下がっており、この子は植物の育成が上手いと思われた。大きく育った一つのトマトは、家族皆で食べたのか、翌日にはヘタを残してなくなっていた。ああ、きっと両親に自慢したり、一粒を家族で分け合ったりして食べたのだろうな、と思うと、なんだか胸の内がそっと温まるような気さえした。


 しかし二週間を過ぎた頃、トマトにパタリと水が与えられなくなった。家族で旅行にでも行ってしまったのかと思ったが、ある日門の内側を竹箒で掃く音がしたので、誰もトマトを世話できないということではないだろう。トマトの葉が端から、褪せたように黄色くなっていく。柔らかな緑色だった茎は、今や古本をめくった時のような、朽ちゆく色をおびはじめていた。徐々に枝葉が死んでいくのが分かる。収穫されなかった実は、数週間前のツヤが嘘のようにシワだらけになり硬く乾いてしまった。自動補給のためか、逆さまに刺さり傾いたペットボトルの中に、出口まで届かず残った水が濁って嫌な何かを浮かせている。希望に満ちた青色の実は土に落ちて、虫食いかカビかはわからないが、穴がボコボコと空いて溶け腐ったように見えた。


 私は、ここを通るたびに、ゆっくりとこのトマトが死に絶えていくのを見守っている。

 最後一つ、残った褐色の実が地面に落ちるのはいつ頃になるのだろうか。きっと彼らは、ゆっくりと、悲鳴もあげず、ジクジクとこの世に蝕まれながら朽ちていくのだろう。私は少しだけ肩を落として、毎日仕事に向かう。どうかこのトマトの持ち主の少年が、まっすぐに育っていきますように。私は立ち止まって、いや、と独りごちてから、シワだらけの実を一つ、こっそりと家に持って帰った。

 

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